マドンナ (歌手)

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マドンナ
マドンナ(2008年7月)
マドンナ(2008年7月
基本情報
出生名 マドンナ・ルイーズ・チッコーネ
出生 1958年8月16日(51歳)
出身地 アメリカ合衆国 ミシガン州・ベイシティ
ジャンル ポップスロック
担当楽器 ギターパーカッション
活動期間 1979年〜現在
公式サイト www.madonna.com/
  

マドンナMadonna 本名:Madonna Louise Ciccone(マドンナ・ルイーズ・チッコーネ)、1958年8月16日-)は、アメリカ合衆国ミシガン州出身のシンガーソングライター女優映画監督文筆家実業家

愛称は代表曲から来た「マテリアル・ガール(Material Girl)」、近年では「ポップスの女王」とも言われる。

2008年には、ロックの殿堂入りを果たしている。

目次

[編集] 人物

80年代初頭のニューヨークのダンスクラブ・シーンに登場し、1984年の大ヒット曲ライク・ア・ヴァージン」を機にポピュラー音楽チャートで成功を収め、その大胆で挑発的なイメージで一躍世界的なメガスターになる。アルバムの代表作に『トゥルー・ブルー』、『ライク・ア・プレイヤー』、『レイ・オブ・ライト』などがあり、シングルの代表作に「ホリディ」、「クレージー・フォー・ユー」、「ヴォーグ」、「ミュージック」、「ハング・アップ」など多数がある。

MTVの登場により人気を得たミュージック・ビデオを巧みに活用しながらポップアートと音楽を融合し、日本では「マドンナ旋風」[1] とも呼ばれた現象的な成功を収める。セックス・シンボルとして不動の位置を固めるが、その後多様なイメージの変遷を繰り返し現在に至る。彼女の活動は音楽にだけに止まらず、レコード会社の設立、映画や舞台への出演、そして近年では児童書の執筆や映画監督なども行っている。2000年の『ギネスブック』では「史上最も成功した女性アーテイスト」とも記録された[2]

[編集] 来歴

マドンナ(1996年、マドリードにて)

1958年8月16日、母の実家のあるアメリカ合衆国ミシガン州ベイシティ(Bay City)マーシー病院で、8人兄妹の3番目に出生。1987年ごろまで1961年生まれということにしていたが、1989年発売のCD『ライク・ア・プレイヤー』のライナーには1958年生まれとはっきり記載があるため、この頃までに元に戻したと思われる。

父はイタリア系シルビオ・チッコーネ、母はフランス系マドンナ・ルイーズ・チッコーネ(母と同名)。幼少期を、同州ポンティアック市(Pontiac)で過ごし、後に家族が増えたため、同州ローチェスターヒル市(Rochester Hills)へ転居した。

父は、GMのデザインエンジニア。実母はマドンナが6歳の時乳癌で逝去し、父はほどなく再婚した。母の死や後の父・継母との確執は彼女の精神性に大きな影響を及ぼし、「Promise To Try」「Oh Father オー・ファーザー」などの楽曲で歌われている。弟や妹の面倒もよく見ていた。そんな中でも、多くの習い事を幼い頃からしており、最初はピアノを習っていたが、父親に「バレエを習いたい」と懇願し、変えてもらう。その後、モダンダンス、ジャズダンスなど、ダンスを多く習い始める。

1977年、35ドルを手にグレイハウンドの長距離バスで郷里を後にニューヨークへ出発した。ニューヨーク到着後、タクシーの運転手に「この街で一番大きな場所へ行って!」と言い、タイムズスクウェアで降りたのは有名な話。なおベジタリアンとなったのもNY移住後である。

1978年 ニューヨークで、『パトリック・エルナンデス・レビュー』にダンサーとして出演。他にも数々の職に就く。この頃出演していた成人映画が有名になってからビデオで発売された。

2000年12月22日スコットランドのドーノック大聖堂にて映画監督のガイ・リッチーと結婚したが、2008年10月15日にマドンナの広報リズ・ローゼンバーグが夫婦の離婚を正式に発表した。

