ミッドウェイゲームズ

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ミッドウェイゲームズ(Midway Games)は、アメリカ合衆国のゲーム会社。

エレメカを振り出しにピンボールで大手メーカーに成長し、アーケードゲームテレビゲームにもかなり早くから参入、日本の『スペースインベーダー』『パックマン』もライセンスした事で、テレビゲーム会社として大きな成長を遂げた。アーケードから撤退した現在も、家庭用ゲーム機サードパーティーとして事業を続けている。

またバリーウィリアムスアタリ(ゲームズ)など、アメリカを代表するピンボール・アーケード・テレビゲームなどのメーカーと、複雑な合併分離を経て来た事も特徴である。

主要株主の交代劇や、年末を期限とした多額の債務償還問題の影響で[1]、2008年10月から11月にかけて株価は急激に下落していく中、2009年2月12日、ミッドウェイゲームズ社は連邦倒産法第11章に基づく再建のための法的手続きを開始したことを明らかにした[2]

目次

[編集] 沿革

[編集] 創業

ミッドウェイゲーム・マニュファクチュアリング社は、あるエレメカ会社の社員複数が1959年にのれん分けして創業した。当初はエレメカを製造していたが、翌年からピンボールにも参入し、後に五大ピンボールメーカーと呼ばれた会社の中では(合併や社名変更も同じ会社として考えれば)最後発である。

しかし1969年9月という比較的早い時代に、老舗同業社のバリー社に買収され、両社はあわせて「バリー=ミッドウェイ(Bally-Midway)」と呼ばれる様になり、以後長い主従時代が続く事になった。

また日本の太東貿易(今のタイトー)にもピンボールを輸出し、以後タイトーとは『インベーダー』の頃まで、ライセンス生産などの深い関係が続く事になる。

やがて1970年代に入ると、ピンボールの大手はゴットリーブ、、ウィリアムス、シカゴコイン(1977年にサム・スターンに買収され初代スターンとなる)、そしてバリーとミッドウェイの5社で確立されていった。

[編集] テレビゲームへの参入

1972年に創業したアタリが、同年『ポン』を爆発的にヒットさせ、翌73年には『ポン』のコピーゲームが多数作られた。同社はこの中で唯一ライセンス生産の契約に成功し、同じゲームを『ウィナー』のタイトルで発売、もちろんこれがミッドウェイのテレビゲーム第一号である。

そしてタイトーからはレースゲームスピードレース』(ちなみにシステム基板は使わず、Transistor-transistor logicである)のライセンスを受け、『ウィールI』(Wheeels、車輪の意味)の名で1975年3月に発売した。

同社はこれだけでなく、テレビゲーム自体に早くから注目しており、世界初のアーケードゲーム基板として、Intel 8080を使用した「8080基板」を開発した。まだ初期の技術だった為、三枚構成のうち一枚は直角に立てられたという、コンパクトさには欠ける構造だった(ただしアメリカのアーケードには、日本で言う所のテーブル筐体はほとんど存在しない)。8080基板では既に文字表示、いわゆるミッドウェイフォントとも言うべき機能も標準装備されており、これを見る事で同社のゲームだと判る、メーカー毎の作風が現れたハシリの一つとなった。

この時トム・マクヒューと共に技術協力をしたデビッド・ナッチングは、世界初のアーケード式テレビゲーム『コンピュータースペース』の発売に協力した、ナッチング・アソシエーツ社の社長出身である。

そして西部劇をテーマにしたタイトーの対戦シューティングゲームウエスタンガン』もライセンスを受け、8080基板使用ゲーム第一号として、1975年11月に『ガンファイト』(Gunfight、セガやアルゼの同名西部劇ゲームとは別物)、そして続編『ブートヒル』を発売した。なおこれはライセンスと言っても全く同じゲームでなく、8080基板で作り直した為、キャラデザインがタイトーより細かくなるなど、亜流と言えるほどの変更点が存在する。

ミッドウェイ自社製造では、潜水艦からの射撃をテーマにした『シーウルフ』から8080基板が採用され、三作目は野球テレビゲーム『トルネードベースボール』を改良した『ボールパーク』(タイトーへ別名でライセンス)、その後もあわせて約20本のゲームが8080基板で作られた。

また基板とは直接関係ないが、グラフィックがまだ貧弱でコンピュータによる背景が殆ど描けない時代、ハーフミラーを使ってマット画と合成する技術を8080基板と同時に採用、今見てもかなり美しい画面を作り出した。このハーフミラーもタイトーで好まれ、後世のゲームでは『ダライアス』などにも使われている。

