マーク・キューバン

マーク・キューバンの最新ニュースをまとめて検索!

マーク・キューバン、2005年Web 2.0 Conference にて

マーク・キューバンMark Cuban, 1958年7月31日 - )は、アメリカ合衆国実業家

目次

[編集] 経歴

ペンシルベニア州ピッツバーグブルーカラーの家庭に生まれる。大学には自分自身の稼ぎでピッツバーグ大学に入学した。1年後インディアナ大学ブルーミントン校に転校、1981年にビジネスの理学士号を取得。卒業後テキサス州ダラスに移り、1983年コンピュータコンサルティング会社の MicroSolutions 社を起業。同社は8年で売上3000万ドルを記録する大企業に成長し、1990年CompuServe への売却で巨万の富を得る[1]

その売却益をもとに、大学の同窓生であるトッド・ワグナーとともに、インターネットラジオ会社の Audionet(Broadcast.com)社を1995年に設立。同社は1999年に1億ドルの収入を挙げ、同年7月に Yahoo! へ売却し、59億ドル相当の Yahoo! 株式のうちの10億ドル以上を現金化した[2]

2000年にワグナーとともに 2929 Entertainment 社を設立。2929 Entertainment社は映画制作会社HDNet Filmsや2929 Productions、自主映画配給会社Magnolia Pictures、芸術映画館チェーンLandmark Theatresなど多数の企業を傘下に収めるエンタテインメント企業である。2001年9月にはフィリップ・ガービンとともにケーブルテレビ衛星放送経由の高精細度テレビ(HDTV)放送局である HDNet を設立。

2008年11月17日2004年6月に自らが大株主だったMamma.com Incが新株を発行することを知り、公表前に全保有株を売却したことによって株価下落による約75万ドル超の損失を逃れたとして、インサイダー取引の容疑で証券取引委員会(SEC)に民事提訴された[3]

[編集] スポーツとの関わり合い

2000年1月14日に自身が熱烈なファンであった NBA のバスケットボールチーム、ダラス・マーベリックスを2億8500万ドルで買い取り、同チームのオーナーに就任した[4][5]

キューバンは豊富な資金力を活かしチームの補強を矢継ぎ早に行い、特に選手への待遇に最善を尽くした。結果チームは活力を取り戻し、低迷していたダラス・マーベリックスを復活させることに成功した。キューバンがチームを買い取るまでの20年間マーベリックスの勝率は40%でプレーオフの成績も21勝32敗であった[6] [7]がチームを買い取った後の6シーズンのレギュラーシーズンの勝率は69%となり全てプレーオフに進出しプレーオフでも39勝40敗の成績を残し2006年にはチーム初のNBAファイナル出場も果たしたがマイアミ・ヒートに敗れて優勝はならなかった[8]

これまでのNBAオーナーといえばスカイボックスからゲームを観戦するのが通例であったが彼はチームジャージを着てファンと共にコートサイドで観戦している。ロードゲームを観戦するために自家用機であるガルフストリーム・エアロスペース社のガルフストリーム Vを利用して移動することもある。

レフェリーに抗議することもしばしばで2006年までに少なくとも13回、165万ドル以上の罰金をNBAから課せられている.[9]

2005-2006年シーズンにマーベリックスに所属していたマイケル・フィンリーサンアントニオ・スパーズの選手としてダラスと対戦した際にブーイングキャンペーンを始めた[10]

2005年にはNHLピッツバーグ・ペンギンズを買い取ることも計画し[11]、ピッツバーグ・ポスト=ガゼットの報道によると2006年にダン・マリーノと共にペンギンズを購入しようとしているグループの一員に加わったことが明らかになった[12]

彼はまたMLBピッツバーグ・パイレーツ[13]シカゴ・カブスの購入にも興味を示している。


総合格闘技MMA)への興味も公言、2007年にHDnetFIGHTを創設したほか、各種大会のスポンサーにもなった。HDnetでは日本の総合格闘技大会「DREAM」「戦極」も放送した。

[編集] 脚注

[ヘルプ]

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
ウィキクォート
ウィキクォートマーク・キューバンに関する引用句集があります。

最終更新 2009年8月6日 (木) 22:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【マーク・キューバン】変更履歴

ご利用上の注意