メンバメイコボルスミ11

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メンバメイコボルスミ11は、吉本興業に所属していた女性二人組のお笑いコンビ。通称メンバメイ。現在は両者とも引退。

目次

[編集] コンビの概要

A型。解散後は美容師に転身。(後述。)
  • ココ・シャネル 本名:栄 孝子、通称ココ(1968年4月2日 - )大阪府大阪市出身。[2]
158cm。AB型。解散後はピン芸人として活動。(後述。)

ともに大阪市立住吉商業高等学校卒業。

コンビ名は2人が高校のコンピュータの授業で同じクラスだったことに由来し、「メンバメイ」(=メンバー名)、「コボル」(=プログラミング言語COBOL)、「スミ」(=出身学校の大阪市立住吉商業高等学校)、11(=11組)という意味合いがある。

[編集] 活動~解散まで

[編集] 芸風・4時ですよーだ等でブレイク

師匠の下に付かないという特徴があるNSC出身のコンビらしい柔軟な発想による「(やっている自分達が)笑わない漫才」というスタイルで、ボソボソとつまらなさそうにしゃべりながら漫才をするという、「前へ前へ」と出る芸人が普通の当時としては新しく画期的な芸風であった。初期のおぎやはぎはネタでの芸風が似ているといわれていた。

コンビとして「4時ですよーだ」等に出演して人気を博していた。一方で今で言う「シュール」「不思議ちゃん」の祖とも言えるような、先駆的な芸風だったために先輩芸人の怒りを買い、それが解散の原因ともなった。

[編集] 紳助事件

関西テレビの「今夜はねむれナイト」にゲスト出演した時、「メンバメイはどう思う?」と島田紳助が振った際、「そんなん知らん」と高飛車な態度で発言し、激怒した紳助に番組終了後、消火器を持って「頭割ったらぁ!」と追い掛け回され泣いていた。[3]これが原因で芸人として、さらに芸能活動までも大きく左右する事になってしまう。

[編集] さんま事件

上記の件を詫びるため、大崎洋に紳助の電話番号を聞き、電話したところ

男:「もしもし」
メンバメイ:「先日はすみませんでした」
男:「ん、誰や?」
メンバメイ:「あの、紳助さんですか?」
男:「だから、誰や!?」
メンバメイ:「あの、紳助さんですよね?」
さんま:「さんまや!!

と、電話に出たのは実は明石家さんまだったため、紳助のみならずさんまにもキレられるという事態に陥る。

[編集] コンビ解散・芸能界引退

前述の紳助などの件で、ビク・トリアがそれに耐え切れず芸能界に嫌気が差して美容師に転身したのに伴いコンビは解散。一方、ココ・シャネルはピン芸人となり、ダウンタウンのラジオ番組やWコージのテレビ番組等に出演。その後しばらくブランクを経て大阪ガスCM竹中直人を突っ込む主婦役で出演するもその後の活動は停止している模様。

なおネット上では、ココ・シャネルが浪曲師の春野ココとして再デビューしているという説がまことしやかに流れているが、これは事実無根であり、両者はまったくの別人である。

[編集] 出演番組

「秘密のメンバメイ」、「MEN'S モコモコ(ココのみ)」などのコーナーを担当。
  • 週刊ダウンタウン おいしいトコスペシャル(毎日放送)
毎週オープニングで今田・木村とのショートコントを披露した。また、「4時ですよ~だ」のメンバーにインタビューする「メンバメイのこの人に聞く!」というコーナーを担当。
連続ものコントに参加。
初期のみ出演。
Wコージのアシスタントとして。
  • MBSヤングタウン木曜日(毎日放送) *ココのみ
ダウンタウン担当曜日に、今田に代わってYOUとともに番組アシスタントとして参加した。YOUの影に隠れて目立った活躍ができず、わずか3ヶ月ほどで木村祐一と交代し降板した。マネージャー大崎氏との関係がたびたびネタにされた。

[編集] 出典

  1. ^ 「よしもと大百科」 データハウス 1987年11月1日発行
  2. ^ 「2丁目BOOK ダウンタウンからピーチパイまで」 データハウス 1988年9月10日発行
  3. ^松本紳助」2001年3月7日放送分

最終更新 2009年10月28日 (水) 13:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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