メルクリン
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メルクリン(独:Märklin 、英:Maerklin )は、鉄道模型の世界最大だったが、先日破産申請したメーカーである。「Marklin」と表記されることが多いが誤りである。模型産業勃興期のニュルンベルク派の流れを汲む。 創業時はおもちゃのフライパン等を家内制手工業で生産していたが、ブリキ製の玩具を生産するようになり、コウノトリと呼ばれるシングルドライバーの鉄道模型(当時は鉄道玩具)の生産をきっかけに鉄道模型の生産に参入する。
当初は英国のバセットロークの下請け等をしていたが、徐々に力を蓄え、独自ブランドで展開する。
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[編集] 歴史
1859年、テオドール・フリードリッヒ・ヴィルヘルム・メルクリン Theodor Friedrich Wilhelm Märklinによって設立された。当初はままごとセットを生産していた。テオドール・フリードリッヒ・ヴィルヘルム・メルクリンは1840年からゲッピンゲンでブリキ職人をしていた。1859年にCaroline Hettichと結婚して彼女はドイツ国内はもとよりスイスまで行商した。当時は女性としては初の行商だった。1866年にテオドール・フリードリッヒ・ヴィルヘルム・メルクリンが亡くなると妻が引き継いだ。1888年、息子のEugenとKarlはGebr. Märklinを設立、模型の船やメリーゴーラウンドや独楽等の玩具を生産した。1891年、Lutz Ellagenのブリキ製品製造会社を買収して会社は拡大した。同年、メルクリン兄弟は春のライプチヒメッセにぜんまい仕掛けの鉄道模型を出品した。この成功が後にメルクリンを世界最大の鉄道模型メーカーへと押し上げる事になる。世界規模ではまだ鉄道模型の軌間は標準化されていなかった。メルクリンは1番ゲージを使用し、製品間の互換性を維持した。1891年、メルクリンはライプチヒトイメッセでトイ・トレインの規格となる1番~5番ゲージを展示した。まもなくそれらは国際的な規格になる。メルクリンは1895年または1901年末(諸説ある)にOゲージを送り出した。
1909年にはドールハウスやままごとセット、自動車、飛行機、船、独楽、メタルキット等90種類の異なる製品を扱った。1926年からは20V交流式の電動式の鉄道模型(当初は電球を抵抗として使用)を発売することによりこれまでのアルコールを燃焼させずに遊ぶことが出来るようになった。1929年には黒と真鍮の金属製の組み立てブロックに色を加えた。
1935年にはFritzが経営に加わり、秋のフェアでこれまでのOゲージ(1/43または1/45)の半分の軌間の当時最小のスケールが1/87のOOゲージを発表した。1950年には名前をOO(ダブルオー)からHO(エイチオー)に変えた。1950年代から1960年代にかけてメルクリンは世界最大の鉄道模型会社になった。
1972年、1/220スケールのZゲージを発売した。2006年まで量産される鉄道模型として世界最小の座を維持した。
1994年にはニュルンベルクの鉄道模型メーカーであるトリックスを傘下に収めた。現在、トリックスはメルクリンのNゲージと直流2線式HOゲージのブランドとして存続している。
1914年から1999年にかけてメカノやエレクター・セットに類似した組み立て式機構セットを販売していた。1967年から1982年にかけてメルクリン・スピリットと呼ばれるスロットカーのシステムを販売していた。メルクリンは謄写版印刷のブリキの自動車や船等多く種類の玩具を生産していた。それらの一部は復刻生産される場合もある。
2006年5月11日、メルクリン、フリッツ、ザフトの3家族が所有してきたがイギリスの投資会社キングスブリッジキャピタルに雇用の維持と共に売却された。新しい株主の計画ではリストラして収益をもたらす体質にする狙いであった。買収価格は約38000000ドル。 当時、Märklinは数年間売上高が低迷して約70500000ドルの借金を抱えていた。
2007年、破産したLGBのブランドでGゲージを生産するレーマン社を傘下に収めた。
2009年2月4日、資金繰りに行き詰まって裁判所に破産手続きを申請した。当面は管財人の管理下で事業を継続する見込みとされている[1]。
[編集] 製品の特徴
頑丈なつくりは耐久性に優れ、他の追随を許さない。知育玩具としての側面も持っており、運転性能が重視されている。このため、急曲線を曲がれるよう高くされた車輪フランジや、ショーティーとした客車など、やや玩具的な一面もあるが、全長を短縮した分だけ側窓の数を減らすなど、できる限り実物の印象を損なわないようなデフォルメに努めている。
他のメーカーが直流2線式を採用する中、今尚、電気式鉄道模型創成期からの流れを汲む交流3線式を採用する。交流3線式がメルクリンシステムとも呼ばれるのはそのためである。2線式は、左右のレールで電気的な極性が異なるため、例えばUターンして元の線に合流するような接続をするとショートしてしまう。これに対して3線式はレールの極性が同一であるため、自由な接続が可能である。また電車や電気機関車については、レールの中央に位置する第3線と同電位の架線を配線することで、実物同様にパンタグラフからの給電を可能としている。
かつては直流2線式はHAMOブランドで販売していたが、TRIXを傘下に収めてからはTRIXブランドで統一された。
時代に合わせて製品ラインナップを拡充するが、常に旧製品との互換性を考慮しているため、旧製品も同じ線路で走らせることができ、堅牢さとも合わせて「親子3代にわたって楽しめる鉄道模型」と言われてきた。一見、保守的で旧態依然としているように見受けられるが、Zゲージ、デルタシステム、メルクリンデジタルの導入等、技術革新に積極的な一面もあり、常に業界をリードしている。