8080基板は日本のゲーム会社の技術者にも渡り、これを解析し使用方法を身につける事で、ナムコ(後のバンダイナムコゲームス)は『ジービー』、タイトー(と西角友宏)は後述する『スペースインベーダー』を生み出す事になる。

こうして同社はアーケードテレビゲーム黎明期において、アメリカではアタリと並ぶ二大企業、日本でもタイトーを加えた御三家として、初期の陣頭を飾る会社となった(なおセガは『ポン』のコピーゲームによるテレビゲーム参入こそタイトーと同時期だったものの、まだエレメカ事業に引きずられていたため、この御三家には距離を開けられていた)。

[編集] この頃のバリー社

バリーはテレビゲームには余り参入していない。ミッドウェイがテレビゲームで早くから成功した事と、元々ピンボール以外にギャンブル機で成功していた比重が大きい事も理由であるが、ここで簡単に挙げておく。

  • プロフェッショナル・アーケード
1978年2月に家庭用ゲーム機として発売したが、Atari 2600よりも値段が高く、営業的に失敗。
  • センテ・アーケード・コンピューターシステム(SAC)

詳細は「ノーラン・ブッシュネル」を参照

アメリカでグレムリン社として創業し、インベーダーブーム後にセガに吸収された企業。セガがテレビゲームに関する体力を蓄えた後は、バリーに売却された。

[編集] 日本製ゲームのライセンスとヒット

※この節では個別のゲームに関する記述が多くなってくるが、各ゲームについての詳細は(ミッドウェイが関係する事柄であっても)、ゲーム名からのリンク先も参照の事。

そしてやはりタイトーで1978年に作られた『スペースインベーダー』は、日本のタイトー20万台・ライセンス10万台(コピーゲームは30万台)までは行かないものの、アメリカでも5万台を売るヒット作となった(ただしすぐ後にアタリが作った『アステロイド』の6万台に抜かれている)。しかしタイトーはこのインベーダーのヒットにより、自社系列のタイトーアメリカを通じて販売する様になってしまった。

そしてこの時、これまで初代アタリジャパンを通じてナムコと関係が深かったアタリは、Atari 2600の発売当初の不振、買収したワーナー(後のタイムワーナー)との関係悪化、これらを原因とする創業者ノーラン・ブッシュネルの解任などで揺れており、ナムコとの協調路線をとる余裕が無くなっていた。

ミッドウェイと日本のゲーム会社とのライセンスはこれを期に、これまでのタイトー中心から一時期ナムコ中心に移り、ポストインベーダーゲームとしてこれまた大ヒットした、ナムコの『ギャラクシアン』をライセンスする。

次のナムコからのライセンスでは『ラリーX』がヒットすると思われていたが、それより同時にライセンスした『パックマン』が、日本よりアメリカでヒットしたどころか、アメリカの歴史に残る大ヒットとなった。これによりパックマンシリーズは、日本で発売されずアメリカだけで発売された作品も存在し、当時ミッドウェイの副社長だったデビッド・マロフスキーは「ミッドウェイは20世紀のミッキーマウスを保有している」と語ったほどである。

アタリはアーケード作品こそヒット作は連発していたが、前述の騒動が完治しない内にアタリショックが発生して、経営も収入も傾いてしまった。その一方で、組織も資金力も安定していたミッドウェイは破竹の進撃で、バリー=ミッドウェイグループの中で筆頭の稼ぎ頭となり、当時テレビゲームが『ディフェンダー』ぐらいしか大ヒットを出せず、ピンボールも不調だったウィリアムスを買収する話さえ出ていた。

ただしアタリはアタリショックの影響でアーケード部門と家庭用ゲーム機部門を分離、アーケード部門がアタリゲームズとなってからは、再度ナムコとの関係が強化され、アタリのゲームはまたナムコ中心にライセンスされる事になった。

[編集] 合併と分離

ゲームの中心がピンボールからテレビゲーム、アーケードから家庭用にシフトして行った事で、アメリカでは日本より一足先にアーケードの衰退が始まる。ミッドウェイは日本製ゲームに頼りすぎた事で、いつしかテレビゲームを自社開発する力が弱まっており、売り上げも急落して行った。

1983年からはテレビゲームに新分野としてレーザーディスクゲームが登場したが、奥行きが無い為すぐに飽きられた。意を決して発売したゲーム会社、特にピンボール出身のメーカーやアタリなどアメリカのゲーム会社には、深刻なダメージをくらった所もあった。

やがてバリーは1987年から子会社のリストラを開始し、1988年7月にバリーブランドのフリッパーやミッドウェイブランドのテレビゲーム等を、当時ウィリアムス社の親会社となっていたウィリアムス・インダストリーズ(通称WMS)に売却、バリー・ミッドウェイからミッドウェイ・マニュファクチュアリング社の名に戻った。しかしこの合併をきっかけに、ピンボールのデザイナーやデザインとしては、ウィリアムスとの差が無くなっていった。

