ミス・ユニバース・ジャパン

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ミス・ユニバース・ジャパン(Miss Universe Japan)とは、「ミス・ユニバース(世界大会)」に向けた、日本代表選出大会のことである。

目次

[編集] 概要

  • 1952年に第1回大会が行われ、同時に世界大会である「ミス・ユニバース」へも参加。
  • かつて朝日放送制作・テレビ朝日系列にて、俳優宝田明の司会で全国放送されていた。
    ただし、腸捻転(ネットチェンジ)時代は、TBS系列にて放送。 腸捻転解消後はテレビ朝日系列に移行した。(ただし、腸捻転が解消されたにもかかわらず、その直後であった1975年だけは、各地区での募集を前年にTBS系列局が行った関係上、特例としてTBS系列で放送。これが、TBS系列で全国同時ネットされた最後の朝日放送制作番組となった)。
  • 1992年1993年2007年は、俳優の石田純一が司会を担当。2008年はLiLiCoが司会を務めた。
  • 1994年は、スタジオと会場の二元生放送を行い、スタジオ司会を板東英二島田紳助、進行役を朝日放送アナウンサー岡元昇が務めた。特に吉本興業の芸人が多く出演しバラエティ色を強め過ぎたためか、視聴者から不評だった。しかしミスコンを批判する女性団体の運動が急速な増加やミスユニバース日本事務局との放送ライセンス契約が切れたため、その年を持って朝日放送制作の中継が終了した。
  • 2008年は、フジテレビが本大会までを密着したドキュメント番組を放送した(関東ローカル)。

[編集] 歴代ミス・ユニバース・ジャパンの世界大会成績

[編集] ミス・ユニバース・ジャパン出身の芸能人

[編集] 歴代ミス・ユニバース・ジャパン

  • 小島日女子(1952年)
  • 伊東絹子(1953年)
  • 近藤美恵子(1954年)
  • 高橋敬緯子(1955年)
  • 馬場祥江(1956年)
  • 大谷享子(1957年)
  • 森武知子(1958年)
  • 児島明子(1959年)
  • 古野弥生(1960年)
  • 安藤矩子(1963年)
  • 池野温美(1966年)
  • 藤川香代子(1967年)
  • 飯野矢住代(1968年)
  • 大須賀喜久代(1969年)
  • 島田純(1970年)
  • 前田晴美(1972年)
  • 染谷美代子(1973年)
  • 岩国美弥子(1976年)
  • 萬田久子(1978年)
  • 黒田百合香(1979年)
  • 檜山久恵(1980年)
  • 織作峰子(1981年)
  • 奥脇絵里(1982年)
  • 山口遊子(1983年)
  • 古沢初美(1985年)
  • 江崎普子(1986年)
  • 難波央江(1987年)
  • 坂口美津穂(1988年)
  • 田代絵里(1989年)
  • 三好浩子(1990年)
  • 山本亜津子(1991年)
  • 安藤あき子(1992年)
  • 志岐幸子(1993年)
  • 川人千明(1994年)
  • 奥村ナナ(1998年)
  • 小川里美(1999年)
  • 遠藤真由(2000年)
  • 荒内美沙緒(2001年)
  • 千葉美苗((2002年)
  • 宮崎京(2003年)
  • 町本絵里(2004年)
  • 葛谷由香里(2005年)
  • 知花くらら(2006年)
  • 森理世(2007年)
  • 美馬寛子(2008年)
  • 宮坂絵美里(2009年)

[編集] 関連項目

1998年にミス・ユニバース・ジャパンのナショナル・ディレクターに就任したフランス人女性。世界大会での不振が続いていた日本代表を指導し、2008年までの間に日本代表を5度TOP15に残らせ、2006年第2位の知花くらら、2007年優勝の森理世を生み出した。2007年の世界大会で「ベスト・ナショナル・ディレクター」として表彰された。
  • エリカ・アンギャル
2004年にミス・ユニバース・ジャパンの公式栄養コンサルタントに就任したオーストラリア人女性。日本代表ファイナリストに栄養指導を行っている。15歳の時に大分県に語学留学した経験があり、日本語が堪能。著書に「“世界一美しい”A型美女になる方法」「世界一の美女になるダイエット」などがある。

[編集] 外部サイト

最終更新 2009年9月4日 (金) 14:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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