マシュー・ランデル
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| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | ワシントン州 |
| 生年月日 | 1977年2月15日(32歳) |
| 身長 体重 |
184cm 82kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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マット・ランデル(Matthew Randel , 1977年2月15日 - )は、アメリカ合衆国出身のプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 来歴
ロサンゼルス・ドジャースにドラフト指名されたが、これを拒否。進学したルイスアンドクラーク州立大学を中退後、1999年5月にダイエーの入団テストに合格し、入団。当時22歳と若く実績も全くないため、完全に育成目的での入団だった(ちなみに当時の年俸はドラフトで下位指名された高卒並みの480万円である)。1年目から2軍戦で活躍し、2000年には1試合だけだが1軍での登板も経験して今後を期待されたが、ホームシックにかかってこの年限りで退団(当初は任意引退の扱いだったが、すぐに自由契約に変更された)。2002年には独立リーグのフォートワースに所属した。
その年のオフに巨人にテスト入団。巨人でもロドニー・ペドラザ、コリー・ベイリー、ゲーリー・ラスなどの保険的な扱いだったが、先発陣の故障とペドラザやベイリーの不調で1軍に昇格。4月24日のヤクルト戦で先発し、5回2失点で初勝利を挙げる。その後の登板では結果を残せず2軍に逆戻りとなったが、格安ということもあって翌年も残留となった。
2004年はオープン戦で結果を残し、開幕1軍を勝ち取る。前半戦は崩壊状態のリリーフ陣をブライアン・シコースキーと二人で支え、またローテーションの谷間では先発も務めた。しかし、もともと右肘に不安があったのと酷使されてきたツケが来て、中継ぎ登板から中2日で先発した6月20日の阪神戦後、右肘を故障。シーズンの残りを棒に振り、そのまま退団となった。
巨人退団後は韓国プロ野球の斗山ベアーズに入団し、2005年には先発で12勝をあげている。2008年まで韓国通算4年間で49勝を記録し、斗山にとって不可欠の存在となった。だが、2009年シーズン開幕直前にソウルの地下鉄駅の階段で転倒し、腰を骨折し戦線復帰まで時間がかかると診断されたため、退団となった。
[編集] 詳細情報
[編集] NPB通算成績
- 28試合 4勝3敗1セーブ 防御率5.76(投球回50 自責点32) 三振48 四死球25
[編集] 背番号
- 60(1999年 - 2000年)
- 93(2003年 - 2004年)
- 30(2005年 - 2009年)
[編集] NPB個人記録
- 初登板:2000年7月19日、対千葉ロッテマリーンズ17回戦(千葉マリンスタジアム)
- 8回裏に救援登板・完了、1/3回無失点
- 5回2失点
[編集] エピソード
- 巨人時代には新人王の資格が認められた。
- 巨人時代、ランデルは年俸が格安だったこともあり、川崎市の読売ジャイアンツ球場近くのアパートを借りて住んでいたが、2004年序盤戦には他の好待遇の外国人よりも活躍していることが話題になった。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年8月25日 (火) 03:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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