ムンバイ

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ムンバイ
मुंबई
Mumbai

ムンバイ中心部、ナーリマン岬とカフ・パレード
位置
の位置図
座標 : 北緯18度57分53秒 東経72度49分33秒 / 北緯18.96472度 東経72.82583度 / 18.96472; 72.82583
行政
インド
  マハーラーシュトラ州
 県 ムンバイ市街県
 市 ムンバイ
市長 Shubha Raul
( Shiv Sena)
地理
面積  
  市域 603.4km2(233mi2
標高 8m(26ft
人口
人口 (2008年現在)
  市域 13,662,885人
    人口密度   21,880人/km2(56,669人/mi2
  都市圏 20,870,764人
その他
等時帯 IST (UTC+5:30
Pincode 400 xxx
市外局番 +022
ナンバープレート MH 01 - 03
公式ウェブサイト : http://www.mcgm.gov.in/

ムンバイMumbaiマラーティー語मुंबई)はインドの西海岸に面するマハーラーシュトラ州の州都で、インド並びに南アジアを代表する世界都市である。その1366万もの人口は世界でも有数であり、隣接するナビムンバイおよびターネーを含めた人口1900万にもなる都市圏は、世界でも5番目の規模を誇る。2008年の都市GDPは2090億ドルであり、世界第29位である[1]。天然の良港に恵まれていることもあり、インド全体の海上貨物の半数以上もの量を担う港湾都市でもある。

ムンバイはインド随一の商業及び娯楽の中心都市であり、これは国全体のGDPのうち5%を、工業製品の25%、海運の40%、そして資本取引の70%を計上するほどである。国際金融フローで世界でも10本の指に入る商業の中心地として、インド準備銀行ボンベイ証券取引所、インド国立証券取引所といった金融機関や、多くのインド企業の本社、多国籍企業の拠点がここに置かれる。このようにビジネスの機会に富んだムンバイには、国内各地から多くの人々が事業機会や比較的高い生活水準を求め集まり、国内各地の様々な集団や宗教・文化の集積地ともなっている。

1995年英語での公式名称がボンベイBombay)から、現地語(マラーティー語)での名称にもとづくムンバイへと変更された。なお原語では「イ」が長母音のため「ムンバイー」の表記がより正確とも言えるが、日本国内での表記は「ムンバイ」が大半であり、慣用という意味も含めて当記事内でも後者に統一する。

目次

[編集] 地理

詳細は「en:Geography of Mumbai」を参照

ムンバイはインド西海岸のアラビア海に注ぎ込むウルハース川の河口にあるサーシュティー島にある。南部の半島上に位置するムンバイ市街のかなりが海面近くの低地であるが、北部の郊外地区を含めた市全体の平均海抜10〜15mである。郊外には丘があり、最高地は海抜450m。市域面積は603平方キロ。

気候は熱帯に属するため、主に雨季乾季に区分される。雨季はおおよそ3月から10月までで、湿度が高く、気温は30 °Cを超える。6月から9月の間はモンスーンによる雨が降り、年間2200mmの降雨量はこの時期にほとんどを降る。乾季はおおよそ11月から2月で、湿度もややあり温暖な気候である。1月と2月はやや冷たい北風が吹く。平均最高気温は38 °C、平均最低気温は11 °Cと幅がある。

[編集] 歴史

主要記事:History of Mumbai
インド門はジョージ5世とその王妃のインド上陸を記念して作られた物である。

都市としての歴史は、1534年ポルトガルグジャラートの土侯からこの地域を譲り受けたことに始まる。ポルトガル人はこの地に、ゴアの補助港としての城塞都市を築き、ここを「ボンベイ」と呼んだ。この名はポルトガル語のボン・バイア(良港)に由来するといわれるが、それ以前からこの地の呼称として使用されていた「ムンバイ」という名は、当時漁民の信仰をあつめていたシヴァ神妃パールヴァティーの異名、ムンバによるとの説がある。

1661年ポルトガルカタリナ王女イギリスチャールズ2世と結婚する際、ボンベイは持参金としてイギリス側に委譲された。その植民地時代にはボンベイ管区の中枢として、城塞の中に公会堂・税関などさまざまなイギリス風の施設が建設された。1668年、英国王家はこれを10ポンドでイギリス東インド会社に貸し付け、対岸に良港があったことから1687年にはインドにおける拠点となり、島の間の埋め立てが進められて市街地として発展した。

1850年代鉄道と綿紡績工場の建設は、産業を大きく発展させた。とくに1861年65年アメリカ南北戦争では、アメリカからイギリスへの綿花輸出が停止したことから、ボンベイの綿織物業は飛躍的に拡大する。1869年スエズ運河開通は、ボンベイ港の重要性をさらに高めた。

20世紀は、二度の世界大戦を通じてコルカタ(カルカッタ)を抜く商工業都市となる。1947年のインド独立後もボンベイ州の州都として繁栄をつづけ、1960年は言語の違いによって、州が北のグジャラート州と南のマハーラーシュトラ州に分割されると、後者の州都として位置づけられた。現在もムンバイは、西インドばかりでなく、インド全体の産業や文化の一大中心地として機能している。ティラクマハトマ・ガンディーらの民族運動の拠点ともなった。

