ミルウォーキー・バックス

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ミルウォーキー・バックス
創設 1968年
チーム史 ミルウォーキー・バックス
(1968年 - )
アリーナ ブラッドリー・センター
本拠 ミルウォーキー
チームカラー 深紅、緑、銀
チームロゴ 逆三角形の背景に上に牡鹿の肩と頭部、下にMilwaukee Bucksの文字。
ヘッドコーチ テリー・ストッツ
オーナー ハーブ・コール
優勝歴 1回(1971年)
ファイナル進出 2回(1971年, 1974年)
地区優勝 13回(1971年, 1972年, 1973年, 1974年, 1976年, 1980年, 1981年, 1982年, 1983年, 1984年, 1985年, 1986年, 2001年)
  

ミルウォーキー・バックスMilwaukee Bucks)は、アメリカ合衆国ウィスコンシン州ミルウォーキーに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。イースタン・カンファレンス、セントラル・ディビジョン所属。現在のオーナーは、アメリカ合衆国上院議員、ハーバート・コール (Herbert Kohl) である。

目次

[編集] 歴史

ミルウォーキーには1950年代にNBAのチーム、ミルウォーキー・ホークス(のちのアトランタ・ホークス)が存在したが、4年間ミルウォーキーでプレーしたのちに移転した。その10年あまりにのちに、NBAはウェズリー・パバロンとマービン・フィッシュマンの立ち上げた企業にチーム設立を承認し、1968年にミルウォーキー・バックスがリーグ入りした。チーム名には公募で寄せられた中から雄鹿を意味する「バックス」が選ばれた。同じ年にフェニックス・サンズも設立されている。

[編集] アブドゥル=ジャバーの時代

1年目にはジョン・マグロクリンなどが活躍したが、新設チームだったバックスは27勝55敗と負け越しを余儀なくされた。シーズン終了後、バックスはフェニックス・サンズとともに1位指名権獲得を巡るコイントスを行った。この賭けに勝ったバックスはその年のドラフトの目玉だったルー・アルシンダーを獲得した。2年後にカリーム・アブドゥル=ジャバーと改名するアルシンダーは1年目からチームにインパクトを与え、1969-70シーズンのバックスは56勝26敗と勝ち数を倍以上に増やした。

オスカー・ロバートソンを加えた翌シーズンはさらに躍進し、66勝16敗とリーグ最高の成績。アブドゥル=ジャバーはMVPを受賞し、バックスはプレーオフをNBAファイナルまで勝ち進んでワシントン・ブレッツを破り優勝した。新設チームが3年目で優勝するのは今もリーグ史上最短の記録である。

その後もバックスは60勝前後の高い勝率を上げ続け、アブドゥル=ジャバーは2度MVPを受賞した。1973-74シーズンには再びNBAファイナルに進出し、ボストン・セルティックスと対戦した。シリーズは最終の7戦目までもつれ込み、その内第6戦は延長2回まで続く激戦だったが、バックスは3勝4敗で優勝を逃した。

ロバートソンが引退した影響で翌1974-75シーズンは38勝44敗と失速し、シーズン終了後にアブドゥル=ジャバーもトレードでチームを去った。

[編集] アブドゥル=ジャバー退団後

以降数年間のバックスは勝率5割を前後する中堅どころのチームとして過ごした。この1970年代後半に、チームはクイン・バックナー、アレックス・イングリッシュ、シドニー・モンクリーフなどを獲得し、1976年からはドン・ネルソンが監督として指揮を執った。1979-1980シーズンにミッドウェストディビジョンで地区優勝を果たした翌シーズンからイースタン・カンファレンスのセントラル・ディビジョンに移り、さらに6年連続地区優勝を果たした。この間の1981年にはリーグ3位の60勝22敗にまで勝ち星を増やし、以後数シーズンに渡り地区有数のチームだったが当時の強豪チームであるボストン・セルティックスフィラデルフィア・セブンティシクサーズの陰に隠れがちだった。

