マーティン・スコセッシ
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| マーティン・スコセッシ Martin Scorsese |
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![]() photo: David Shankbone |
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| 本名 | Martin Marcantonio Luciano Scorsese |
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| 生年月日 | 1942年11月17日(67歳) |
| 出生地 | ニューヨーク |
| 国籍 | |
| 配偶者 | Laraine Brennan (m. 1965) Julia Cameron (m. 1975) イザベラ・ロッセリーニ (1979–1983) Barbara De Fina (1985–1991) Helen Morris (1999–present) |
マーティン・スコセッシ[1](Martin Scorsese、本名:Martin Marcantonio Luciano Scorsese、1942年11月17日 - )は、アメリカ合衆国の映画監督、脚本家、映画プロデューサー。
目次 |
[編集] 人物
自身が極端な映画マニアであると同時に、シチリア系イタリア移民の家に生まれ、マフィアの支配するイタリア移民社会で育ったため、その人格形成と作品の双方にはその出自が深く影響し、腐敗した矛盾に満ちた現実のなかでいかに人間としての倫理と善良さを実践できるか、それがしばしば不可能であることの苦悩を追求する映画が多い。また、そのなかでは人間の人間に対する無理解と不寛容の直接的表現として、リアルな暴力描写が重要な位置を占める。
ロックの最盛期に青春時代を過ごしたこともあり、ザ・バンド、ローリング・ストーンズ、ヴァン・モリソン、ボブ・ディラン、エリック・クラプトンなどの楽曲をしばしば作中に使用する。またザ・バンドの解散コンサートを撮った『ラスト・ワルツ』、ローリング・ストーンズを撮った『シャイン・ア・ライト』などの音楽関係の映像作品も多数手がけ、マイケル・ジャクソンのヒットナンバー『Bad』のミュージック・ビデオの監督も務めた。この作品は約16分間の短編映画のような構成となっている。また映画に関するドキュメンタリーも多数監督している他、古典映画の復元や再公開にも尽力している。
アカデミー賞に何度もノミネートされても一度も受賞がない「無冠の名監督」であったが、6度目のノミネート『ディパーテッド』により第79回アカデミー賞監督賞・作品賞を受賞。また、監督賞発表の際には、親交の深いフランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグがプレゼンターとして揃って登場するという演出がなされた。
[編集] 略歴
イタリア(シチリア)移民一世の父と移民二世の母の次男として、ニューヨーク市クイーンズ区にて生まれ、同市リトル・イタリーで育つ。喘息持ちで外で遊べなかったせいで子供の頃から映画に親しみ、ハリウッド映画の古典だけでなく、イタリアのネオレアリズモ映画(とくにロベルト・ロッセリーニ)や、ジャン・ルノワール監督などのフランス映画、イギリス映画の巨匠マイケル・パウエル監督の『赤い靴』、日本の溝口健二監督の『雨月物語』など、世界の映画の古典を見て育つ。だが少年時代は、映画監督ではなくカトリックの司祭を目指していたという。
ベトナム戦争の徴兵を逃れ、ニューヨーク大学の映画学部で学びつつ短編映画を監督、修士課程の卒業制作を基に撮りたした初の長編映画『ドアをノックするのは誰?』(1967年)で注目される。同じ頃、『豚と軍艦』を含む今村昌平の監督作を何作か見てその感性に共感した(スコセッシ曰く「今村の作品は血となり肉となった」)他、小林正樹監督の『切腹』、『上意討ち 拝領妻始末』に深い感銘を受けたという。
1970年代に入ってから、フランシス・フォード・コッポラやジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグ、ブライアン・デ・パルマといった若手監督たちと親交を深めるようになる。ブライアン・デ・パルマはスコセッシにロバート・デ・ニーロを紹介し、二人はその後多くの作品を共に制作することになる。
1972年、ロジャー・コーマンの元で『明日に処刑を…』を監督。続けてデ・ニーロ、ハーヴェイ・カイテル出演で『ミーン・ストリート』を監督。
1976年、デ・パルマに紹介されたポール・シュレイダーの脚本『タクシードライバー』を映画化、カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞した。
1980年、デ・ニーロが熱望したボクシングのミドル級元チャンピオン、ジェイク・ラモッタの自伝『レイジング・ブル』を監督(脚本はポール・シュレイダー)、無骨なまでに妥協のないスタイルで主人公の病理を突き詰めたこの映画は公開当時、批評は賛否両論に激しく別れたが、デ・ニーロがアカデミー賞の主演男優賞を受賞し、今日では「1980年代最高のアメリカ映画」と高く評価される。
