モンティ・パイソン

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モンティ・パイソン(Monty Python)は、イギリスの代表的なコメディユニット。明らかにモンティ・パイソンを話題にしている場合、単にパイソンズと言うこともある。その世代を超えた人気はオックスフォード英語辞書に"Pythonesque"という造語が載ることからも推測できるだろう。

1969年から始まったBBCテレビ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』で人気を博し、アメリカのコメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」等に大きな影響を与えた。

日本でも1976年から、東京12チャンネル(現テレビ東京)で、深夜に吹替版が放送され、広川太一郎などの芸達者な声優陣が参加していたこともあり、カルト的な人気を博した。

ふつうグレアム・チャップマンジョン・クリーズテリー・ジョーンズマイケル・ペイリンエリック・アイドルテリー・ギリアムの六人を指す。ただし、唯一のアメリカ人でアニメーション担当のギリアムを入れないことや、逆にニール・イネスとキャロル・クリーヴランドを勘定に入れることもある。

1989年10月4日、グレアム・チャップマンの死に伴い事実上の解散。奇しくも結成20周年前日のことであった。ただしチャップマンは遺灰としてその後も時々姿を見せている。

2009年アメリカ合衆国のケーブルTVチャンネルIFC(Indipendent Film Channel)で同年10月に放送されるドキュメント番組『Monty Python: Almost the Truth (The Lawyer's Cut)』 のために再結成されることが発表されている。

目次

[編集] 番組が始まる切っ掛け

1967年に、ジョン・クリーズグレアム・チャップマンの出演するTVコメディ「At Last the 1948 Show」(シネフィル・イマジカにて『元祖モンティ・パイソン: 抱腹編』として放送)と、エリック・アイドルテリー・ジョーンズマイケル・ペイリンが出演するTVコメディ『Do Not Adjust Your Set』」(シネフィル・イマジカにて『元祖モンティ・パイソン: 絶倒編』として放送)が並行して放送されていた。

互いの番組のファンであった彼等は、出会って意気投合し、アメリカ人のテリー・ギリアムも加えて、BBCにて「モンティ・パイソン」を結成することになった。ただし、「元々のコンビの息の合い方」はやはり強く、パイソンズ結成後も、「クリーズとチャップマン」「ジョーンズとペイリン」でスケッチを演じることが多かった。

[編集] メンバー

グレアム・チャップマン (吹替:山田康雄安原義人
1941年1月8日ミッドランド州レスター生まれ。ケンブリッジ大学卒。医師免許保有。
警察官軍人医者などの役を得意とする。ゲイであることをカミングアウトし、ゲイの人権を守る活動家としても活躍した。登山家でもある。非常な酒好き(特にジン)のために撮影に支障を来たす事が多かった。
脊髄ガン1989年に没した。48歳。
「Live At Aspen」では遺灰で登場(?)したが、テリー・ギリアムにぶちまけられ、しまいには掃除機で吸われてしまった。
ジョン・クリーズ (吹替:近石真介納谷悟朗
1939年10月27日サマーセット州ウィストン・スーパー・メアー生まれ。ケンブリッジ大学卒。弁護士資格を持ち、弁護士、官僚アナウンサーなどの高圧的な役を得意とする。
196cmと非常に長身。その長身と関節の柔らかさを生かした“バカ歩き(Silly Walk)”は有名。
60歳を越えた現在でも俳優として活躍し、近年ではハリー・ポッターシリーズ、チャーリーズ・エンジェル フルスロットル007シリーズに出演。
テリー・ジョーンズ(吹替:飯塚昭三
1942年2月1日北ウェールズ地方コリン・ペイ生まれ。オックスフォード大学卒。
ドタバタ喜劇的なシチュエーションを得意とする。また女装したオバさんキャラクター(ペパーポット)に特に冴えを見せる。
大学時代に学んだ英国の歴史学に詳しく、ジェフリー・チョーサー十字軍研究でも知られる。
作詞/作曲を手がけ自らもなかなかの歌唱を披露したかと思うと、『ラビリンス/魔王の迷宮』の脚本を書き、映画監督作品も『ライフ・オブ・ブライアン』、『人生狂騒曲』の他にも『ヤング・インディ・ジョーンズ 若き日の大冒険』の1話(ノベライズ題は「笑うバルセロナ」)など多数有るマルチ・タレントである。
マイケル・ペイリン(吹替:青野武
1943年5月5日ヨークシャー州シェフィールド生まれ。オックスフォード大学卒。
様々な役柄をこなしているが「イッツ・マン」が有名、ルックス通りの好人物として知られている。
活動後、BBCで彼の旅行番組が放映され、いくつかはDVDで入手可能である(「八十日間世界一周」「北極から南極へ」など。)。
エリック・アイドル (吹替:広川太一郎
1943年3月29日ダーハム州サウスシールズ生まれ。 ケンブリッジ大学卒。
大学では言語学を学び、「しゃべるためにしゃべる」というような言葉遊び的なギャグを得意とする。ハンサムであったので、優等生役や女装もこなす。
得意の歌を生かし、音楽面を担当することが多かった。後にはCDデビューやイギリスの音楽番組に登場しヒットチャートもにぎわせている。ビートルズのパロディ・バンド「ラトルズ」でも有名。
現在はアメリカ合衆国に在住。
テリー・ギリアム (吹替:古川登志夫飛田展男(PC用のみ))
1940年11月22日アメリカ合衆国ミネソタ州メディスィンレイク生まれ。オクシデンタル大学卒。
メンバー唯一のアメリカ人。もっぱらスケッチ間を繋ぐアニメーションを担当し、本編にはほとんど端役としてのみ出演。
活動後、『バンデットQ』『未来世紀ブラジル』『バロン』『12モンキーズ』などで高名な映画監督となった。

