マッハ文朱
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| マッハ文朱 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム | マッハ文朱 |
| 本名 | 渡辺 文枝 |
| 身長 | 178 |
| 誕生日 | 1959年3月3日(50歳) |
| 出身地 | 熊本県天草郡大矢野町(現・上天草市) |
| スポーツ歴 | 女子プロレスラー |
| デビュー | 1973年 |
| 引退 | 1976年 |
マッハ文朱(マッハふみあけ、1959年3月3日 - )は、日本の元女子プロレスチャンピオンの女優、タレントである。本名は渡辺 文枝[1]。熊本県天草郡大矢野町(現在の上天草市)出身。血液型はB型、身長178センチメートル。
小学校時代に東京都葛飾区に転居、葛飾区立半田小学校 - 葛飾区立金町中学校 - 東海大学付属望星高等学校卒業。1993年、中国系アメリカ人ロバート・チャンと結婚。現在、2人の娘の母。
目次 |
[編集] 来歴
- 歌手志望で『スター誕生!』に出場するが、山口百恵に敗れた(百恵と同じ回に出場した「決戦大会」にて、百恵にはスカウトのプラカードが上がったのに対し、マッハには上がらなかった)。その後、全日本女子プロレスに入門。
- 1975年、WWWA世界シングル王座獲得。選手として強いだけではなく、試合後にリングで歌を披露するなど、それまでの女子プロレスラーにはなかった明るいアイドル性も備えており、女性ファンも多数獲得した。マッハの活躍で全日本女子プロレスの隆盛が始まり、後のビューティー・ペアやクラッシュギャルズの雛形的な存在だったと言える。
- 1976年にプロレスを引退。人気タレントとなる。東映映画『トラック野郎 天下御免』(シリーズ4作目)に女ミキサー運転手「姫だるま」として出演、菅原文太を投げ飛ばす。
- 1977年に東京12チャンネルと契約してリング復帰。異種格闘技戦を戦うが、長続きしなかった。
- 空手初段であり、大山倍達の指導を受けた経験を持つ。旧UWF勢が新日本プロレス参戦していた頃、前田日明が縦回転のニールキックで藤波辰巳らを大流血に追い込んだ件を、一緒にラジオ番組を担当していた林家しん平に聞かれた際、「あれは空手の技。私も女子格闘技世界選手権で使った事がある。でも、プロレスの試合で出すものじゃない。」とコメントしていた。
- 一時期タレント業を休業し、アメリカ・ペパーダイン大学に留学。健康心理学を専攻する。
[編集] タレントとして出演した番組
ドラマ
バラエティ
- 霊感ヤマカン第六感(テレビ朝日系・朝日放送制作)
- とびだせ!パンポロリン(テレビ朝日系)
- 笑って許して!!(NTV系)
- 象印クイズ ヒントでピント(テレビ朝日系)
- クイズ!!ひらめきパスワード(TBS系・毎日放送製作)
- 街かどテレビ11:00(TBS)
- 徹子の部屋(テレビ朝日)
- 笑っていいとも!テレフォンショッキング(フジテレビ)
- 一枚の写真(フジテレビ)
[編集] その他の活動
- ドラえもん のび太の南海大冒険(ジャック)声優
- 宇宙怪獣ガメラ(大映)俳優
- 黄土の嵐 俳優
[編集] ディスコグラフィー
- レスラー時代
- 「花を咲かそう」
- 「よろしくね」
- タレント転向後
- 「ダンズビロック」
- 「ハッスルおばあちゃん」
- 「森のカーニバル」
- 「燃える青春」
- 「今日はPON PON」
- 「横浜模様」
- 「もういいよ」
[編集] 参考文献
- ^ 本名を「渡辺文枝」と表記しているサイトや書物等が多いが、1980年前後に某テレビ番組で本名を聞かれた時は、「渡辺文朱です」と答えていた。
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最終更新 2009年11月25日 (水) 11:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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