マイク・ホンダ
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マイク・ホンダ(Mike Honda, 本名:Michael Makoto Honda, マイケル・ホンダ, 本田 実 1941年6月17日 - )は、アメリカ合衆国の政治家。漢字表記は本田 実。日系アメリカ人としてカリフォルニア州に生まれ、現在、民主党のカリフォルニア州第15下院議員選挙区選出(シリコンバレーも包括)の下院議員。学歴はサンノゼ州立大学修了。学位はMaster。
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[編集] プロフィール
祖父母が熊本県出身の日系三世[1]。太平洋戦争開戦直前にカリフォルニア州で生まれ、幼少期の14ヶ月間を家族とともにコロラド州の日系人強制収容所で過ごした。
州立サンノゼ大学で生命科学とスペイン語を専攻し、1968年に卒業。1974年に修士号を取得して理科教師になり、2つの公立学校で校長を務めた。サンノゼ市計画委員、同市教育委員、サンタクララ郡委員を歴任。
1996年から2001年までカリフォルニア州議会議員、2001年からカリフォルニア選出の下院議員を務めている。2007年より下院歳出委員会に所属。議会ではアジア太平洋地域出身の米国議員総会議長も務めている。[2] 妻(2004年に死去)と息子、娘がいる。 2007年8月に表ざたになった、中華系で1993年に詐欺罪で指名手配にあっていながら米民主党特にヒラリー・クリントンの資金源として暗躍していたノーマン・スー(Norman Hsu、徐詠芫)の逮捕の後、この人物から献金を受けていたホンダは、公開の謝罪と資金返還を余儀なくされた。なお、ノーマン・スー事件は、ヒラリーの大統領指名選敗北の主因となったとされる。[3]
2009年に成立したバラク・オバマ政権では教育長官のポストに強い意欲を見せていたが、オバマ次期大統領はシカゴ市教育長のアーン・ダンカンを教育長官に指名したため、結局就任は叶わなかった。
[編集] 政治活動
- 2001年のアメリカ同時多発テロ事件以後のアメリカでのムスリム(イスラム教徒)に対する偏見に抵抗するなど、人権問題に対して精力的に取り組んでいる。
- 批判が多い中国の人権問題に関しては、「将来の改善が必要である」などとしている[4]。2004年に米国下院に天安門広場での民主化を求めるデモを中国政府が弾圧した事件(いわゆる天安門事件)を非難する決議案が提出された際には賛成票を投じた。
[編集] 慰安婦をめぐる対日謝罪要求決議案
- 従軍慰安婦問題について、ホンダ議員は日本政府への慰安婦に対する謝罪要求決議案(アメリカ合衆国下院121号決議)[5]を米下院に提出している(直接の請願者はマイアミで慰安婦救済活動に取り組んでいるEvelina Galang[6]であり、ホンダは請願紹介議員である)。日本政府の謝罪を求める同様の一連の決議案は、過去5回提出されていずれも廃案になっており、2007年の6回目は今までになく注目を集めた。2007年6月26日、米下院外交委員会は賛成39票、反対2票の大差で決議案を可決。2007年7月30日に下院本会議で決議案が採決にかけられた。民主党のナンシー・ペロシ下院議長が決議案を支持すると表明し、共同提案者が168名に達していたが、その大半は出席せず、また投票ではなく声による反対意見がないことによって採決される略式により決議が成立した。
- 決議案は日本政府に対し下記4点を勧告している。(1)「慰安婦」として強要したことをの責任を認めること、(2)公式に謝罪すること、(3)性奴隷化、人身売買を否定する声に日本政府が明確に反論すること、(4)この出来事を国民に対し知らせ、教育をおこなうこと。(もっともこの決議は、法的に非拘束のものであり、行政府に政策を取るように求めるものではなく、上院に送られる性質のものではない)。
- 議案を推進する在米韓国・中国系市民団体の主張によると、1930年代から1940年代にかけ、20万人を超える朝鮮・中国・フィリピン・インドネシア等の女性が拘束され、旧日本軍兵士へのセックス提供を強いられた[7]という。
- ホンダは、『東亜日報』の取材の中では、「日本に恥をかかせ叩こうとするものではない」[8]「日本が名誉な評価を受ける国になることを心より願う」[9]と述べている。2007年2月25日放送の『報道2001』に出演した際も、「これは反日の決議案ではありません。あくまでも和解ということを、平和ということを意識した決議案である」「国会を通じて、総理大臣を通じて、正式にきちんと陳謝するというプロセスが重要である」という旨を述べた。さらに同番組では、日本軍による強制性を信じる根拠について、「実際に被害者が語っていること」「償いという形でアジア女性基金が起こっていること」「河野談話という形でコメントが出ていること」「首相が実際に謝っていること」などを挙げた。
- 2008年1月8日に来日。民主党の江田五月参議院議長、神本美恵子、水岡俊一や日本共産党の紙智子、仁比聡平と会談を行う。「従軍慰安婦の問題で日本人に罪を認めさせるのは、とても難しい課題だが、みなさんとセイムなハート(気持ちいい)だ」と発言した。[3]