[編集] 歌手活動の経歴

詳細は「マドンナの歌手活動の歴史」を参照

[編集] 映画

以上がマドンナが主演してきた映画である。最悪の映画を選ぶゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)の常連でもある。最悪主演女優賞は 『上海サプライズ』 『フーズ・ザット・ガール』 『ボディ』 『2番目に幸せなこと/ネクスト・ベスト・シング』 『スウェプト・アウェイ』 の5回 (『スウェプト・アウェイ』 は最悪スクリーンカップル賞も)、これに最悪助演女優賞の 『フォー・ルームス』 『007 ダイ・アナザー・デイ』、2000年の特別賞としての20世紀最悪主演女優賞とあわせて9回の受賞歴がある。その一方で得意の歌唱力を生かしたエビータのエバ・ペロン役では、ゴールデングローブ賞の女優賞を獲得するなど真っ当な評価を受けている。 初監督作品「ワンダーラスト」2009年1月、日本公開。

[編集] ディスコグラフィ

詳細は「マドンナのディスコグラフィ」を参照

[編集] 売上記録

全世界でのトータルセールスはおよそ2億枚。

[編集] シングルセールス・ベスト10

  1. ハング・アップ(2005):870万枚
  2. ミュージック(2000):760万枚
  3. ヴォーグ(1990):600万枚
  4. アメリカン・パイ(2000):590万枚
  5. ソーリー(2006):540万枚
  6. ドント・テル・ミー(2000):500万枚
  7. ライク・ア・プレイヤー(1989):440万枚
  8. ライク・ア・ヴァージン(1984):400万枚
  9. ジャスティファイ・マイ・ラヴ(1990)、マイ・プレイグラウンド(1992):310万枚
  10. フローズン(1998)、ホワット・イット・フィールズ・ライク・フォー・ア・ガール(2001):300万枚

[編集] 全米1位獲得アルバム

[編集] 全英1位獲得アルバム

[編集] 日本国内での1位獲得アルバム

オリコン集計によるもの。

[編集] 全米1位獲得シングル

[編集] 全英1位獲得シングル

[編集] 『Hot Dance Music/Club Play』No.1獲得曲

米ビルボードにあるチャート・カテゴリーの一つがこの『Hot Dance Music/Club Play』。ダンスソング向けに作られたチャートで、1974年10月26日よりスタートした。マドンナは、これまでに計40曲をチャートNo.1に輝かせている。これは、アーティストの中では第1位の記録である。

  • 01.Holiday/Lucky Star(1983)
  • 02.Like A Virgin ライク・ア・ヴァージン(1984)
  • 03.Material Girl(1985)
  • 04.Angel/Into The Groove(1985)
  • 05.Open Your Heart(1986)
  • 06.Causing A Commotion(1987)
  • 07.You Can Dance(LP Cuts)(1987)
  • 08.Like A Prayer ライク・ア・プレイヤー(1989)
  • 09.Express Yourself エクスプレス・ユアセルフ(1989)
  • 10.Keep It Together キープ・イット・トゥゲザー(1990)
  • 11.Vogue ヴォーグ (曲)(1990)
  • 12.Justify My Love(1990)
  • 13.Erotica(1992)
  • 14.Deeper And Deeper(1992)
  • 15.Fever(1993)
  • 16.Secret(1994)
  • 17.Bedtime Story(1995)
  • 18.Don't Cry For Me Argentina(1997)
  • 19.Frozen(1998)
  • 20.Ray Of Light(1998)
  • 21.Nothing Really Matters(1999)
  • 22.Beatiful Stranger(1999)
  • 23.American Pie(2000)
  • 24.Music(2000)
  • 25.Don't Tell Me(2000)
  • 26.What It Feels Like For A Girl(2001)
  • 27.Impressive Instant(2001)
  • 28.Die Another Day(2002)
  • 29.American Life アメリカン・ライフ(2003)
  • 30.Hollywood(2003)
  • 31.Me Against The Music(2003)
  • 32.Nothing Fails(2003)
  • 33.Love Profusion(2004)
  • 34.Hung Up ハング・アップ(2005)
  • 35.Sorry ソーリー(2006)
  • 36.Get Together ゲット・トゥゲザー(2006)
  • 37.Jump ジャンプ (マドンナ)(2006)
  • 38.4 Minutes (2008)
  • 39.Give It 2 Me (2008)
  • 40.Celebration(2009)

[編集] 日本ゴールドディスク大賞

[編集] 1986年(第1回)

