マウリッツハイス美術館
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マウリッツハイス美術館(Mauritshuis)は、オランダのデン・ハーグにある美術館。正式名称はMauritshuis(マウリッツ邸)で「美術館」とは称されていないが、日本では通常「マウリッツハイス美術館」と表記されている(マウリッツハウス美術館と表記されることもある)。
マウリッツハイスの建物は、17世紀半ば、ヤーコプ・ファン・カンペンの設計で建てられたもので、オランダ古典様式建築の代表作とされる。館名はここに住んだナッサウ=ジーゲン侯ヨハン・マウリッツ(1604年 - 1679年)にちなむ。ヨハン・マウリッツは、代々オランダ総督を務めてのちに王家となったオラニエ=ナッサウ家の傍系で、当時植民地であったオランダ領ブラジルの総督を務めた人物である(オラニエ公マウリッツとは別人)。1704年の火災で内装を焼失したが、外観はほぼ建設当時の面影を残しているといわれる。
コレクションはオランダ総督ヴィレム5世と、その子のオランダ初代国王ヴィレム1世の収集が中核となっている。王立美術館として開館したのはヴィレム1世の時代、1822年である。美術館の規模はさほど大きくないが、オランダ絵画をはじめ珠玉の名品を収蔵することで知られる。中でも世界に三十数点しかないフェルメールの作品のうち3点がここにあることが注目される。
[編集] 主な収蔵品
フェルメール デルフトの眺望
- レンブラント『テュルプ博士の解剖学講義』(1632年)「自画像」(1669年)他
- フェルメール『デルフトの眺望』(1660 - 1661年頃)- プルーストの『失われた時を求めて』に重要なモチーフとして登場する絵画である。
- フェルメール『真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)』(1665年頃) - この絵をモチーフにしたトレイシー・シュヴァリエの小説(のちに映画化)で一躍有名になった作品。
- ヤン・ステーン 「この親にしてこの子あり」(1665年頃)他
- ヘンドリック・アーフェルカンプ 「氷上の遊び」(1610年頃)
- アドリアーン・コールテ 「苺のある静物」(1705年)
- パウルス・ポッテル 「雄牛」(1647年)
- フランス・ファン・ミーリス (父) 「売春宿の一幕」(1658年頃)
[編集] 外部リンク
- Mauritshuis (オランダ語、英語。公式サイト)
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最終更新 2008年11月24日 (月) 06:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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