[編集] 1990年代以後

1980年代末頃から主力選手の引退などで勝率が下がり始め、1993年には勝ち数30を切った。バックスは1993年にビン・ベイカー1994年NBAドラフトいの一番指名のグレン・ロビンソン1996年にはレイ・アレンを獲得したがチームは低迷したまま7年間プレイオフに出場できなかった。1998年ジョージ・カール監督を迎えるとティム・トーマスサム・キャセールを加えたバックスの成績は浮上し始めた。2001年には52勝30敗にまで復調し、プレーオフではイースタン・カンファレンス決勝まで進み、第7戦までもつれたが、フィラデルフィア・セブンティシクサーズに敗れた。

2001-02シーズン開始前にディフェンスを強化するためにアンソニー・メイスンを加入させたが、彼の加入によってチームケミストリーは逆に崩壊してしまい、一時はカンファレンス首位を走っていたが、主要メンバーの怪我などもあり勝率5割に落ちてプレイオフ出場を逃した。シーズン終了後、ロビンソンとアレン、キャセールはトレードに出されてカールヘッドコーチは解雇された。

以後は2000年にチーム入りしていたマイケル・レッドがチームの中心となった。その後のバックスは勝率5割前後、プレーオフに出場できた年は1回戦で敗退というシーズンが続いている。2005年のNBAドラフトで全体1番目に指名する権利を得てアンドリュー・ボーガットを指名した。

[編集] シーズンごとの成績

Note: 勝 = 勝利数, 敗 = 敗戦数, % = 勝率

シーズン  % プレーオフ 結果
ミルウォーキー・バックス
1968-69 27 55 .329
1969-70 56 26 .683 ディビジョン準決勝勝利
ディビジョン決勝敗退
バックス 4, シクサーズ 1
ニックス 4, バックス 1
1970-71 66 16 .805 ディビジョン準決勝勝利
カンファレンスファイナル勝利
NBAファイナル優勝
バックス 4, サンフランシスコ 1
バックス 4, レイカーズ 1
バックス 4, ボルチモア 0
1971-72 63 19 .768 ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 4, ウォリアーズ 2
レイカーズ 4, バックス 2
1972-73 60 22 .732 カンファレンス準決勝敗退 ウォリアーズ 4, バックス 2
1973-74 59 23 .720 ディビジョン準決勝勝利
カンファレンスファイナル勝利
NBAファイナル敗退
バックス 4, レイカーズ 1
バックス 4, ブルズ 0
セルティックス 4, バックス 3
1974-75 38 44 .463
1975-76 38 44 .463 1回戦敗退 ピストンズ 2, バックス 1
1976-77 30 52 .366
1977-78 44 38 .537 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 2, サンズ 0
ナゲッツ 4, バックス 3
1978-79 38 44 .463
1979-80 49 33 .598 カンファレンス準決勝敗退 ソニックス 4, バックス 3
1980-81 60 22 .732 カンファレンス準決勝敗退 シクサーズ 4, バックス 3
1981-82 55 27 .671 カンファレンス準決勝敗退 シクサーズ 4, バックス 2
1982-83 51 31 .622 ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 4, セルティックス 0
シクサーズ 4, バックス 1
1983-84 50 32 .610 1回戦勝利
ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 3, ホークス 2
バックス 4, ネッツ 2
セルティックス 4, バックス 1
1984-85 59 23 .720 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 3, ブルズ 1
シクサーズ 4, バックス 0
1985-86 57 25 .695 1回戦勝利
ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 3, ネッツ 0
バックス 4, シクサーズ, 3
セルティックス 4, バックス 0
1986-87 50 32 .610 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 3, シクサーズ 2
セルティックス 4, バックス 3
1987-88 42 40 .512 1回戦敗退 ホークス 3, バックス 2
1988-89 49 33 .598 1回戦勝利
カンファレンス準決勝敗退
バックス 3, ホークス 2
ピストンズ 4, バックス 0
1989-90 44 38 .537 1回戦敗退 ブルズ 3, バックス 1
1990-91 48 34 .585 1回戦敗退 シクサーズ 3, バックス 0
1991-92 31 51 .378
1992-93 28 54 .341
1993-94 20 62 .244
1994-95 34 48 .415
1995-96 25 57 .305
1996-97 33 49 .402
1997-98 36 46 .439
1998-99 28 22 .560 1回戦敗退 ペイサーズ 3, バックス 0
1999-2000 42 40 .512 1回戦敗退 ペイサーズ 3, バックス 2
2000-01 52 30 .634 1回戦勝利
ディビジョン準決勝勝利
カンファレンス決勝敗退
バックス 3, マジック 1
バックス 4, シャーロット 3
シクサーズ 4, バックス 3
2001-02 41 41 .500
2002-03 42 40 .512 1回戦敗退 ネッツ 4, バックス 2
2003-04 41 41 .500 1回戦敗退 ピストンズ 4, バックス 1
2004-05 30 52 .366
2005-06 40 42 .488 1回戦敗退 ピストンズ 4, バックス 1
2006-07 28 54 .341
2007-08 26 56 .317
通算勝敗 1712 1539 .527
プレイオフ 99 111 .471 優勝1回