1970年代初頭から熱望していたギリシャの哲学者・小説家ニコス・カザンザキスの『キリスト最後のこころみ』の映画化『最後の誘惑』を1988年に実現(脚本はポール・シュレイダー)するが、キリスト教右派からの猛烈な抗議と暴力的な脅迫・上映妨害を受けることになる。 1987年発売の、マイケル・ジャクソンのアルバムBADの、約16分にも及ぶプロモーションビデオを手がけ、もはやPVではなく映画とも言われた完成度の映像を作り上げる。
1990年に発表した、アメリカのイタリア系マフィアの実態を描いた『グッドフェローズ』で、名実共に現代アメリカ映画で最も尊敬される映画作家としての地位に上り詰める。尚、同年には映画人として尊敬する黒澤明監督の『夢』にヴァン・ゴッホ役として出演した。翌年には『恐怖の岬』をリメイクしたスリラー『ケープ・フィアー』で初めての商業的な成功も納め、続いてピュリツァー賞受賞作家イーディス・ウォートンの『無垢の時代』を忠実に映画化した『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(1993)を発表、粗暴な男たちの身体的暴力の描写を得意とするというイメージを払拭し、社交界を舞台にした精神的な暴力に満ちあふれる偽善的世界をシャープな演出であぶり出し、その評価を不動のものにする。『グッドフェローズ』と同じ原作者ニコラス・ピレッジのノンフィクションに基づきラスヴェガスにおける組織犯罪のギャンブル支配を描く『カジノ』(1995)を監督、続いてまったく正反対の世界として、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ十四世の前半生を忠実に映画化した『クンドゥン』(1997)を、ハリウッド資本ながらも低予算、出演者ほぼ全員を素人の亡命チベット人キャストで監督。自身が「私の監督作品なかで唯一、本当に愛することができる映画」と述べる。少年時代から悩まされていた持病の喘息が、この映画の製作中に治ってしまったという。
2001年の『ギャング・オブ・ニューヨーク』以降、それまでのスコセッシ作品とは比較にならない制作費をつぎ込んだ映画を発表するようになり、その3作品全てで主演を張ったのがレオナルド・ディカプリオである。『ギャング・オブ・ニューヨーク』はスコセッシ自らが1970年代から温めていた念願の企画で、ディカプリオが参加することで興行価値を見込まれてやっと出資が実現した。その後の『アビエイター』は逆にディカプリオ自身のプロダクションの旗揚げ作品で、スコセッシに監督を依頼して制作した。スコセッシがこの作品と『ディパーテッド』を監督した背景には『ギャング・オブ・ニューヨーク』の興行不振があったものと見られるが、皮肉にも自身の企画では無いこれら2作品が、アメリカ国内での興収1億ドルを突破した。なお、スコセッシは次回作の『沈黙』をハリウッド色の無い低予算で作ると語っている。
[編集] 私生活
女優のイザベラ・ロッセリーニやプロデューサーのバーバラ・デ・フィーナを含め、5度の結婚歴がある。
現在もニューヨークを活動の拠点としている。
[編集] 作品
[編集] 監督作品
| 公開年 | 邦題 | 原題 |
|---|---|---|
| 1963年 | What's a Nice Girl Like You Doing in a Place Like This?(邦題不明) | What's a Nice Girl Like You Doing in a Place Like This? |
| 1964年 | It's Not Just You, Murray!(邦題不明) | It's Not Just You, Murray! |
| 1967年 | The Big Shave(邦題不明) | The Big Shave |
| ドアをノックするのは誰? | Who's That Knocking at My Door | |
| 1970年 | Street Scenes(邦題不明) | Street Scenes |
| 1972年 | 明日に処刑を… | Boxcar Bertha |
| 1973年 | ミーン・ストリート | Mean Streets |
| 1974年 | Italianamerican(邦題不明) | Italianamerican |
| アリスの恋 | Alice Doesn't Live Here Anymore | |
| 1976年 | タクシードライバー | Taxi Driver |
| 1977年 | ニューヨーク・ニューヨーク | New York, New York |
| 1978年 | American Boy: A Profile of Steven Prince(邦題不明) | American Boy: A Profile of Steven Prince |
| ラスト・ワルツ | The Last Waltz | |
| 1980年 | レイジング・ブル | Raging Bull |
| 1983年 | キング・オブ・コメディ | The King of Comedy |