[編集] 1989年(第4回)

[編集] 1990年(第5回)

[編集] 1992年(第7回)

[編集] 2008年(第23回)

実績として、アルバム「ハード・キャンディー」が31万4595枚。配信が1,005,523DLだった。

[編集] グラミー賞

マドンナは、過去に数多くの音楽賞を受賞またはノミネートされてきたが、グラミー賞は少ない。ここでは、受賞したものだけ取り上げる。

[編集] 1992

  • Best Music Video,Long Form (Blond Ambition Tour)

[編集] 1999

[編集] 2000

  • Best Song Written for a Motion Picture (Beautiful Stranger)

[編集] 2001

  • Best Recording Package (Music)

[編集] 2007

[編集] アカデミー賞

[編集] 1991

  • Best Original Song "Sooner or Later"

[編集] 1997

  • Best Original Song "You Must Love Me"

[編集] ワールド・ツアー

マドンナのツアーは、開催される度に世界各国のメディアが報じるほど評価が高い。基本的には、アルバムの発売後にツアーを行なう。2001年の「Drowned World Tour」は、1993年の「The Girie Show Tour」から8年後に開催された。1994年にリリースされたアルバム『Bedtime Stories ベッドタイム・ストーリーズ』の後にツアーが予定されていたが、映画『エビータ』の主演が決定したために中止されたという逸話がある。2004年の「The Re-Invention Tour」では、10thアルバム『American Life アメリカン・ライフ』からの楽曲以外にも過去のアルバムからの曲がセットリストに組み込まれ、マドンナの歴代ツアーの中でも1990年の「Blond Ambition Tour」と争うほどの人気のあるツアーである。2001年の「Drowned World Tour」では、過去のツアーと比べかなりダンス・パフォーマンスが減った。

更に毎回、巨大セットにも注目が集まる。過去に登場した代表的なセットとしては、1990年の『Blond Ambition Tour』のオープニングで登場した、工場をモデルにしたセット、2006年の『Confessions Tour』での総額2億円のミラーボールと高さ6メートルの十字架などがある。これらの数々の巨大セットを上手く使用した演出もマドンナ独自のライブ演出としての特徴だろう。

そして、もう一つ欠かせない要素が毎回ファンを魅了するダンス。ツアーを重ねる度に、昔ながらの力強いダンス・パフォーマンスは減っていっているものの、年齢を感じさせない観客を魅了するダンスは常に健在である。

  • 1985年「The Virgin Tour」(4月10日~6月11日 全40公演)
    • (アメリカ/カナダ)
  • 1987年「Who's That Girl Tour」(6月14日~9月6日 全41公演)
    • (日本/アメリカ/カナダ/イギリス/ドイツ/オランダ/フランス/イタリア)
    • 日本では同じ年にツアーを行ったマイケル・ジャクソンと合わせ「M・M旋風」と呼ばれた。
  • 1990年「Blond Ambition Tour」(4月13日~8月5日 全57公演)
    • (日本/アメリカ/カナダ/スウェーデン/フランス/イタリア/ドイツ/イギリス/オランダ/スペイン)
  • 1993年「The Girlie Show Tour」(9月25日~12月19日 全39公演)
    • (イギリス/フランス/イスラエル/トルコ/カナダ/アメリカ/プエルトリコ/アルゼンチン/ブラジル/メキシコ/オーストラリア/日本)
  • 2001年「Drowned World Tour」(6月9日~9月15日 全47公演)
    • (スペイン/イタリア/ドイツ/フランス/イギリス/アメリカ)
  • 2004年「The Re-Invention Tour」(5月24日~9月14日 全56公演)
    • (アメリカ/カナダ/イギリス/アイルランド/フランス/オランダ/ポルトガル)
  • 2006年「Confessions Tour」(5月21日~9月21日 全60公演)
    • (アメリカ/カナダ/イギリス/イタリア/ドイツ/デンマーク/フランス/オランダ/チェコ/ロシア/日本)
  • 2008年「Sticky & Sweet Tour

[編集] 特徴

[編集] ギター

『Drowned World Tour』から、マドンナはダンスのほかにギターを使用したステージも披露している。エレクトリックギターアコースティック・ギターを使用し、『The Re-Invention Tour』と『Confessions Tour』ではエレキ・ギターを弾くレベルが一段と高くなったことが分かる。

