マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー

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マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー(2007年)

マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー(महर्षि महेश योगी, Maharishi Mahesh Yogi 、1918年1月12日 - 2008年2月5日)は、トランセンデンタル・メディテーション(超越瞑想・TM)の創立者。マハリシとは「偉大な・聖者(見者)」という意味。

マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーはインドマディヤ・プラデーシュ州ジャバルプル、ガダーワーラーの近くにあるチチリーという村で生まれたとされる。本名はマヘーシュ・プラサード・ヴァルマー(महेश प्रसाद वर्मा, Mahesh Prasad Varma )である。物理学の学位を取ってイラーハーバード大学を卒業した。

当時、北のシャンカラチャリアの座にいたシュリ・スワミ・ブラマナンダ・サラスワティ・バグワン師に13年間ついて修行した。

その後、南インドに移動し、1955年に「トランセンデンタル・メディテーション Transcendental Meditation , TM 」(超越瞑想)と名付けた瞑想技術を教え始めた。1960年代にはアメリカを中心として活動し、ヒッピーたちの3大グル(その他J・クリシュナムルティグルジェフ)の1人とされた。

ビートルズは、インドのリシケシュで TM を受講した。マハリシは高額なお布施(当時TMは、年収の10分の1が基準であった)を要求し、随行メンバーの女性に"性的興味"を示したという関係者の主張の後、ビートルズは彼に対する失望を露わにして TM から離れた。マハリシに対する皮肉はジョン・レノンにより『セクシー・セディー』という曲に表れる(近年判明した真実についてはセクシー・セディーの記事を参照)。

マハリシ側は上記の話を根拠のないものであると主張している。彼らによれば、ポール・マッカートニージョージ・ハリスンは後年マハリシに対する支援を表明し、決別の前も後もマハリシはビートルズのファンであり続け、彼らを「地上に降り立った天使」とまで呼んだという。しかし、これはあくまでマハリシ側の主張であって、その真偽は定かではない[1]

ザ・ビーチ・ボーイズマイク・ラヴは彼の学生となり、ビーチ・ボーイズは1970年代にマハリシ国際大学で『M.I.U. アルバム』を録音した。また、ドノヴァンも彼の学生であった。

1970年代にサイエンスの論文をきっかけにTM の科学的研究が積極的に行われ、現在に至る瞑想や呼吸法の科学的研究の草分けとなった。

1980年代中頃には日本においてサラリーマンを中心としたストレス解消法として広められ、企業の福利厚生としても取り上げられた。

労働省産業医学総合研究所の研究(衛生学学会1987原谷隆史/古川千勝)などがきっかけになり、ソニー京セラなどが企業導入したが、その背景には、井深大稲盛和夫などのトップの影響があった。

日本の企業による瞑想研修は海外にも影響し、IBMゼネラルモーターズなどの大企業も研修として採用したが、バブル崩壊オウム事件の煽りを受け、その後、瞑想研修は下火になっていった。

1990年に、スイスのゼーリスベルグからオランダのヴロドロップに拠点を移して、世界規模での活動を行った。

2008年1月11日に引退を発表。2月5日午後7時にオランダの自宅で91歳で死去した。

最後の言葉は「世界の人々よ平和に幸福に豊かにそして苦しみなく長寿であれ」であったという。

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About Maharishi Mahesh Yogi
Centers of Consciousness Based Education

最終更新 2009年2月6日 (金) 15:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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