ムーンリットガール
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| ムーンリットガール | |
|---|---|
| 英字表記 | Moonlit Girl |
| 品種 | アングロアラブ |
| 性別 | 牝 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1992年4月5日 |
| 死没 | 不明(2003年10月用途変更) |
| 抹消日 | 1998年6月20日 |
| 父 | ドウカンガバナー |
| 母 | グリンベスト |
| 母の父 | ベストホワイト |
| 生国 | |
| 生産 | 中野順一 |
| 馬主 | 小塚美近⇒小塚宏憲 |
| 調教師 | 森秀行(JRA) →荒川友司(笠松) →桜田浩三(岩手) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 15戦7勝(中央) 22戦3勝(地方) |
| 獲得賞金 | 94,615,000円(中央の付加賞金含) |
ムーンリットガールは、中央競馬(JRA)と地方競馬で活躍したアングロアラブ種の競走馬。中央競馬のアラブ系競走の廃止の1995年にJRA賞最優秀アラブを獲得した。
目次 |
[編集] 現役時代
[編集] 中央競馬所属期
1994年に森秀行厩舎に入厩し、6月19日の3歳未勝利戦で優勝。
サラブレッドを相手にしたレースでは勝てなかったが、府中3歳ステークスではホッカイルソーの0.4秒差の5着に入り、翌年の菊花賞2着馬トウカイパレス(11着)に先着する健闘も見せた。アラブ系競走に限れば、芝コースでは全勝という強さを発揮する一方で、ダートのセイユウ記念ではシゲルホームランに2.7秒も離される大敗を喫するなど、芝・ダートの適性が両極端でもあった。キタサンオーカンの7着と敗れはしたが、JRA勢最後の楠賞全日本アラブ優駿へと挑戦したり、中央競馬最後のアラブ系競走となったアラブ大賞典(中京)で圧勝した翌週には、中山のスプリンターズステークスに挑戦したことも話題となった。さらに翌年もサラブレッド相手に2戦するもいずれも大敗し、中央競馬を去ることとなった。
[編集] 地方競馬所属期
中央競馬のアラブ系競走の廃止に伴い、1996年2月に岐阜県地方競馬組合の荒川友司厩舎に転厩。地方競馬には苦手なダートコースしかなかったため、善戦はするものの勝てない時期が続き、特別戦での初勝利まで8か月かかっている。笠松所属時代は、遠征も含めた全レースで安藤勝己が手綱を取っている。その後、1997年秋に岩手県競馬に移籍するも奮わずそのまま引退。繁殖入りとなった。
[編集] 主な戦績
[編集] 現役引退後
現役を退いた後繁殖入りしたが、2003年に用途変更となった。産駒で競走馬として出走したのは2頭だけだった。
[編集] 血統表
| ムーンリットガールの血統 (アラブ血量27.06% サラ テディ系/トシシロ5×5=6.25%) | |||
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父
アア ドウカンガバナー 1981 鹿毛 |
アア スイセイガバナー 1974 鹿毛 |
アア スカレー | アア *エルシド |
| アア トモスカツプ | |||
| アア セツゼツ | サラ *マロット | ||
| アア ナンリユウ | |||
| アア ドウカントスカイ 1976 鹿毛 |
アア *トスカイ Toskai |
サラ Mountfleur | |
| アア Toscane IV | |||
| アア クインボアー | アア サチミノリ | ||
| アア オカフジ | |||
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母
アア グリンベスト 1983 芦毛 |
アア ベストホワイト 1974 芦毛 |
アア シンタカラフオード | アア セントモレナ |
| サラ ハツギク | |||
| アア ハクセンジュ | アア センジュ | ||
| サラ系 谷義 | |||
| アア ミスハードウイン 1973 鹿毛 |
サラ ハードウイン | サラ Hard Sauce | |
| サラ *フオーレル | |||
| アア ミスホープ | サラ ホマレボシ | ||
| アラ 耐宝 (アラ オーバーヤン五ノ七系) | |||
最終更新 2009年11月17日 (火) 10:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ムーンリットガール】変更履歴