★エレクトリック・ギター

★アコースティック・ギター

[編集] コラボ

2001年『Drowned World Tour』を機に、大型スクリーンが使用されており、マドンナはゲストと豪華競演を果たしている。

マイク・マイヤーズ 2001年『Drowned World Tour』の『Beatiful Stranger』の冒頭で一瞬だけ共演。マドンナとマイク・マイヤーズは同曲のPVでも共演を果たしている。

ミッシー・エリオット 2004年『Re-Invention Tour』の『Into The Groove』で登場。マドンナとミッシーがモデルとなったGAPがきっかけにコラボが実現。ラップ部分でスクリーンに登場している。

[編集] 日本公演

  • 1987年「Who's That Girl Tour」
    • 6月14(ツアー初日公演)・15日、大阪球場
    • 6月21・22日、後楽園球場
    • 東京公演初日6月20日の後楽園球場は雨天により中止となった。
  • 1990年「Blond Ambition Tour」
    • 4月13(ツアー初日公演)~15日千葉マリンスタジアム(杮落とし)、4月20~22日 阪急西宮球場、4月25~27日 横浜スタジアム
  • 1993年「The Girlie Show」
    • 12月7~9日、福岡ドーム
    • 12月13・14・16・17・19日(ツアー最終公演)、東京ドーム
  • 2005年 『Confessions On A Dance Floor』プロモーションライブ
    • 12月7日、新木場STUDIO COAST
  • 2006年「Confessions Tour

[編集] 書籍

  • SEX by MADONNA

1992年に発売されたヌード写真集。日本ではヘアが未修正だったことが問題となり増刷されなかった。この写真集では男性のシンボルが未修正のまま露出されており、そこでマドンナが男性のシンボルを銜え、その男性が液体をマドンナに向けて出している写真までがある。しかし、警察は何の手出しをすることもできなかった。

  • マドンナ語録 (ブルース・インターアクションズ、2006年)

[編集] 絵本

[編集] 映像作品

[編集] プロモーション・ビデオ

  • The Immaculate Collection/ベスト・ヒット・コレクション
  • The Video Collection/ベスト・ヒット・コレクション 93-99

[編集] ツアー

  • Ciao Italia/チャオ・イタリア-ライヴ・フロム・イタリー
  • The Girlie Show-Live Down Under/ザ・ガーリーショウ~from オーストラリア
  • Drowned World Tour 2001/ライヴ・イン・デトロイト 2001
  • The Confessions Tour/ザ・コンフェッションズ・ツアー(DVD+CD)

[編集] アルバムのキャッチコピー

[編集] チャリティ・ライヴ出演歴

[編集] 1985年 Live Aid

  • Hoiday
  • Into The Groove
  • Love Makes The World Go Round

マドンナは、アメリカのフィラデルフィアにあるJFKスタジアムからの出演となった。『Love Makes The World Go Round』はこのライヴ・エイドのために制作された楽曲で、後に3rdアルバム『トゥルー・ブルー』に収録された。

[編集] 2005年 Tsunami Aid:A Concert of Hope

  • Imagine

2004年12月下旬にスマトラ島沖地震により発生した津波で被害を受けた被災地を救うために放送された番組にマドンナはロンドンのスタジオから出演。前年に行なった自身のツアーでも披露した『Imagine』を熱唱。

[編集] 2005年 Live8

  • Like A Prayer
  • Ray Of Light
  • Music

ライヴ・エイドの第2弾ともいうべき最大のチャリティ・ライヴ。マドンナはロンドンのハイド・パークから出演。聖歌隊やダンサーを従え、自身の代表曲をパワフルに熱唱した。特に『Like A Prayer ライク・ア・プレイヤー』では飢餓によって危険な状態だったとこから奇跡的に助かった女の子が登場。マドンナと手をつないで歌うステージはライヴ・エイト最大のハイライトの一つと言われている。

[編集] 2007年 Live Earth

地球温暖化の問題を訴えかけるために開催されたLive Earthにマドンナはロンドンのウェンブリー・スタジアムから出演。『Hey You』は、このライヴのために制作されたチャリティソングで、ダウンロードのみでの公開となった。マドンナは、ニューヨークのバンドEugene Hutzと『La Isla Bonita』でコラボ。『Lela Pala Tute』という曲をミックスさせたアレンジで披露した。

