メッツ (ジャニーズ)
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メッツとは、1975年にジャニーズJr.出身のメンバーたちによって結成された男性アイドルグループである。 バーニングプロダクションからデビューした。 前身グループは「ジュニア・エース」(後述)。
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[編集] メンバー
[編集] 1975年 - 1976年
- 小坂まさる (愛称・マチャル&ヒデ坊)
- 近藤純市 (愛称・ジャンボ 、広島市出身)
- 特技はドラム。 通信制高校のNHK学園高等学校卒業。
- 吉田義久 (愛称・ヨシ坊&よしだクーン )
- メンバー中、最後に遅れてジャニーズ事務所入り。
- 鈴木寛 (愛称・ヒロ坊、東京都出身)
- 柏木孝夫 (愛称・タカちゃん )
- 山縣孝良 (愛称・タカ坊 、東京都出身)
- 堀越高等学校卒業。
[編集] 概要
- 1975年2月23日、大阪の枚方市民会館にてステージデビュー。それから1年後の1976年2月、テイチクのサブレーベルだったユニオンレコードより『レディ・レイは最高さ!』で晴れてレコードデビュー。
- 一方、移籍せずに事務所に残った畠山昌久や「ジュニア・スペシャル」の2名は、新たに「JOHNNY'Sジュニア・スペシャル」(通称・JJS)を結成し、メッツよりも1年早い1975年2月21日の時点で既にレコードデビューを果たしている。 そして、1977年に解散。 その後は小坂まさるがソロで芸能活動を行っていたが、しばらくしてから柏木と鈴木、更に「ジェット」というバンド出身の砂野と青山を迎え、楽器を持った5人編成のロックバンドとして「メッツ」を再結成(ファンの間では“新メッツ”とも呼ばれている)。レコード会社もRCAレコード(現・BMG JAPAN)に変わり、1978年10月に再デビューを果たしたが、翌1979年に解散してしまった。
[編集] エピソード
- 「メッツ」というグループ名は、メジャーリーグの「ニューヨーク・メッツ」から文字り、郷ひろみが命名した。 ちなみに郷ひろみの4人組のバックバンドの名前には「フォー・ジェッツ」と名付けた。(のちにメンバーの入れ替えがあり、7人組のバンド「スーパー・ジェッツ」に改名)
- メンバーの中では小坂まさるが常に中心的な目立つ存在だった。雑誌『週刊セブンティーン』でも、森昌子と学生服姿でのツーショット対談をしている。
[編集] 解散後
- 小坂まさるは、バーニングから「プラスワン」という事務所に移籍。1980年のNHK大河ドラマ『獅子の時代』に書生役で出演。また、次男の小坂真郷が、ジャニーズ事務所に入所している。
- 柏木孝夫は、また、同世代の男性アイドルグループ「レモンパイ」のメンバーや、第二期メッツのドラムだった砂野誠一らと共に、「JU T'AIME(ジュテーム)」というバンドを結成。現在でもライブ活動を行っている。
[編集] 主な出演作品
[編集] テレビ
[編集] ディスコグラフィ
[編集] シングル
- レディ・レイは最高さ! c/w ひとりぼっちの夜 (1976年2月)
- (A面の原曲はピエール・グロコラの「レディ・レイ」)
- ジュディ・ランラン c/w ママルー (1976年)
- ダイナマイト・パーティー c/w 愛する人へのラヴ・ソング (1976年)
- メッツのシーサイド・バウンド c/w あなた好みの男 (1976年9月)
- (A面の原曲はザ・タイガースの「シーサイド・バウンド」)
- オー・ママ・ミア c/w 気になるあの娘 (1976年12月)
[編集] アルバム
- メッツ・アルバムI
- メッツ・アルバムII
- メッツ・アルバムIII
[編集] 主なステージ
- 枚方市民会館(デビューステージ)
- 大阪・万国博ホール
- 阿倍野プール
- 京都産業会館
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年8月6日 (木) 18:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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