世界中にコレクターがおり、アメリカのロナルド・レーガン元大統領も愛好者だったとされている。元F1ドライバー、リカルド・パトレーゼは自宅に膨大なコレクションを保有している、世界でも屈指のコレクターとして知られている。初期の製品はオークションで高値で取引されている。当時の製品は今尚、人々の心を魅了する。
[編集] 近年の動向
近年では1番ゲージの線路を使用した庭園鉄道として屋外で使用できるティンプレートのMAXIシリーズも展開していたが撤退した。他にティンプレートで自動車、船、飛行機、蒸気機関模型の過去の製品や、メカノのようなMetalシリーズ等も復刻、再生産している。また、ライブスチームを近年、年に1機種の割合でリリースしている。
2006年5月12日(JST)、経営不振を理由にイギリスの投資会社キングスブリッジキャピタルに身売りすることが決定した。LGBを傘下におさめた。
Cサインモーターの導入によりトルクカーブを設定することが出来、低速での運転がよりスムーズになる。
メルクリンデジタルは多数の列車を同時に制御するだけでなく走行音を再現したりパンタグラフの上下も制御できる。コマンドステーションの導入により更に操作性が向上し、機能が拡張する。
長らく日本語版のカタログが途絶えていたが、新製品紹介の日本語版カタログが刊行された。
[編集] ゲージ
[編集] 1番ゲージ
現時点で入手出来得る最大の大きさである1番ゲージの車両のメルクリンにおける供給は1969年を最後に長らく途絶えていた。1978年、P8(38型蒸気機関車)を発売して復活した。
1994年からは遊びに重点を置いた金属製のMAXIシリーズを展開した。2005年を最後にメルクリンマキシのマークは使われなくなったが、シリーズはまだ続いている。
[編集] HOゲージ
HOゲージはメルクリンにとって主力の製品群であり、1935年の参入以来、最も精力的に新製品の開発とリリースを行って来ている。メルクリンはドイツにおいてHOゲージのリーダーを務めており、ドイツ市場におけるメルクリンのシェアは約50%に達する。ドイツ国内における交流3線式鉄道模型の市場においては事実上メルクリンの独擅場である。
車両はドイツ型のみならずオーストリア、スイス、ベネルクスを中心とした、ヨーロッパ各国型を生産しており、エキスポートモデルとして毎年リリースしている。また少数ながらアメリカ型も生産している。客車の縮尺は長さのみ1/100、1/93.5に短縮するなど、HOゲージの限られた線路スペースで少しでも長編成を楽しめるよう配慮が施されてきたが、ショーティーの市場が見込めないフランス向けは、短縮せず正規の1/87を採用してきた。しかしながら、最近は自国(ドイツ)でも実尺比モデルを好む傾向があるため、長さも1/87にした客車を多くリリースしている。
ほとんどの鉄道模型製造会社が直流2線式を採用する中、メルクリンは鉄道模型創世記の流れを汲む交流3線式を踏襲している。それゆえ、動力車の進行方向を換える際にレールの極性を換える方法が使えないため、電磁石を用いた機械式の逆転機の装備が特徴となっている。
[編集] Nゲージ
1960年代末、メルクリンは独自のNゲージを計画していたが、実現には至らなかった。 1997年、トリックスを傘下に収めたことにより、ミニトリックスブランドで展開している。
[編集] Zゲージ
1972年、ミニクラブシリーズに1/220スケールで参入した。これまでのメルクリンの製品は交流3線式だったが、HAMOシリーズと同じ直流2線式になった。 長らく世界最小の鉄道模型として君臨していたが、2007年にはTゲージ(1/450スケール)にその座を奪われた。
[編集] ブランド
メルクリンはいくつかのブランドで展開していた。休止したり途中で展開を打ち切った物が多い。
[編集] ANTEX
ANTEXは1964年から1968年にかけてオランダとベルギーで展開されていた。
[編集] PRIMEX
メルクリンの第2ブランドがPRIMEXである。1969年から1992年にかけて展開されていた。 スーパーマーケットや百貨店で販売されていた。
[編集] hobby program
1991年から2005年にかけて展開されていた。
[編集] MINEX
1/45スケールの狭軌鉄道のシリーズが1970~1972年にかけて展開されていた。 使用される線路はHOの軌間16.5mmの線路を流用していた。 OスケールでHOゲージの線路を用いることから「OHO」とも称していた。 CタンクSLとC型DL、2軸の客車・貨車、線路も入ったスターターセットなどが販売された。
[編集] HAMO
HAMOブランドは1963年にニュルンベルクに独立して設立された会社だったが、1963年、メルクリンの傘下に入った。1966年から直流2線式の展開を始めた。電気方式以外でのメルクリン製モデルとの変更点は少なかった。 1990年代半ばには直流2線式のハモデジタルシステムを市場に投入した。1997年にトリックスを傘下に収めてからはHAMOブランドは使用されていない。
[編集] TRIX
1997年1月1日メルクリンはトリックスの事業を引き継いだ。当初は重複する製品もあったが、現在では収束されている。
[編集] 脚注
- ^ 鉄道模型大手の独メルクリンが破綻 NIKKEI NET
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年8月31日 (月) 21:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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