マルヌ会戦

マルヌ会戦の最新ニュースをまとめて検索!

マルヌ会戦

マルヌ会戦時の独仏両軍の戦線
戦争第一次世界大戦
年月日:1914年9月5日から10日
場所フランスパリ近くのマルヌ川
結果:連合国の勝利
交戦勢力
フランス
イギリス
ドイツ
指揮官
ジョフル
フレンチ
モルトケ
ビューロー
クルック
戦力
1,071,000 1,485,000
損害
約263,000 約250,000
マルヌの前線へフランス軍の兵士を運んだタクシー

マルヌ会戦(マルヌかいせん)は、1914年9月、ベルギーを突破したドイツ軍を、フランス軍がマルヌ河畔でくい止めた第一次世界大戦中の戦い。この戦いによって、ドイツのシュリーフェン・プランは挫折し、短期決戦から長期戦へと戦局は替わって行った。

[編集] 概要

第一次世界大戦初期におけるドイツ、フランス主力の会戦(1914年9月5~12日)で、これによってドイツ軍のフランス席巻計画は完全に失敗した。

ドイツ参謀本部は大戦勃発とともにシュリーフェン計画を実行し、ベルギーを通過することで主力を北フランスに進めたが、フランス参謀総長ジョッフルは急ぎフランス軍主力をマルヌ川南方の線に後退させ、反撃を準備した。他方、ドイツ軍は、兵力不足のため、パリを外側から回り道することができず、平押しのまま南下して9月5日以降マルヌ河畔でフランス軍主力と衝突するに至った(戦線はヴェルダン西方からパリ北方に至る約280km)が、パリ方面から右翼を脅威され、この危機を脱するため、11日エーヌ川線まで撤退を余儀なくされ、ドイツの作戦企図は徒労に帰した。


最終更新 2009年10月25日 (日) 16:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【マルヌ会戦】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!