[編集] 中国系団体との関連性
産経新聞の古森義久記者によって、中国系の世界規模の団体「世界抗日戦争史実維護連合会」、中国政府に政策提言する「人民政治協商会議広東省委員会」、日本の「残虐」を恒常的に糾弾する団体「アジア太平洋第二次大戦残虐行為記念会」、南京大虐殺記念館を米国に開設しようという中国系組織の「中国ホロコースト米国博物館」などをはじめ、特に2006年の下院選挙の際には94名、約11万ドルの献金を中国系から受け取っており、ホンダが受けた献金のうち人数で21%、金額で30%が中国系からのものであると伝えられ、ホンダ議員の日本に関する一連の行動の裏にはその力が働いていると指摘されている[10]。公表されているホンダへの献金額の個々のランクでは労働組合、業界団体が上位を占めている[11]。
[編集] 来歴
- 1941年
- 1942年
- 1953年
- 1965年
- この間
- 1971年
- ノーマン・ミネタ市長よりサンノゼの計画委員会に任命される。
- 1981年
- サンノゼ市教育委員に選ばれる。
- 1990年
- サンタクララ郡委員に選ばれる。
- 1996年
- カリフォルニア州議会議員に選出される。2000年まで務める。
- 1999年
- 2001年
- カリフォルニアの下院議員に選出される。
- 2004年
- 妻が死去。
- 2005年
- 2月 民主党全国委員会の副議長に選ばれる。
- 2006年
- 2007年
[編集] 関連する人物や団体
- 世界抗日戦争史実維護連合会
- 人民政治協商会議広東省委員会
- アジア太平洋第二次大戦残虐行為記念会
- 中国ホロコースト米国博物館
[編集] エピソード
- 自身の公式ウェブサイトにおいて、経歴を、英語・スペイン語、ベトナム語で載せている。
- 妻は広島出身者であり、原爆にも否定的態度をとっている。
- ことあるごとに、自身は反日主義者ではないという事を強調しており、NHKのインタビューに答えた際は、自宅では自ら日本料理を作ったりするなど、現在でも日本人としてのアイデンティティを持ち合わせているという旨の発言をした。
- 謝罪決議案と同時にウイグルの人権支援も決議されており、決議の賛成者には親台湾の議員も存在している。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- Biographical Directory of the United States Congress - アメリカ合衆国議会の人名辞典サイト[4]内の、マイク・ホンダの項目(英語)
- マイク・ホンダ公式サイト(英語)
[編集] 脚注
- ^ International Herald Tribune 2007年5月12日記事より [1]
- ^ 『朝鮮日報』 2007年2月10付
- ^ [2]
- ^ AsianWeek.com: National News: Congressman Mike Honda To Visit China(ホンダ議員が訪中)(Asianweek)
- ^ H. Res. 121 (110th U.S. Congress: 2007-2008)
- ^ Evelina Galangは呼びかけブログ 「LABAN! Fight for Comfort Women 」の運営者である。
- ^ Congress backs off of wartime Japan rebuke(戦時の日本に引き返す国会非難?)
- ^ http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=060000&biid=2007020252308#top 『日本を糾弾する日系米国人の政治家 マイケル・ホンダ氏』] (『東亜日報』2007年2月2日付)
- ^ 『謝罪に手遅れはない 』 (『東亜日報』2007年2月10日付)
- ^ 2007年3月15日 産経新聞(ワシントン=古森義久)
- ^ MIKE HONDA: CAREER PROFILE (SINCE 2000) Top Contributors
- ^ 1999年12月11日に東京都の社会文化会館で行なわれた「戦争犯罪と戦後補償を考える国際市民フォーラム」において、マイク・ホンダは 「AGR-27(カリフォルニア州)決議は日本政府を困惑させるためにやったものではない、「APA(環太平洋)コミュニティ」結束の為にやった。」と述べたという。マイケル・ホンダ(Michael Honda)氏との対話 松尾一郎
- ^ 『産経新聞』(1999年9月4日付) 東京夕刊「異見自在」
- ^ 大統領就任式とは違い、米議会にはそのような伝統はない
[編集] カテゴリ
最終更新 2009年7月23日 (木) 02:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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