マリックスライン
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 本社所在地 | 日本 〒892-0836 鹿児島県鹿児島市錦江町1-7 |
| 電話番号 | 099-226-2121 |
| 設立 | 1959年12月 |
| 業種 | 一般旅客定期航路事業 |
| 事業内容 | 一般旅客定期航路事業・国内旅行業・損害保険代理業・航空代理店業・特別管理産業廃棄物収集運搬業 |
| 代表者 | 岩男直哉(代表取締役社長) |
| 資本金 | 3億円 |
| 決算期 | 3月 |
| 主要子会社 | マリックス物流サービス株式会社 |
| 外部リンク | http://www.marix-line.co.jp |
マリックスライン(英称:Marix Line Co., Ltd.)は、鹿児島県鹿児島市錦江町に本社を置く海運会社。鹿児島から奄美諸島・沖縄へのフェリー航路を運営している。
目次 |
[編集] 沿革
- 1953年12月 - 照国海運株式会社が、鹿児島-奄美航路を開設。
- 1959年12月 - 照国郵船株式会社を設立。翌年、グループ親会社の照国海運から鹿児島-奄美航路を承継。
- 1972年7月 - 鹿児島-奄美大島-与論航路をフェリー化、旅客重視構造の「クイーンコーラル」(初代)就航。
- 1972年12月 - 鹿児島-奄美大島-与論航路を沖縄(那覇港)まで延長。
- 1975年12月 - 同年9月の親会社・照国海運がタンカーの大量発注という誤った政策等により破綻・倒産した影響に加えて沖縄の本土復帰による一時的な観光需要に合わせて就航させた旅客重視の大型船建造、当時の子会社による「さんふらわあ」シリーズの多額の建造費、オイルショック後の燃料費の高騰などが経営に悪影響を及ぼし会社更生法申請。更生管財人の下、新体制にて再建を目指すこととなる。
- 1990年4月 - 会社更生法に基づく更生手続き終結に伴い社名をマリックスライン株式会社に変更。
- 2001年11月 - 本部港への寄港開始。
[編集] 航路
- ※相互利用については、料金種別にもよるため詳細は要確認。
[編集] 船舶
ファンネルマークは紺色ラインの中にアルファベットの「M」が白色で書かれている
船体の塗装は上半分がアイボリー、下半分が青、船体前方側面に「MARIX LINE」と書かれている。
[編集] 就航中の船舶
- クイーンコーラル8
- 1999年3月竣工、同年9月就航。4,945総トン。全長140.81m、全幅20.50m、出力9,000ps×2、航海速力22.0ノット(最大24.1ノット)。
- 旅客定員300名(臨時定員798名)。積載数:トラック(8t)27台・乗用車72台・コンテナ(10ft)242個など。神田造船所川尻工場建造。鉄道建設・運輸施設整備支援機構と共有。
- 船体規模に対しエンジン出力が大きい為、船体振動や騒音が大きい[要出典]。
- クイーンコーラルプラス
- 2008年12月3日就航。5,910総トン、全長143.30m、幅21.60m、出力9,000PS×2、航海速力21.4ノット。
- 旅客定員470名(臨時定員800名)。積載数:大型車26台・乗用車44台・コンテナ(10ft)238個など。神田造船所川尻工場建造。建造費約40億円。鉄道建設・運輸施設整備支援機構と共有。[1]
- 「クイーンコーラル」の代替として就航。従来船に無い設備として、1等1名室、2等洋室(2段ベッド)、ペット室などを設ける。バリアフリー対応。
- 船名のPLUSは、"Pleasant, Luxury and Utility Ship"の略、「楽しく、心地よい、多目的・実用的な船」の意味がある。
[編集] かつて就航していた船舶
- 照国丸
- 1,500総トン。貨客船。
- はいびすかす
- 2,500総トン。貨客船。
- クイーンコーラル(初代)
- 1972年7月就航、1986年10月引退。6,385.84総トン、全長128.55m、幅17.4m、出力9,000ps、航海速力23.0ノット。
- 積載数:乗用車75台。林兼造船長崎造船所建造。
- フェリー化第1船。1983年に引退後復帰したが「クイーンコーラル7」就航にともない引退。のち、日本国外(ギリシャ)に売却。2000年に解体。
- 沖縄国際海洋博覧会(1975年開催)を控えて観光客輸送を重視した仕様とされたため、離島航路にも関わらずトラックやコンテナが積載不可能だった[2]ほか、個室や娯楽空間を多く設けるなど行楽客を意識した船内設備や、優美な外観とするためランプウェイが特殊構造[3]となるなど、照国郵船の子会社として設立された「日本高速フェリー」(現在の商船三井フェリー)の「さんふらわあ」とともに「豪華フェリー」として建造された。
