マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの最新ニュースをまとめて検索!
| マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン | |
|---|---|
My Bloody Valentine performing in 2008
|
|
| 基本情報 | |
| 出身地 | ダブリン |
| ジャンル | オルタナティブ・ロック シューゲイザー ポストパンク Noise pop Dream pop |
| 活動期間 | 1984年 – 1997年、2007年 - |
| レーベル | Tycoon Lazy クリエイション・レコーズ Sony Sire Records |
| 公式サイト | www.mybloodyvalentine.co.uk |
| メンバー | |
| ケヴィン・シールズ コルム・オコーサク ビリンダ・ブッチャー デビー・グッギ |
|
| 旧メンバー | |
| デイヴ・コンウェイ ティナ Joe Byfield |
|
マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(My Bloody Valentine)は、アイルランドのロックバンド。かつて日本では「マイ・ブラディー・バレンタイン」とも表記されていた。略称はマイブラまたはMBV。
目次 |
[編集] 来歴
1984年、ダブリンにて結成。バンド名の由来は同名のカナダのB級ホラー映画(邦題『血のバレンタイン』)から。1987年にオリジナルメンバーのデイヴ・コンウェイ (Dave Conway)とティナ (Tina) が脱退し、ビリンダ・ブッチャーとデビー・グッギが加入。その後、ノイジーなギターサウンドと、甘く脱力的な歌い方のメロディーを融合させた独自のサウンドを創造する。彼らのそうしたスタイルは、のちにライドやチャプターハウスなど「シューゲイザー」と呼ばれる多くのフォロワーを生む。
1991年にクリエイションから発売されたアルバム『ラブレス - Loveless - 』(旧邦題は「愛なき世界」)は世界各国でヒットし、広く評価された。このアルバムはシューゲイザーの代名詞的な傑作として不動の地位を得ている。その独創的な音楽は現在も世界中のアーティストに多大な影響を与え続けている。[1]
その後、メジャーのアイランドに移籍するが、コンピレーションアルバムに1曲提供したのみでアルバムのリリースはなかった。ビリンダはヒップホップ・ユニットにフィーチャーされ、ケヴィンは他のバンドのリミックスやプロデュース、プライマル・スクリームのサポートギタリストやソロ名義での楽曲発表(映画『ロスト・イン・トランスレーション』のサントラに収録)などを行い、デビーはSnowponyでベーシストとして活躍している。
2007年に再結成を発表。日本ではフジロックフェスティバル '08へ参加し、1日目のトリを務めた。
[編集] メンバー
- ケヴィン・シールズ Kevin Shields / ボーカル、ギター
- 2003年に公開されたソフィア・コッポラ監督の映画「ロスト・イン・トランスレーション」においてブライアン・レイツェルと共同で音楽を担当している。サントラもあり。パティ・スミスとのジョイント・ライヴは「ザ・コーラル・シー」(The Coral Sea)という題で2008年にCD化されている。
- コルム・オコーサク Colm O'Ciosoig / ドラム
- ビリンダ・ブッチャー Bilinda Butcher / ボーカル、ギター
- デビー・グッギ Debbie Googe / ベース
[編集] アルバム
- イズント・エニシング Isn't Anything / 1988年
- 1stアルバム。音楽性的には、彼ら自身が次作で確立し、今日一般に想起されているようなシューゲイザーサウンドとは少し違い、ノイズロックと甘いサイケデリアの融合と言った方が近いサウンド。オルタナティブ・ロック黎明の波に後押しされ、大きく評価される。英国盤LPの初回プレス盤(5000枚)には7インチシングルが付属しており、「インストゥルメンタル」と題された(もしくは無題の)曲が2曲収録されていた。この2曲は本作のCDには未収録。
- ラブレス Loveless / 1991年
- シューゲイザーの金字塔とされる2ndアルバム。この作品以前に存在したどのサイケデリック系アルバムとも違った、音像全面を執拗なまでに埋め尽くすような歪んだギターサウンドと、その隙間から淡く出現するような美しいメロディーが特徴的。この方法論は多くのミュージシャンに影響を与え、多くのフォロワー作品を生み出した。
[編集] シングル
- ギーク geek / 1985年
- ザ・ニュー・レコード・バイ・マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン The New Record by My Bloody Valentine / 1986年
- サニー・サンデー・スマイル sunny sundae smile / 1987年
- ストロベリー・ワイン strawberry wine / 1987年
- エクスタシー ecstacy / 1987年
- ユー・メイド・ミー・リアライズ you made me realise / 1988年
- フィード・ミー・ウィズ・ユア・キス feed me with your kiss / 1988年
- グライダー glider / 1991年
- トレモロ tremolo / 1991年
[編集] 編集盤
- エクスタシー・アンド・ワイン ecstacy and wine / 1989年
- 「エクスタシー」と「ストロベリー・ワイン」のコンパイル盤。レーベルがバンド側の了承を得ないままリリースした。
- レトロスペクティヴ retrospective
- オランダのメルティング・ムード・レコードがリリースしたコンパイル盤。「ギーク」「ザ・ニュー・レコード・バイ・マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン」「サニー・サンデー・スマイル」「ストロベリー・ワイン」を全曲収録。「ラブレス」国内盤のライナーノーツでその存在が言及されている。
- シングズ・レフト・ビハインド things left behind... / 2001年
- 「レトロスペクティヴ」と同内容。
- リマスタードEPs remastered EPs (発売中止)
- 「ユー・メイド・ミー・リアライズ」「フィード・ミー・ウィズ・ユア・キス」「グライダー」「トレモロ」の全曲と未発表曲を収録した2枚組CD。2004年に日本のみで発売予定で未発表曲の曲目まで公開されていたが、発売が無期限延期になる。事実上の発売中止。
[編集] レーベルの移籍、沈黙、そして再始動
1990年代始めにレーベルをクリエイションからアイランドに移籍した。これは、アルバム『ラブレス』の制作費が25万ポンド(当時の日本円で4500万円程度)かかり、クリエイションが倒産寸前になって、人間関係が悪化したからと言われている。その後は、新作とライブ活動の再開の話が度々メディア上に出てくるものの、それらが実現したことはなく、長い期間沈黙していた。しかし、2008年6月にイギリス・ロンドンのラウンドハウスにてライブを行い、7月には日本のフジ・ロック・フェスティバルにも出演して初日のヘッドライナーを務め、最終曲の「ユー・メイド・ミー・リアライズ」の間奏では15分にも及ぶフィードバックノイズを披露し、復活を印象付けた。
[編集] 参考文献
マイク・マクゴニガル『マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン Loveless』(伊藤英嗣・佐藤一道訳、ブルース・インターアクションズ、2009年)ISBN 978-4-86020-325-2
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年7月8日 (水) 07:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン】変更履歴