[編集] メンバー間の確執

基本的にチャップマン&クリーズ(ケンブリッジ組)の「バカバカしさの中にある論理」と、ジョーンズ&ペイリン(オックスフォード組)の「問答無用のバカバカしさ」、アイドルの「言葉のための言葉遊び」のスケッチがメンバー内で議論されて採用されるかどうかが決まる。ギリアムはアニメ製作のためにスケッチは考えていない。特にクリーズとジョーンズは見解の相違が顕著で、物(タイプライター等)を投げ合うようなけんかをしている。更に一時期クリーズが脱退したのも、ジョーンズのあまりに強引な手法に嫌気がさしたというのが通説である。ちなみにジョーンズがクリーズを追い出したというわけではなく、むしろ6人メンバーにもっともこだわっていたのがジョーンズであった。クリーズは第二シリーズのころにはパイソンズでの活動に飽き始めていたらしく、新しいコメディを求めて離脱した、というのが大まかな流れである。

[編集] 準メンバー

ニール・イネス
1944年、エセックス生まれ。基本的に音楽担当であるが、スケッチ出演者としてジョン・クリーズの代理で最終シーズンに参加している。イギリスのロック・バンド「ボンゾ・ドッグ・ドー・ダー・バンド」のリーダー。上述のエリック・アイドルと共にラトルズのメンバーでもある。
キャロル・クリーヴランド(吹替:松金よね子
1942年ロンドン生まれ。アメリカ育ち。正・準メンバーのうち唯一の女性で、出番は数割程度ながら全シーズンを通して出演した。番組では女性役でも大抵はパイソンズが演じてしまうのだが特に女性特有のセクシーさなどを前面に出したキャラクターを登場させる時には彼女やコニー・ブース(ジョン・クリーズの元妻)が起用されている。巨乳。得意技:ブロー・ジョブ。
コニー・ブース(吹替:沢田和子
1944年、インディアナ州生まれ。クリーズの元妻。役所はキャロルと差がほとんどない。離婚の原因は不明だが、離婚後も女優活動を続け、「オックスフォードの恋」ではヒロインの母親役でペリンと久々の共演を果たした。

[編集] 出演作品

テレビ番組
  • 空飛ぶモンティ・パイソン』シリーズ1-4。
  • 『空飛ぶモンティ・パイソン ドイツ版』 - 旧西ドイツのバーバリアン・テレビ向けに、1972年~1973年に製作した番組。
映画
ライブ映像
  • 『モンティ・パイソンのプライベート・パーティー』(1976年)
  • 『モンティ・パイソン ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル』(1982年)- 1980年に行われた全メンバー出演のライブ映像の記録映画。

[編集] 関連書籍

  • 『モンティ・パイソン大全』須田泰成著 洋泉社 1999.1
  • 『モンティ・パイソン・スピークス!』デビット・モーガン著,須田泰成訳 イースト・プレス 2003.8
  • 『モンティ・パイソン正伝』グレアム・チャップマン、ジョン・クリーズ、テリー・ジョーンズ、マイケル・ペイリン、エリック・アイドル、テリー・ギリアム、ボブ・マッケイブ著、奥山晶子訳 白夜書房 2005.10
  • 『モンティ・パイソン研究入門』マーシア・ランディ著,奥山晶子訳 白夜書房 2006.4

[編集] 関連項目


最終更新 2009年11月5日 (木) 08:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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