メルセデスベンツ・CLK-GTR

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メルセデスベンツ・CLK-GTR (MercedesBenz CLK-GTR)は、メルセデス・ベンツAMGとが1997年FIA GT選手権参戦用に開発した、FIA GT1規定のレーシングカー。

[編集] 概要

ウィキメディア・コモンズ

1996年国際ツーリングカー選手権(ITC)が終了したことにより、国際自動車連盟(FIA)はそれまでBPRと言う団体が主催して1994年に発足した「BPR GTグローバルシリーズ」(1995年及び1996年は鈴鹿1000kmもシリーズの1戦に加わっていた)と言う国際耐久シリーズをFIA直轄とし、1997年よりFIA GT選手権としてスタートさせた。

ITC終了で戦いの場を無くしていたAMGメルセデスは、わずか128日と言う短期間でGT1マシンを製作し、このシリーズにワークス参戦した。エンジンは6リットルV型12気筒を搭載。エンジンの開発に当たっては、マクラーレンF1を購入し、エンジンを自社開発したV12エンジンに換装してテストを行っている(ITCに参戦していたCクラスのバンパーなどを装着して擬装した車輌の写真も撮影されている)。このため、当初はマクラーレンF1をベースに作られるのではという噂が流れていた。当時のGT1規定は1台でもロードカーを作ればホモロゲーションが取れたため、ロードバージョンが25台製造、実際に販売された。Cカー同様、モノコックはカーボンコンポジットであるが、ローラがシャシーの製造を手がけたといわれている。

トランスミッションはパドルシフト式6速シーケンシャルシフトで、センターサイドコンソールにバックギアのレバーがある。ニュートラル時にこのレバーを引き上げるとバックギアに入る。ロードカーでは車高調整機構やパーキングコントロールを装備し、日常での運転にも応えるものとなっている。レース仕様車では、右手の切断事故の後遺症があるアレッサンドロ・ナニーニのために、二つに分かれたシフトレバーを搭載した特別仕様車が用意された。それぞれのレバーを押し分ける事でシフトダウンとシフトアップが出来るようになっていた。勿論その他のドライバーでも押し引きすれば通常と同じようにシフトチェンジできるよう工夫が凝らされていた。

シーズン序盤こそ、信頼性不足で苦戦するが、第4戦ニュルブルクリンクで初優勝を遂げると、後は快進撃を重ね、全11戦中6勝を上げ、チーム(AMGメルセデス)/ドライバーズ(ベルント・シュナイダー)のダブルタイトルを獲得した。

1998年は、ワークス(AMG)も第2戦シルバーストンまで使用した他、プレッソンチームにも供給されプライベート参戦した。第3戦以降、およびル・マン24時間レースには、後継マシンのCLK-LMを投入することになる。その為、ル・マン24時間レースにこのマシンが姿を見せることは無かった。

[編集] バリエーション

通常バージョンの市販が一定数に達した段階で、特別仕様車としてCLK-GTR Roadsterがごく少数発売された。Aピラー以降のルーフをオープントップにしており、その後部はロールバー状に二つの隆起があるのが外観の特徴である。

[編集] その他

購入者はAMGによって厳正に審査された上で、プロのレーシングドライバーによってドライビングレッスンを受けることが義務付けられていたといわれている。その為メーカーからの直接購入に限定され、並行輸入等はメルセデスが厳しく監視していたとされる。中古車の売買に関しても同様。

日本にも数台輸入されている。その内一台は小室哲哉が所有していた。本人曰く「乗りこなせない事が判って飾り物にしていた」との事である。しかし、メルセデスから直接交渉して購入したのではなく、メルセデスが特に警戒していた並行輸入によって購入したと語っている(前述の通り同車の購入、転売にはメルセデス本社の審査やドライブテストが必要とされるが、小室哲哉は一切こういったプロセスを経ていなかった)。CLK-GTR Roadsterも所有していたという。

最終更新 2009年11月16日 (月) 23:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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