メッカ

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マッカ・アル=ムカッラマ
مكة المكرمة
位置
の位置図
座標 : 北緯21度25分 東経39度49分 / 北緯21.417度 東経39.817度 / 21.417; 39.817
行政
サウジアラビア
  マッカ州
 市 マッカ・アル=ムカッラマ
市長 Osama Al-Bar
地理
面積  
  市域 26km2
  市街地 850km2
  都市圏 1,200km2
標高 277m
人口
人口 (2004年現在)
  市域 1,294,168人
  市街地 2,053,912人
  都市圏 2,500,000人
その他
等時帯 UTC+3 (UTC+3
夏時間 なし
市外局番 +966-2
公式ウェブサイト : http://www.holymakkah.gov.sa/

メッカアラビア語: مكة المكرمة‎、またはマッカ・アル=ムカッラマ Makkah al-Mukarramah IPA: [(Arabic) mækːæ(t) ælmʊkarˑamæ])は、サウジアラビアマッカ州(歴史的にいえばヒジャーズ地域)の州都である。別名をウンム・アル=クラー(أم القرى Umm al-Qurā、町々の母)という。

日本語のもとでは長らくメッカと呼び慣わされてきたが、近年は学術的な分野を中心に標準アラビア語の発音により近いマッカが好まれつつある[1]。サウジアラビア政府は、1980年代に当市の名前の公式な英語訳を、西洋人が以前から一般に用いてきた綴りである Mecca IPA: [ˈmɛkə] から Makkah IPA: [ˈmækə] に改めた。

目次

[編集] 概要

メッカの入り口

人口は1,294,167人(2004年国勢調査)。ジェッダから73km内陸に入った、狭い砂地のアブラハムの谷にあり、海抜277mである。紅海からは80km離れている。

メッカはイスラム教最大の聖地とされており、当地へのハッジ(巡礼)は、体力と財力が許す限りあらゆるムスリム(イスラム教徒)が一生に一度は果たすべき義務である。ムスリムはマスジド・ハラーム(聖なるモスク。カアバを保護する。)を地上で最も神聖な場所と考えている。メディナと並んでイスラム教二大聖域とされているため、メディナ同様イスラム教徒以外の入場はできず、通じる道路の手前にある検問所より先に行くことができない。

「メッカ」という言葉は、宗教的な意味に限らず、重要な場所、人を引きつける場所、あるいはどっと押し寄せた人々を表す言葉として、イスラム教徒に限らず、世界中のどこででも用いられるようになっている。

現在、サウジアラビアにとって初めてである500m以上の超高層ビル、アブラージュ・アル・ベイト・タワーズ2010年の完成を目指し、建設中である。

[編集] 地理

アラビア半島の西部、紅海に面したサウジアラビアヒジャーズ地方の中心都市である。乾燥気候で、砂漠に取り囲まれているが、ザムザムの泉の湧き水を頼りに、かろうじて人間が定住生活を行うことができる。

[編集] 宗教的意義

メッカ市街

メッカは、イスラム教の開祖である預言者ムハンマドの生誕地であり、クルアーン(コーラン)において預言者イブラーヒーム(アブラハム)とその子のイスマーイール(イシュマエル)が建立したとされるカアバがある。

メッカへの巡礼が可能なムスリムには、巡礼を行う義務がある。この義務は信徒が守るべき主要な5つの義務の一つであり、巡礼を行ったムスリムは、ハッジと呼ばれ、人々に敬われる。メッカへの巡礼には幾つかの区別があり、大祭ともいわれるイードル・アドハー(犠牲祭)には毎年約3百万人が集まる。 一方でムスリムでない者には、メッカとメディナへの立ち入りは厳しく制限されている。ある日本人カメラマンが、メッカの巡礼を撮影した写真集を刊行したことがあったが、彼でさえもメッカに入るためには、改宗してムスリムにならなくてはいけなかった。

ムスリムには、特別な事情がない限り、一日に5回メッカのカアバの方角を向いて祈りを捧げることが義務付けられている(シーア派は3回)。

メッカにはメッカ東空港があるが、旅客サービスをしていないので、空路の場合、ジッダキング・アブドゥルアズィーズ国際空港が最寄りとなる。(ハッジ・ターミナルがある)

[編集] 歴史

1850年頃のメッカ全景図

ムハンマドが生まれた570年頃には、メッカはすでにアラビア半島の主要な商業都市であった。イスラム教を唱えだした後、 622年にヤスリブ(現在のマディーナ)へムハンマドは逃れる。これをヘジュラといい、イスラム暦はここから起算される。のち630年にムハンマドはメッカを支配下におさめ、カアバ神殿よりすべての偶像を取り除いた。これ以降メッカは聖地として尊ばれている。

1454年鄭和が遠洋航海した際、その分隊がメッカ(天方)に寄航している。

1979年11月20日、マフディー(救世主)を頂く武装グループがマスジド・ハラームを占拠。サウジ当局により2週間後に鎮圧されたが、鎮圧部隊側の死者は127人、武装勢力側の死者は177人という惨事となり、首謀者らは公開斬首刑に処せられた。

2006年1月12日には、宗教儀式中に訪れた信者が将棋倒しとなる事故が発生し、345人の死亡が確認された。

[編集] 比喩表現

ある事柄における「あこがれの地」や「中心地」を「~のメッカ」と慣用されることがある。例えば「苗場スキーのメッカ」「高校野球のメッカ、甲子園」、あるいは「競艇のメッカ、住之江」などというように使う。この場合にはメッカの呼び方が使われる。ただしムスリムやサウジアラビア政府はこのような用法を好まない。テレビ朝日の番組では、生放送で「渋滞のメッカ、六本木」という表現をしたあと、不適切な表現だったと謝罪する一幕もあった。似たような比喩に「聖地」という表現がある。

[編集] 脚注

[ヘルプ]

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
  • Qibla(メッカへの方角が計算できる)

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最終更新 2009年11月21日 (土) 05:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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