マンダム
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| 種類 | 株式会社 | |||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒540-8530 大阪府大阪市中央区十二軒町5番12号 |
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| 電話番号 | 06-6767-5001(本社代表) | |||
| 設立 | 1927年(昭和2年)12月23日 (金鶴香水株式会社) |
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| 業種 | 化学 | |||
| 事業内容 | 化粧品の製造販売 | |||
| 代表者 | 西村元延(代表取締役 社長執行役員) | |||
| 資本金 | 113億9,481万7,459円 | |||
| 売上高 | 連結:562億8,901万0千円 単独:388億5,986万3千円 (2008年3月期) |
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| 総資産 | 連結:542億1,887万4千円 単独:471億3,577万0千円 (2008年3月31日現在) |
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| 従業員数 | 連結:2,195人 単独:517人 (2008年3月31日現在) |
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| 決算期 | 3月31日 | |||
| 主要株主 | (財)西村留学生奨学財団 7.46% 日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 5.64% 日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 4.90% (2008年3月31日現在) |
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| 外部リンク | http://www.mandom.co.jp/ | |||
株式会社 マンダム(Mandom corp.)は、大阪府大阪市中央区十二軒町に本社を置く日本の化粧品メーカーである。主にヘアフォームを中心とした男性用化粧品に強みを持ち、シェアは国内トップに位置する(資生堂が奪回した年もあり、両社の攻防が続いている)。
目次 |
[編集] 概要
元々は明治時代(詳しい時期は不明)に大阪で創業され、輸入雑貨品を販売していた大崎組を前身とする。創業者で岡山出身の西村新八郎は、この大崎組に1908年に入社し、フランスから輸入された香水を、自社ブランド名の「鶴香水」「金鶴香水」といった名を冠して販売していた。
その後、大崎組は1923年に倒産、大阪市内で化粧品を扱う業者が合同し、1927年に金鶴香水株式会社として設立される。先に大崎組に在籍経験を持つ、西村は1915年に大崎組から独立し、同じく大阪市内で化粧品の製造をしていた株式会社 巴屋化粧品製造所(のちに1949年、同社に吸収合併される)の共同経営者をしていたが、新たに設立された金鶴香水の社長に就任することになる。
1933年にスティック状で使う分だけ、押し出して塗って髪を整える「丹頂チック」を発売。爆発的なヒットを記録し、これが同社を長年に渡って支え続けるロングセラー商品となる(現在まで販売中)。戦後を経て、その後も「丹頂ヘアトニック」「丹頂コールドクリーム」など、自社ブランド「丹頂」名の製品が多くなったことから、1959年には丹頂株式会社に社名を変更。しかし1963年に資生堂から発売された男性用化粧品「MG5」が発売されると、一転してシェアは低下、倒産の危機に直面するが、1970年にかの有名なチャールズ・ブロンソンをイメージ・キャラクターに起用した「マンダム」シリーズを投入すると、当時テレビ放映されたCMの影響も手伝って、大ヒットを記録。倒産寸前の窮地から復活を遂げると、1972年にマンダムへと社名変更する。
1978年には、新世代向け男性用化粧品「GATSBY」(ギャツビー)シリーズを投入し、こちらも現在まで続くブランドに成長させると共に、1989年には業界で初となる無香料化粧品として知られる「LUCIDO」(ルシード)シリーズを投入(1993年には女性向けとして「LUCIDO-L」(ルシード エル)も誕生している)。その後は激戦が続く男性用化粧品分野で資生堂と接戦を続けている。