| 1985年 | アフター・アワーズ | After Hours |
| 1986年 | ハスラー2 | The Color of Money |
| 世にも不思議なアメージング・ストーリー(オムニバス作品) | Amazing Stories | |
| 1988年 | 最後の誘惑 | The Last Temptation of Christ |
| 1989年 | ニューヨーク・ストーリー(オムニバス作品) | New York Stories |
| 1990年 | グッドフェローズ | Goodfellas |
| 1991年 | ケープ・フィアー | Cape Fear |
| 1993年 | エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事 | The Age of Innocence |
| 1995年 | カジノ | Casino |
| A Personal Journey with Martin Scorsese Through American Movies(邦題不明) | A Personal Journey with Martin Scorsese Through American Movies | |
| 1997年 | クンドゥン | Kundun |
| 1999年 | マーティン・スコセッシ 私のイタリア映画旅行 | 英語:My Voyage to Italy、イタリア語:Il mio viaggio in Italia |
| 救命士 | Bringing Out the Dead | |
| 2002年 | ギャング・オブ・ニューヨーク | Gangs of New York |
| 2003年 | フィール・ライク・ゴーイング・ホーム | Feel Like Going Home |
| 2004年 | アビエイター | The Aviator |
| 2005年 | ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム | No Direction Home: Bob Dylan |
| 2006年 | ディパーテッド | The Departed |
| 2007年 | The Key to Reserva(邦題未定) | The Key to Reserva |
| 2008年 | ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト | Shine a Light |
| 2009年 | シャッター アイランド | Shutter Island |
[編集] プロデュース
- グリフターズ/詐欺師たち The Grifters (1990)
- 恋に落ちたら… Mad Dog and Glory (1993)
- クロッカーズ Clockers (1995)
- グレイス・オブ・マイ・ハート Grace of My Heart (1996)
- ステューピッド・イン・ニューヨーク Kicked in the Head (1997)
- ハイロー・カントリー The Hi-Lo Country (1998)
- ユー・キャン・カウント・オン・ミー You Can Count on Me (2000)
- ソウル・オブ・マン The Soul of a Man (2003)
- ヴィクトリア女王 世紀の愛 The Young Victoria (2009)
[編集] 出演
- タクシードライバー Taxi Driver (1977) - タクシー客
- 夢 Yume (1990)
- 真実の瞬間 Guilty by Suspicion (1991)
- クイズ・ショウ Quiz Show (1994)
- ハリウッド・ミューズ The Muse (1999)
- シャーク・テイル Shark Tale (2004) 声の出演
[編集] 主な受賞
- アカデミー賞
- ゴールデングローブ賞
- 2002年度 監督賞 『ギャング・オブ・ニューヨーク』
- 2006年度 監督賞 『ディパーテッド』
- 英国アカデミー賞
- 1990年度 監督賞 『グッドフェローズ』
- 1990年度 脚色賞 『グッドフェローズ』
- カンヌ国際映画祭
- ヴェネツィア国際映画祭
- 1990年度 銀獅子賞『グッドフェローズ』
- セザール賞
- 1999年度 名誉賞
- グラミー賞
- 2005年度 Best Long Form Music Video 『No Direction Home』
[編集] 脚注
- ^ 日本での表記はスコセッシで、本人の発音に基づき、元をただせばイタリア語シチリア方言の読み方。英語での発音はしばしば、スコセージ、スコセーゼなどになる(ジョン・ミリアスはスコシージと発音していた)。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月20日 (金) 17:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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