マック鈴木

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マック鈴木 (鈴木 誠)
Mac Suzuki
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マック鈴木(2009年)
基本情報
国籍 日本
出身地 兵庫県神戸市須磨区
生年月日 1975年5月31日(34歳)
身長
体重
191cm
90kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手
プロ入り NPB / 2002年 ドラフト2巡目
初出場 MLB / 1996年7月7日
NPB / 2003年5月2日
CPBL / 2007年
経歴(括弧内は在籍年)

マック鈴木(マックすずき、すずきまこと)は、兵庫県神戸市出身のプロ野球選手投手)。

日本のプロ野球を経験しないでメジャーリーグ入りを目指した初の選手として、メジャー昇格以前から日本の野球ファンの間ではある程度名の知れた存在だった。

目次

[編集] 経歴

[編集] 米球界時代

滝川第二高等学校在学中に学内でトラブルを起こし高校を中退、知人の紹介で団野村から米国留学を勧められ渡米する。1992年に野村が経営に関与する1Aサリナスに練習生として参加。ボールボーイ洗濯雑用係などを勤める。

1993年にはシアトル・マリナーズと契約し、1Aサンバーナディーノで4勝12セーブを記録。1994年2Aジャクソンビル1995年にマリナーズに昇格するが、登板の無いまま3Aタコマに降格。

1996年7月7日にメジャーデビューを果たし、村上雅則野茂英雄に次ぐ日本人3人目のメジャーリーガーとなった。日本プロ野球界を経由しない初の日本人メジャーリーガーであり、アメリカンリーグ初の日本人メジャーリーガーでもあった。1998年に再び昇格し、メジャー初勝利。

1999年6月ニューヨーク・メッツに移籍した後、すぐにカンザスシティ・ロイヤルズに移籍。2000年には先発投手として8勝を挙げ、完封勝利も記録。2001年6月にコロラド・ロッキーズに移籍、7月ミルウォーキー・ブルワーズに移籍。

2002年にロイヤルズに復帰するが、この年メジャーでは勝利を挙げられずに解雇され、日本のプロ野球チーム入団の意向を表明。

[編集] 日本プロ野球時代

規約によりドラフト会議での指名が必要となり、ヤクルトスワローズが獲得すると言われていたが、オリックス・ブルーウェーブが2巡目で強行指名し、オリックスに入団。背番号は29。メジャー経験者であったが日本球界での経験がないため、新人王資格の有無が問題となり、特例として資格が認められたが、本人が拒否の意向を表明した。

首脳陣の期待は大きかったが、2003年は4勝9敗1S、防御率7.06と全く期待に応えられなかった。特に8月1日ダイエーホークス戦では1死も取れずに降板、チームは1-29という記録的な大敗で敗れるなど不調が目立った。結局ダイエー戦では6試合で計21.2イニング登板し、1勝4敗、被安打36、失点32という結果に終わった。

2004年、オープン戦では防御率1.19という好成績を残しオープン戦最優秀防御率投手に輝くも、公式戦に入ると不調に。1勝6敗0S、防御率8.57に終わった。

2005年、一度も一軍登板が無く、同年オフに戦力外通告を受けて退団。

[編集] オリックス退団後

オリックス退団後、再びアメリカに渡りメジャーリーグ球団の入団テストを受けた。2005年12月にオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結び、招待選手としてメジャーのキャンプに参加するも、オープン戦で結果を残せずマイナー降格。

2006年4月メキシカンリーグのティファナ・ポトロスに入団。オールスターにも選出され、活躍。8月、メキシコリーグのシーズン終了後、シカゴ・カブス傘下の3Aアイオワ・カブスとマイナー契約。

2007年メキシカンリーグのタバスコ・キャトルマンに所属。先発として活躍していたが、チームがプレーオフ進出を逃し、同年8月のシーズン終了後、台湾のLa Newベアーズへ移籍。主にクローザーとして、チームの後期優勝へ貢献。統一ライオンズとの台湾シリーズの第6戦では、2番手として4回の途中より登板し9回まで投げ、その試合のMVPに選出。シリーズ最終戦でも、統一を2点追う場面の7回から登板、統一を1失点に抑えたが、打点が追いつかず、チームは台湾シリーズの優勝を逃す。その後、東北楽天ゴールデンイーグルスの入団テストを受けるも不合格(このテスト時にグローブを忘れる失態があり、親交のあった楽天小山伸一郎に借りて臨んだ)。ひげなどの身だしなみを野村克也監督に注意される場面もあった。

2008年ベネズエラのウィンターリーグで調整後、La Newに残留するもの、5月に台湾を離れ、同年5月11日、メキシカンリーグのチワワ・ゴールデンズと契約。メキシカンリーグ終了後の同年8月19日、米独立リーグであるゴールデンベースボールリーグのカルガリー・ヴァイパーズと契約。シーズン終了後、同年11月7日メキシコウィンターリーグのTomateros de Culiacanと契約。主にクローザーとして活躍し、防御率も2.25と好成績を残したが、チームはプレーオフ進出を逃す。

2009年、ドミニカのウィンターリーグAzucareros del Esteと契約。4月、カルガリー・ヴァイパーズと再び契約。同年はチームがリーグ優勝。主にクローザーとして、防御率も2.44と、好調な成績でシーズン終了。ゴールデンベースボールリーグ終了後、すぐに同じくアメリカ独立リーグの1つであるアトランティックリーグのサウザンメリーランド・ブルークラブスに助っ人として合流。チームのLiberty Division優勝に貢献し、リーグ決勝戦では、ランカスター・バーンストーマーズと最終戦までもつれ込み、リーグ優勝を逃す。

[編集] 通算投手成績

アメリカ・メジャーリーグベースボール
  • 117試合 16勝 31敗 1完投 1完封 327奪三振 465.2投球回 防御率5.72
日本プロ野球(2005年シーズン終了時点)
  • 53試合 5勝 15敗 1セーブ 156.2投球回 防御率7.53
メキシカンリーグ
  • 27試合 4勝 5敗 11セーブ 67.1投球回 防御率3.48
台湾リーグ
  • 8試合 2勝 2敗 5セーブ 21投球回 防御率3.43
ゴールデンベースボールリーグ
  • 38試合 4勝 3敗 14セーブ 55.1投球回 防御率2.44

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月27日 (金) 01:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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