- 航路事情に合わない豪華船だったため、1975年末の会社更生法申請(事実上の事業破綻)の要因のひとつとなってしまった。
- クイーンコーラル2
- 1975年4月就航。1983年6月引退。
- フェリー化第2船。クイーンコーラルの拡大型として、同様な豪華フェリーのコンセプトで建造された[4]。引退後は来島グループの所有となり、「くいーんふらわあ2」に改名のうえ関西汽船に傭船された。1995年2月、日本国外に売却。
- ニュークイーンコーラル
- 1982年11月就航、1993年10月「クイーンコーラル」(2代目)就航にともない引退。
- クイーンコーラル7
- 1986年10月就航、1999年9月「クイーンコーラル8」就航にともない引退、中国のフェリー会社に売却された。
- クイーンコーラル(2代目)
- 1993年3月竣工、同年10月就航、2008年12月引退。4,924総トン、全長140.01m、全幅20.50m、出力13,500PS、航海速力20.1ノット(最大22.2ノット)。
- 旅客定員500名。積載数:トラック27台・乗用車66台・コンテナ(8f)236個。林兼船渠長栄造船所建造。
- 僚船の「クイーンコーラル8」のほか、同航路を運航するマルエーフェリーの船舶とも速度差があったため、運航時刻が別立てになっていた。また、引退前にはたびたび機器故障が発生していた[5]。
- 2008年12月、「クイーンコーラルプラス」就航にともない引退後、DBSクルーズフェリー(韓国)に売却。改修後「イースタン・ドリーム」と改称のうえ、鳥取県の悲願であった「環日本海横断定期航路」[6]に2009年6月29日に就航した。[7]
[編集] 関連会社
- マリックス物流サービス株式会社 - 貨物自動車運送事業、船舶給油(コスモ石油代理店)、船給納入
- 鹿児島通運株式会社 - 貨物自動車運送事業、通運取扱業、JRコンテナ輸送
- 薩摩倉庫運輸株式会社 - 貨物自動車運送事業、倉庫業
- 明昭産業株式会社 - 九州運輸局指定民間車検工場、東急車両製造指定工場、損害保険代理店
[編集] 参考文献
- にっぽん全国たのしい船旅2007-2008 - イカロス出版 イカロスMOOK(2007年8月発行)ISBN 9784871499736
- 『名船の條件 照国郵船クイーンコーラル』島海龍雄・著(p.100-p.101)
- 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)
[編集] 脚注
- ^ 新船「クイーンコーラルプラス」来月就航/鹿児島-奄美・沖縄 - 南日本新聞(2008年11月29日付、2009年3月1日閲覧)
- ^ 但し、離島航路船として生鮮食料品等の輸送のため、当初より船内に冷蔵貨物倉を設けていた他、1978年には船橋前の前甲板と煙突後方のプール撤去後のスペースに12ftコンテナを積載するよう改装され、限定的ながら貨物輸送能力が付加された。
- ^ 開閉部が蝶番式になっていたが1978年2月、通常型に改造された。
- ^ クイーンコーラルと同様に冷蔵貨物倉を有していた他、こちらは少数ながらトラックの積載が可能だった。後に甲板上に12ftコンテナの積載能力を設ける改装を受けた点はクイーンコーラルと同様。
- ^ 船舶動静(2007年5月28日)、船舶動静(2008年4月20日) - マリックスライン
- ^ 航路は、東海(韓国・江原道)-境港(日本・鳥取県)-ウラジオストク(ロシア・沿海地方)。
- ^ [1] - 日本海新聞(2009年6月30日付、2009年7月18日閲覧)
[編集] 関連項目
- マルエーフェリー - 同じ区間を運航する奄美市の船舶事業者。
- 奄美海運 - 一部、同じ区間を運航するマルエーフェリー関連の船舶事業者。
- さんふらわあ - 当時の子会社である「日本高速フェリー」(現在の商船三井フェリー)が就航させた豪華フェリー。
- 南沙織 - 1970年代に活躍したアイドル歌手。今も船内で流れるCM曲「走れクイーンコーラル」を歌っている(CDは公式サイトで購入可能)。
- 映画「ゴジラ対メカゴジラ」 - 照国郵船時代に、クイーンコーラル(初代)が日本高速フェリー「さんふらわあ」と共に撮影で使用されている。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月15日 (木) 01:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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