[編集] 主な選手

[編集] 現役選手

ミルウォーキー・バックス ロースター
選手 その他
Pos # Nat 名前 身長  体重
F 11 アメリカ合衆国の旗 ジョー・アレクサンダー (Joe Alexander) 2.03 m ( 6 ft 8 in) 104 kg (230 lb) 
G 42 アメリカ合衆国の旗 チャーリー・ベル (Charlie Bell) 1.91 m ( 6 ft 3 in) 91 kg (200 lb) 
C 6 オーストラリアの旗 アンドリュー・ボーガット (Andrew Bogut) 2.13 m ( 7 ft 0 in) 118 kg (260 lb) 
G/F 10 アルゼンチンの旗 カルロス・デルフィノ (Carlos Delfino) 1.98 m ( 6 ft 6 in) 104 kg (230 lb) 
F/C 9 オランダの旗 フランシスコ・エルソン (Francisco Elson) 2.13 m ( 7 ft 0 in) 107 kg (235 lb) 
C 50 オランダの旗 ダン・ガズリッチ (Dan Gadzuric) 2.11 m ( 6 ft 11 in) 111 kg (245 lb) 
F 8 トルコの旗 エルサン・イルヤソバ (Ersan Ilyasova) 2.08 m ( 6 ft 10 in) 109 kg (240 lb) 
PG 3 アメリカ合衆国の旗 ブランドン・ジェニングス (Brandon Jennings) 1.85 m ( 6 ft 1 in) 77 kg (170 lb) 
SF 12 カメルーンの旗 ルック・ンバ・ア・モウテ (Luc Mbah a Moute) 2.03 m ( 6 ft 8 in) 104 kg (230 lb) 
SG 23 アメリカ合衆国の旗 ジョディ・ミークス (Jodie Meeks) 1.93 m ( 6 ft 4 in) 96 kg (212 lb) 
SG 22 アメリカ合衆国の旗 マイケル・レッド (Michael Redd(C) 1.98 m ( 6 ft 6 in) 98 kg (215 lb) 
PG 13 アメリカ合衆国の旗 ルーク・リドナー (Luke Ridnour) 1.88 m ( 6 ft 2 in) 79 kg (175 lb) 
F/C 40 アメリカ合衆国の旗 カート・トーマス (Kurt Thomas) 2.06 m ( 6 ft 9 in) 109 kg (240 lb) 
F 21 アメリカ合衆国の旗 ハキム・ウォリック (Hakim Warrick) 2.06 m ( 6 ft 9 in) 99 kg (219 lb) 
ヘッドコーチ

アメリカ合衆国の旗 スコット・スカイルズ (Scott Skiles)


記号説明
  • (C) キャプテン
  • (FA) フリーエージェント
  • * 故障者

外部リンク

更新日:2009-11-10


[編集] 年代別主要選手

太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

1960年代

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

[編集] 永久欠番

[編集] コーチ、その他

[編集] 歴代ヘッドコーチ

[編集] 殿堂入り

  • ウェイン・エンブリー (Wayne Embry) - 前GM
  • K.C.・ジョーンズ (K.C. Jones)

[編集] チーム記録

ミルウォーキー・バックスのチーム記録

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月2日 (金) 22:56 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ミルウォーキー・バックス】変更履歴

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