[編集] お騒がせ事件集

[編集] 大胆な十字架パフォーマンス

2006年の「Confessions Tour」の中で、マドンナは高さ6メートルの巨大十字架に自ら磔(はりつけ)となり往年の大ヒット曲『Live To Tell』を歌う演出が世界中の宗教団体から非難を浴びた。ヨーロッパ・ツアーの一環としてイタリア・ローマ公演の際、公演前からカトリック教会やイスラム教やユダヤ教指導者からの非難の声が続出。「無礼で悪趣味、かつ挑発的」、「神への冒涜に近い」とカトリック聖職者らは非難。更には、「国に帰ったほうがいい」とイスラム教やユダヤ教の指導者からも非難の声が出ている。 そんな中、8月6日のローマ公演での十字架パフォーマンスが非難を浴びる中で強行された。マドンナは、ローマ教皇ベネディクト16世を招待し、怒りを刺激。カトリック教会の中心地であるバチカン市国からわずか1.6キロ離れたスタディオ・オリンピコに来た約7万人の観客は十字架に磔になったマドンナが登場すると一瞬、静まり返ったという。

[編集] アフターパーティー 

2006年9月20日(水曜)東京ドーム公演終了後「都内某クラブにてマドンナがアフターパーティーを行う」とうたった情報がmixi上で流された。「早めの入場でないと入れない場合がある」といった煽りもあり、オープンと同時に多数のファンが詰め掛けた。しかしながらマドンナ本人は現れなかった(公演終了後ホテルに戻り食事をとっていた)。またマドンナの娘ローデス、クルー、バックダンサーは来場していた。

[編集] 落馬事故

2005年8月16日、イギリス・ロンドン郊外に所有する18億円の邸宅の庭で、47歳の誕生日プレゼントとして、夫のガイ・リッチーから贈られた馬に試し乗りをしてたところ落馬をし、全治3ヶ月の大怪我を負った。診断の結果、肋骨3本にひびが入り、鎖骨と手を骨折していたことが判明。すぐに病院に搬送されたが入院はせず、なんとその日に治療を済ませて帰宅したという。医師は「マドンナさんは日ごろからヨガで鍛錬しているため、回復も早いだろう」と語っていた。マドンナは骨折をしているのにも関わらず、事故の3日後にはロンドン市内のカバラ・センターから出てくるのを目撃されたり、携帯メーカーのモトローラのCMの撮影も済ませるなど、超人並みなところを見せている。アルバム『Confessions On A Dance Floor』のプロモーションにも支障は出なく、全世界でのメディアはマドンナの驚異的な回復に驚いた。

因みに、病院で撮影されたレントゲン写真8枚は、2006年「Confessions Tour」で「ライク・ア・ヴァージン」を歌っている際に、演出としてスクリーンに映し出された[3]

[編集] 人物

[編集] 記録

  • 全英シングルチャートNo.1獲得数(女性ソロアーティスト歴代1位):13作
  • 全米シングルチャートTOP10獲得数(アーティスト歴代1位):37曲
  • ポップ・ミュージック史上アルバムNo.1最多獲得国数:40ヶ国(Confessions On A Dance Floor/2005年)
  • ポップ・ミュージック史上シングルNo.1最多獲得国数:43ヶ国(Hung Up/2005年)
  • 全米アルバムチャートNo.1獲得数(女性ソロアーティスト歴代2位):7作
  • ソロ歌手の1位インターバル最長記録:17年11ヶ月
  • 3年代連続1位(1989:Like A Prayer,1990:I'm Breathless,2008:Hard Candy)
  • ツアー興行収入最高記録(女性アーティスト歴代1位):233億円(Confessions Tour/2006年)

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 公式サイト

[編集] ウェブ・ディレクトリ

[編集] 参考文献・出典

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  1. ^ 広告景気年表 株式会社電通1987年(参照:2008年5月12日)
  2. ^ Bowman, Edith; Sellars, Peter "BBC World Visionaries: Madonna Vs. Mozart" 英国放送協会 2007年5月26日。(参照:2008年5月12日)
  3. ^ 2006年10月号「日経エンタテインメント!」

最終更新 2009年11月8日 (日) 11:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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