ムルデカ17805
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| ムルデカ 17805 | |
|---|---|
| 監督 | 藤由紀夫 |
| 製作 | 東京映像制作 |
| 脚本 | 石松愛弘 |
| 出演者 | 阿南健治 |
| 音楽 | 国吉良一 |
| 撮影監督 | 高間賢治 |
| 撮影 | 戸澤潤一 |
| 編集 | 川島章正 |
| 配給 | 東宝 |
| 公開 | |
| 上映時間 | 2時間2分 |
| 製作国 | |
| 言語 | 日本語 |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| allmovie | |
| IMDb | |
『ムルデカ 17805』(-いちななはちれいご)は、2001年に公開された日本の戦争映画。
インドネシア独立戦争に関った日本兵を描いている。
目次 |
[編集] 概要
- 第二次世界大戦における日本の敗戦後、インドネシアの独立運動のために戦った日本人兵士のドラマ。日本の敗戦ととインドネシアの独立運動という重大な歴史の局面がふたつ重なり合い、その中で決断を求められた日本人兵士が描かれている。
- 撮影にはインドネシア軍が全面協力し、迫力ある戦闘シーンが描かれた[1][2]。
- 題名中の "ムルデカ(MERDEKA)" はインドネシア語で「独立」を意味し、"17805" は日本の皇紀2605年8月17日の数字を日、月、年の下二桁の順に並べたもので独立運動指導者のスカルノとハッタは、インドネシアの独立宣言文にこの日付を使用した[3][4]。
[編集] スタッフ
[編集] キャスト
[編集] 製作の裏側
- この映画は『プライド・運命の瞬間』に続き、東日本ハウスが手がけた戦争映画の第2弾である。『プライド・運命の瞬間』製作にあたって設立された子会社「東京映像制作株式会社」が製作した。しかし、この作品では前作『プライド・運命の瞬間』と比べて予算規模は縮小されている。
- 当初は監督として長谷部安春の登板が予定されていたが、長谷部の体調不良により藤由紀夫に交代となった。
- 試写会を見たプロトディニングラット駐日インドネシア大使は、この映画の制作意図に理解を示した上で「インドネシアの歴史や習慣にそぐわない点がある」としていくつかの部分の削除を求めた。その要請を請けて、それらの部分のうち、冒頭にあったインドネシアの年老いた女性が日本兵の足の甲に口づけをする場面が劇場公開前に削除された[5]。
- 前売り券の大量引き受けを行ったにもかかわらず、興行的には失敗した[6]。この作品以降東日本ハウスは、本業の不調も重なったこともあって、映画製作から撤退した。子会社の東京映像制作株式会社もこの作品以降活動を停止した。
[編集] 関連図書
- 『ムルデカ17805』(加瀬英明著. 自由社, 2001年) ISBN 4915237281
[編集] 脚注
- ^ 完成披露試写会
- ^ 予告編
- ^ 映画「ムルデカ17805」の舞台(カリバタ英雄墓地=ジャカルタ)
- ^ 2000年に発行された新十万ルピア紙幣にも2605年の表記がある。映画サイト フライヤーズ・ノスタルジア
- ^ 映画「ムルデカ」にクレーム 駐日インドネシア大使「歴史に反し、国民の威信落とす」 制作者、一部シーンをカット じゃかるた新聞 2001年3月16日
- ^ 興行収入5億5000万円。同じ2001年に公開された邦画興行成績ランキング1位の『千と千尋の神隠し』は304億円、同3位で実写映画ではトップとなった『バトル・ロワイアル』は31億円だった。
[編集] 関連項目
- インドネシア独立戦争
- カリバタ英雄墓地
- 今村均
- スカルノ
- モハマッド・ハッタ
- 郷土防衛義勇軍(ジャワ防衛義勇軍)
- ミュージカル南十字星
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月28日 (水) 09:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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