2008年11月26日にはムンバイ同時多発テロが起こり、多数の死傷者が出た。

[編集] 経済

ボンベイ証券取引所はアジアで最古の歴史を持つ証券取引所である。
主要記事:Economy of Mumbai

インド最大の都市ムンバイは、インド経済の中心都市として重要な位置を占めている。ムンバイでは、インドの全工場雇用者数の40%、全所得税収入の40%、関税収入の60%、インドを訪れる国際線の全フライトの内40%などを占めている。街の中心部には、インド準備銀行ボンベイ証券取引所、インド国立証券取引所、インド造幣局といった金融機関を初め、タタ・グループ(Tata Group)、ゴドレージ・グループ(Godrej Group)、リライアンス(Reliance)など、多くのインド企業の本社、国外の金融機関や多国籍企業の支店がここに置かれる。

このような金融都市として確立したムンバイも、1980年代までは繊維工業と港湾貿易に大きく依存していた。しかしその後、地域経済の基盤は工業、ダイヤモンド加工業、ヘルスケアIT産業といった分野へと大きく裾野を広げて現在に至った。また、ムンバイはマハーラーシュトラ州の州都であり、連邦政府と州政府の職員数が多い。

娯楽産業もムンバイの中心的な産業のひとつである。ほとんどのインドの主要テレビ局や衛星ネット局、出版社はムンバイに本社を置いている。インド映画業界のうちヒンディー語娯楽映画産業の中心地でもあり、ハリウッドをもじって「ボリウッド」として知られる。この地域ではインド最大の映画会社や制作会社が軒を並べる。マラーティー語のテレビ映画産業もこのムンバイにある。

[編集] 人口問題

ムンバイのスラム(2008年4月)

1991年から2001年までの10年間で、マハーラーシュトラ州外からムンバイへ移住した人々の数は112万人におよぶ。このような経済成長に伴う急激な人口増加に伴って、他の著しい経済成長を見せている発展途上国の都市と同様、ムンバイは貧困失業医療、生活水準、教育水準などの面で広範囲に及ぶ問題を抱えている。さらに急速な人口増加は住宅地を不足させており、市民を狭くて高価格な住宅に住まざるを得ない環境に置いている。さらに、この人口増加にインフラ整備が追いついていないため、市民は混雑した電車や渋滞した道路での長時間の通勤を強いられている。2001年のインドの国勢調査によれば、ムンバイの人口のおよそ54%はスラムに居住している。ムンバイ中央部に位置するダーラーヴィー地区(en:Dharavi)は、アジアで2番目に大きいスラム街であり、100万人以上の住民がここに暮らしている。

[編集] 観光

フローラの泉

ムンバイ市内の主な観光地は下記の通り。

[編集] 交通

主要記事:Public transport in Mumbai
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅はインド中央鉄道の本部で、乗降客数もインドで最も多い駅である。

ムンバイの公共交通機関には、ムンバイ近郊鉄道、BESTバス、タクシー、三輪タクシー、フェリー、航空機といったものが利用される。さらに近年の急速な経済成長に伴って、地下鉄やモノレールも現在建設中である。

ムンバイ近郊鉄道がムンバイに二つの鉄道網を敷いてそれぞれの本社をここに置いており、セントラル鉄道(CR)およびウェスタン鉄道(WR)がこれに当たる。セントラル鉄道はチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅を本部にしており、カバーエリアは市内中央部、北東部、東南部、近郊地域である。ウェスタン鉄道はチャーチゲート駅を本部とし、市内西部を中心にカバーしている。こちらも前者と同様に近郊地域に路線を持つ。現在建設中の地下鉄ムンバイ・メトロは、2009年に一部先行して開通する予定である。長距離鉄道では、インド国鉄がムンバイと国内各都市を連絡している。

BEST(ブリハンムンバイ電力交通公社)は市内の大部分をカバーする市バスを運行する。2階建てバス、エアコンバスも運行され、市民は中短距離の通勤の際にバスを利用する。なぜなら、鉄道が長距離通勤の際に運賃を抑えられるのに対し、中短距離の通勤にはバスの方が交通費を抑えられるからだ。また、タクシー(黒と黄色のツートンに塗り分けられた車体)とオート・リクシャーも市民の足となっている。

チャットラパティー・シヴァージー国際空港は市内から34kmのところにある空の玄関口であり、南アジアで最も乗降客数の多い空港である。ムンバイはインド全体の旅客空輸のうち、国内便は25%、国際便では38%を担っている。

[編集] 文化

ムンバイの映画産業はボリウッドとして著名である。
主要記事:Mumbai culture

ムンバイはインドにおける国内各地の様々な集団や宗教・文化の集積地となっている。映画テレビなどメディア産業における国内有数の拠点ともなっており、特に北インドを中心に国内各地で上映されているヒンディー語による娯楽映画はこの街にある巨大な撮影所(通称フィルム・シティー)で多く制作されているため、街の旧名「ボンベイ」とハリウッドをもじった「ボリウッド」という映画の街としても知られている。

ペルシアアラビアに由来するムンバイのユダヤ人は、長い共存の歴史を持っており、迫害されたことはない。[要出典]

[編集] その他

  • 血液型ABO型分類)で、O型の亜種としてボンベイ型という型が存在する。これはムンバイで最初に発見された事に由来する。
  • ボンベイ・サファイアというジンは、英国統治下のインドでジンが薬として飲まれていたことからの連想で、名付けられたとされている。

[編集] 姉妹都市


[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ プライスウォーターハウスクーパースによる都市のGDP

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
公式
日本政府
観光

 


arz:مومباى

最終更新 2009年11月21日 (土) 09:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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