「mandom」とは、現在は“Human & Freedom”の略である。元々は“Man Domain”(男の領域)という意味だったが、1984年に女性化粧品事業へ参入するに伴い、公に略称を変更した。
[編集] 歴史
- 1927年12月:金鶴香水株式会社として設立される。初代社長は西村新八郎。
- 1933年4月:「丹頂チック」発売。
- 1959年4月:丹頂株式会社へ社名を変更。
- 1961年:第2代社長に西村彦次就任。
- 1970年4月:チャールズ・ブロンソンを広告キャラクターとして契約。CMで「う~ん、マンダム」と話したことから、一躍流行語となった(ジェリー・ウォレス(Jerry Wallace)の歌うCMソング「男の世界」(再発盤レコードでは「マンダム~男の世界」と表記)にも「マンダム」のフレーズが登場した。なお、同曲はシングル売り上げ120万枚の大ヒットとなった)。このCMのディレクターは大林宣彦が担当した。
- 1971年4月:株式会社マンダムに社名変更。
- 1972年:マンダム・フーズフーを発売。イメージキャラクターとしてデヴィッド・ニーヴンを起用。
- 1976年:福崎工場操業開始。
- 1977年:直販体制への移行を試みたが、失敗。
- 1978年:若者向け化粧品、ギャツビーシリーズ販売。今日に至るまで主力商品となる。
- 1980年:第3代社長に西村育雄就任。
- 1984年:女性化粧品市場に参入。
- 1989年:30代をターゲットにした無香料の整髪料、ルシードを発売。
- 1993年:ルシードの派生で、女性向け無香料整髪料、ルシードエル発売。
- 1995年:第4代社長に西村元延就任。
- 2000年:西村育雄相談役死去。
- 2001年:ヘアカラー市場に参入。ギャツビーヘアカラー発売。
- 2003年:ルシードエル、ヘアカラー発売。西村彦次名誉顧問死去。
- 2006年:ギャツビー ムービングラバー発売。CMキャラクターを長らく務めた本木雅弘から木村拓哉に変更。
[編集] 主な商品
- MANDOM(マンダム)シリーズ …チャールズ・ブロンソンを起用し、「タフな男」のイメージで展開。熟年層向け。
- GATSBY(ギャツビー)シリーズ …最先端のオシャレを若者向けに発信する、世界最大の男性化粧品ブランド。
- LÚCIDO(ルシード)シリーズ …さわやかな男のたしなみ、として展開。無香料が特色で、30代男性をターゲットとしている。
- LÚCIDO-L(ルシードエル)シリーズ …男性用ブランドから派生して女性用専門となった珍しい例
- Produce(プロデュース)…女性用白髪染め。「髪色輝くヘアカラー」をコンセプトに商品化された。
- 丹頂チック(男性用整髪料。1933年から発売されているロングセラー商品)
- ほか。
[編集] 歴代CMキャラクター
ギャツビー
- 萩原健一:1981~1985
- 松田優作:1985~1988
- a-ha:1988~1993
- 吉田栄作&森脇健児:1993~1996
- 本木雅弘:1996~2006
- 木村拓哉:2006~
- 木村拓哉&岩尾望(フットボールアワー):2009
ルシード
ルシードL
トリーティア
プロデュース
[編集] その他
前述の通り、1970年代のチャールズ・ブロンソン出演のCMが一世を風靡したが、当時巷では会話の中で「おいっお前口の下に何か付いてるぞ」「エッ?(顎の部分を擦る)」「うーん、マンダム」といったCMの仕草に倣ったギャグが登場した。
また、当時このCMが「ワールドプロレスリング」(NETテレビ現テレビ朝日)で流れていたこともあり、チャールズ・ブロンソンとプロレス中継で映るスタン・ハンセンを混同する視聴者も多くいたと言う。
2000年頃からは、FM802との関係を深めており、同局でタイムシグナル(時報)CMを放送している。
[編集] 関連項目
- マンダム・ルシード よみうりオープンゴルフトーナメント - 2003年から2006年まで特別協賛していた日本ゴルフツアー機構(JGTO)公認による男子プロゴルフトーナメント。同社所属の星野英正がホストプロを務めていた。
- 同族経営
[編集] スポンサー番組
[編集] 現在
[編集] 過去
- ワールドプロレスリング(当時・NETテレビ、現・テレビ朝日系)
- オレたちひょうきん族(フジテレビ系)
- スーパーJOCKEY(日本テレビ系)
- 金曜ロードショー(日本テレビ系)
- ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!(フジテレビ系)
- ウィークエンドノート(エフエム大阪)
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月12日 (木) 21:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【マンダム】変更履歴


