ミスター雁之助

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ミスター雁之助
プロフィール
リングネーム ミスター雁之助
本田雅史
本田雁之助
本名 本田雅史
ニックネーム 鬼神道
身長 178cm
体重 110kg
誕生日 1968年6月20日(41歳)
出身地 長崎県長崎市
スポーツ歴 野球
トレーナー ターザン後藤
デビュー 1991年6月22日
引退 2008年12月27日
  

ミスター雁之助(ミスターがんのすけ、男性、1968年6月20日 - )は、日本の元プロレスラー。本名は本田 雅史(ほんだ まさし)。長崎県長崎市出身。熊本商科大学(現・熊本学園大学)卒業。身長178cm。体重110kg。アイスリボン最高顧問。既婚。

目次

[編集] 経歴

1991年、大学の同級生である江崎英治(ハヤブサ)と共にFMWのプロテストを受けて合格。1991年6月22日に北海道羽幌小学校体育館の市原昭仁戦でデビューを果たした。

1995年2月には大仁田厚と組んで、ミスター・ポーゴザ・グラジエーターから世界ブラスナックルタッグ王座を奪取。次代のエース候補と目されるが、同年4月ターザン後藤らと共にFMWを離脱し「真FMW」としてIWA・JAPANなどで活動。8月、同団体が川崎球場で開催したデスマッチ・トーナメントでは、初戦でタイガー・ジェット・シンに敗れる。

1997年に再びFMWに参戦。冬木弘道金村キンタローらとヒールユニットTNRを結成して、ハヤブサら正規軍と敵対した。翌年には、田中正人を破り、二冠統一選手権王者となった。ライバルのハヤブサがマスクを脱いで新キャラクター、H(エイチ)となると、自らがハヤブサを名乗る覆面レスラーとなって、横浜アリーナのメインイベントでHと対戦。フェニックススプラッシュに敗れる。この試合終了後、長年敵対してきたハヤブサと和解。

FMW倒産後は、ハヤブサらと共にWMFを立ち上げるものの、ハヤブサ、GOEMONマンモス佐々木など主力選手の多くが離脱。自身は小島聡佐々木健介などのトップレスラーとWMFのリング上で対戦し、2003年全日本プロレスでは黒田哲広とのタッグでアジア・タッグ王座を奪取した。現在は、GOEMONとともに、ソルジャーらインディーの若手選手の壁となって活躍中である。

その後、自らのニックネームを冠した自主興行「鬼神道」を開催。

2007年1月27日無我ワールド・プロレスリングにフリーとして参戦。バック・クオーターメインとのシングルで勝利。試合後、インディー批判をする同団体の西村修に対し(西村はその場に不在であったが)「インディーの何が悪いのか、何が気に食わないのか教えてくれ」と訴えていた。

4月18日、旧知のさくらえみ率いるアイスリボンに電撃入団したが、2日後「アイスリボンは女子の団体」と希月あおいら所属選手が反対し、本人不在のうちに退団→最高顧問就任となった。

2008年12月27日、自主興行「鬼神道ファイナル〜ミスター雁之助引退試合〜」を以って現役を引退した。

引退後もネオプラスによる新体制となったアイスリボンには引き続き最高顧問兼スタッフとして参加し、大会ではリングアナウンサー、試合のない日ではコーチとして、後進の指導にあたる。

また、2009年5月25日には、プロレスラーの芸能活動支援を目的に、プロレスラーによる芸能事務所「鬼神道プロダクション」を立ち上げた他、9月5日からは、「鬼神道リターンズ」と題してプロモーターとしての興行を定期的に開催する。

[編集] 得意技

ファイアーサンダー
相手をうつ伏せ状態で肩に抱え上げ、開脚しながら垂直落下気味に頭から叩きつける。名前の由来は大仁田のかつての得意技サンダーファイアーを嫌がらせの意味でひっくり返したもの。
雁之助クラッチ
オリジナル技。相手の片腕を絡めて自ら前方回転し、片足を引っ掛け相手の体をエビに丸め込む。
念仏パワーボム
かつて抗争していた新崎人生から盗み取った。

[編集] タイトル歴

NWA
FMW
  • 世界ブラスナックルタッグ王座 : 1回(&大仁田厚)
  • 二冠統一王座 : 1回

[編集] エピソード

  • リングネームの由来は、練習生当時、ターザン後藤に「芦屋雁之助に似ている」と言われたことから。当初は「本田雁之助」としたが、すぐ後に現在のものに改めた。
  • このリングネームに改めた際、東京スポーツは「大仁田、雁之助売り出す」「この男の名を覚えておけ」という見出し付きで大きく報じていた。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月19日 (月) 11:53 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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