また1992年1月にはウィリアムス部門がテレビゲームから撤退、テレビゲームはミッドウェイ部門のみとなってしまった。

次にタイム・ワーナーが、アタリショックテンゲン裁判事件の傷跡が完全に直っていなかったタイムーワーナー・インタラクティブ(TWI)のグループ切り離しを決定、1996年3月にWMSはこれも吸収し、社名をTWIからアタリゲームズに戻した。これにより同社は、ピンボール5大メーカーのうち3社に加えてアタリゲームズという、アメリカを代表するアーケード会社を多数抱えるに至った。

なおバリー本社は、最後に残ったカジノホテル事業が1996年6月、ヒルトンホテルに買収されている。

しかしそれでもまだアーケードの斜陽化は止まらず、TWI吸収からたった7ヶ月後、ミッドウェイ部門は1996年10月、現在の社名「ミッドウェイゲームズ」として、バリー買収から実に27年ぶりに分離された。またこの時はミッドウェイブランドだけでなく、ウィリアムスとアタリゲームズ両ブランドのテレビゲームも移管された。

だが2000年にはアタリゲームズブランドがミッドウェイズ・ウェストと改名され(Westである理由は、ピンボールの大手メーカーが本拠地を構えていたシカゴから見て、アタリが位置するサンフランシスコが西側にあるため)、アタリゲームズブランドのアーケードはもう新作が出なくなった(ただし生き別れの兄弟であるアタリコープの、売却先であるアンフォグラムでは、2003年にアタリブランドが復活した)。しかしこれでユーザのアーケード離れはさらに加速、翌年3月にはミッドウェイゲームズがアーケードから全て撤退し、家庭用ゲームソフト専門のサードパーティーとなった。

なお家庭用ゲームソフトでは『ゲーセンUSA ミッドウェイアーケードトレジャーズ』などの復刻ソフトも出しており、この中でミッドウェイ・ウィリアムス・アタリ(ゲームズ)のテレビゲームを遊ぶ事が出来る。

[編集] 関連会社

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[編集] 子会社(分業系)

  • ミッドウェイ・アミューズメント・ゲームズ(Midway Amusement Games)
  • ミッドウェイ・ホーム・エンターテインメント(Midway Home Entertainment)
  • ミッドウェイ・テクニカル・カスタマー・サポート(Midway Technical/Customer Support)
  • ミッドウェイ・ゲームズ・リミテッド(Midway Games Ltd)
  • ミッドウェイ・ジャーマニー GmbH(Midway Germany GmbH)
  • ミッドウェイ・ゲームズ SAS(Midway Games SAS)<!- Midway's French division located in Paris, France. Midway Games SAS does the equivalent in France of what Midway Germany GmbH does in Germany.

[編集] 子会社(スタジオ系)

  • ミッドウェイ・スタジオ・シカゴ(Midway Studios — Chicago)
  • ミッドウェイ・スタジオ・サンディエゴ(Midway Studios — San Diego)
  • ミッドウェイ・スタジオ・オースティン・インク(Midway Studios — Austin Inc.)
  • ミッドウェイ・スタジオ・ロサンゼルス・インク(Midway Studios — Los Angeles Inc.)
  • サーリアル・ソフトウェアSurreal Software
  • ミッドウェイ・スタジオ・ニューキャッスル(Midway Studios — Newcastle)

[編集] アーケードゲーム一覧(一部)

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[編集] テレビゲーム

  • 1 開発元はウィリアムス
  • 2 開発元はアタリゲームズ
  • 3 所有元はレアウェア
  • 4 任天堂所有
  • 5 ナムコ所有

[編集] ピンボール台(バリーブランド)

[編集] 家庭用ゲーム一覧(一部)

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[編集] アーケード機用基板

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  • 主要な機種
  • Astrocade
  • MCR
  • MCR II
  • MCR III
  • MCR-68
  • Y-Unit (1991–1992)
  • T-Unit (1993)
  • X-Unit (1994; used only in Revolution X)
  • Wolf Unit (1994–1996)
  • V-Unit (1994–1996)
  • Zeus (1997–1999)
  • Zeus II (1999–2000)
  • Seattle
  • Vegas
  • Quicksilver II


[編集] 脚注

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  1. ^ Reuters (2008-12-02 EST). "Sumner Redstone sells stake in Midway Games (英語)" 2009-02-15閲覧.
  2. ^ Reuters (2009-02-02 EST). "Midway files Chapter 11 protection for U.S. operations (英語)" 2009-02-15閲覧.

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年7月21日 (火) 21:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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