マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
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マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟(マーシャルアーツにほんキックボクシングれんめい、Martial Arts Japan Kickboxing Federation)は、日本のキックボクシング団体である。通称MAキック、MA日本キック、MJKF、MAKF等。
分裂、運営体制の変更等あっても、現在まで組織が存続し活動している。
目次 |
[編集] リングアナウンサー
- 細田マサシ(放送作家)
[編集] かつてのリングアナウンサー
[編集] コミッショナー
[編集] 歴史
[編集] 創設
マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟(以下、MAキック)は、1985年に石川勝将が、同団体から離脱する形で設立した。石川は、日本キックボクシング連盟(以降、日本キック)の元理事で、六本木において「朋昌」という会社を営んでいた実業家だった。日本キックを離脱した石川には、ニシカワジム所属の向山鉄也(ライト級王者)がついてきた。ただし、向山以外の他の王者は、東洋・日本を含めて誰もついてこなかった。石川と共に日本キックを離脱したジムには、目黒ジム・市原ジム・太田ジム・ニシカワジム・OGUNIジム・習志野ジム・君津ジムなどがあった。また、当時、日本キックの対立団体だった全日本マーシャルアーツ連盟(以下、全日本MA)は事実上の分裂をおこし、いくつか離脱ジムが出た。これらのジムもMAキックに合流した。AKIジム(全日本マーシャルアーツ連盟の実体であるオールジャパンプロモーションであり、勇気道(のちの新空手)総本部である正心館でもある)・ミツオカジム・不動館(新拳会)・山形垂石ジム・富士魅ジムなどである。また、AKIジムは全日本MAの実体であり核のような存在であったため、AKIジムを欠いた全日本マーシャルアーツ連盟はその後しばらくは継続したが、ほぼ活動不可能な状態に陥っていくことになる。MAキックは、最終的にさらに他のジムも新しく加盟させて、活動を開始した。そして、1985年5月17日後楽園ホールに初めて興行が行われた。この興行のメインイベントは、団体分裂のため、石川側から見て空位となった日本フェザー級王者決定戦だった。鹿島龍(目黒ジム)と青山隆(OGUNI)が対戦した。
当初の運営体制は、理事長は日本キックのときと同じく石川勝将が務めたが、それ以外の体制は完全に変えられた。運営や興行の主催をジム関係者にやらせないようにし、すべて自分の会社で石川の妻が社長を務める日豊企画に行わせた。ただし、1986年になると、ニシカワジム会長の西川純を連盟幹部役員に任命した。リングアナウンサーには伊集院光らを抜擢した。1986年5月に入ると、地上波のテレビで試合の放送が開始された。同年10月24日には、小沢一郎をコミッショナーを任命した。そして翌1987年3月15日には、「内閣総理大臣杯」が賭けられた試合が行われた(鈴木秀男対竹山晴友)。キックボクシング史上、初の、そして唯一の出来事であった。
[編集] 分裂(全日本キックボクシング連盟)
1987年6月に、幹部だった西川純が叛乱をおこしたため、MAキックの日本王者全員と加盟ジムの多くが離脱し、新たな団体全日本キックボクシング連盟を設立した。MAキックから一瞬にして王者が全員いなくなり、新団体に流出してしまった。こうして、MAキックは分裂した。
1989年1月14日の興行は士道館主体のものとなり、この興行を最後に、朋昌(すなわち石川と日豊企画)はキックボクシングから完全撤退した。そして当連盟は機能を完全に停止したのである。
[編集] トロイカ体制
1989年7月から興行が再開された。
[編集] WBCムエタイ王座・ランキングの制定
2009年、国内大手企業のスポンサードのもとで、WBCムエタイルールによるムエタイ日本国内王座決定トーナメント・国内ランキング戦が行われることとなった。ジャパン・プロフェッショナル・ムエタイ・コミッティ(JPMC)統括。参加団体はMA日本とニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)。WBCムエタイルール日本統一王座決定トーナメントは、2009年7月26日のNJKF興行からスタートし、半年間で全階級の初代日本王者が決定する。フライ級からウェルター級の8階級で実施し、それぞれの階級に4人のトップ選手が出場する。[1][2]。
[編集] 階級
| 階級 | 重量区分 |
|---|---|
| ヘビー級 | 86.1kg〜 |
| ミドル級 | 〜72.57kg |
| ウェルター級 | 〜66.68kg |
| ライト級 | 〜61.23kg |
| スーパーフェザー級 | 〜59.0kg |
| フェザー級 | 〜57.15kg |
| バンタム級 | 〜53.52kg |
| フライ級 | 〜50.8kg |
[編集] 主要選手
[編集] かつての所属選手
- 竹山晴友
- 神風杏子
- シュガーみゆき(日本人女性初のボクシング世界王者)
- 後藤龍治
- HAYATO
- 内田ノボル
- ツグト“忍”アマラ
- 伊藤隆
- 加藤督朗
- 小野寺力
- 大石亨
- 飛鳥信也
- 新妻聡
- ラビット関
- 村上竜司
- 斉藤京二
- 港太郎
- 山崎通明
- 鴇稔之
- ハンマー松井
- 山口元気
- 早田寛(写真家。ムエタイ専門誌『シンラパ・ムエタイ』主宰)
[編集] 出場経験のあるフリー選手
但し、士道館・真樹道場らの主催興行(格闘技の祭典など)では、プロレスなど他ジャンルから幅広い選手が出場した(大仁田厚、ジャイアント馬場、マイケル・ジャクソン(ただし実際には来場せず)、佐竹雅昭、三沢光晴、青柳館長(斎藤彰俊の師)、アブドーラ・ザ・ブッチャーら)が、当欄ではそれらはすべて割愛した。
[編集] レフェリー
- 松田利彦(初代MA日本フライ級王者)
- 秋谷益男
- 梅沢勝
- 小林利則
- ソルジャー緒形(第四代MA日本ミドル級王者)
[編集] 世界マーシャルアーツ連盟(WMAF)
世界マーシャルアーツ連盟(World Martial Arts Federation / WMAF)は、MAキックに所属するプロモーターとアメリカのプロモーターで創設した世界タイトルである。1998年にバンタム級とスーパーウェルター級でそれぞれ世界王者を輩出したが、両選手が引退した為、活動を休止した。その後、2005年7月の初代スーパーフェザー級王者決定戦で再度活動を開始した。現在の目的は他の団体との協力関係を構築することと、それぞれの階級に世界王者を誕生させることで選手のモチベーションをあげることである。
[編集] ビデオ
クエストから多数発売されたが、それらはVHSビデオカセットである。
最初期の試合は、以下のDVDに収録されている。
- 「サムライたちの宴(うたげ)」 - アッパー(キックボクサーの卵からゴング誌に就職し、独立した舟木昭太郎の会社)から発売されている。
[編集] 脚注
- ^ WBCムエタイルール日本統一王座決定トーナメント開催! NJKF: 2009-6-13. 2009年6月13日閲覧.
- ^ WBCムエタイ日本統一王座トーナメント開催 8階級で制定 スポーツナビ: 2009-6-13. 2009年6月13日閲覧.
[編集] 関連項目
- マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟王者一覧(WMAF王者の一覧も掲載)
- 全日本キックボクシング連盟王者一覧
- ニュージャパンキックボクシング連盟王者一覧
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月4日 (金) 19:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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