モータウン

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モータウン(MotownMotown Records)とは、アメリカデトロイト発祥のレコードレーベル。自動車産業で知られるデトロイトの通称「Motor town」の略。

1959年、ベリー・ゴーディ・ジュニア(Berry Gordy, Jr.)によって設立、ソウルミュージックブラックミュージックを中心に据えて大成功した。1972年には本店をロサンゼルスに移転、現在はニューヨークに本店を構えている。現在はユニバーサル・ミュージック・グループの一部門、ユニバーサル・モータウン・レコード・グループ(The Universal Motown/Universal Republic Group)の傘下にある。

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[編集] 概要

1950年代からミュージシャンとして活動していたベリー・ゴーディ・ジュニアがジャズのレコード店を開いたのが始まり。しかし店は不振により、閉店に追い込まれる。一時は負債の返済のためにデトロイトのGMの自動車ライン工場で働かざるを得なくなるが、それでも音楽に対する情熱を絶つことなく、自身で書いた曲をR&Bシンガーに売り込んで回る。その甲斐あって、R&Bシンガーのジャッキー・ウィルソンらに認められ、自身の曲をとり上げられるようになる。意を決したゴーディは「黒人向けのR&Bではなく、白人層にも自分たちの音楽の良さを理解して欲しい」という思いから、銀行から600ドルを借金し、モータウンレコードを設立する。最初はMotownとTamlaの2つのレーベルのみだったが、1961年にゴーディ自らが発掘した、スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズの "ショップ・アラウンド ("Shop Around")"が全米チャートの上位に送り込まれたのを皮切りに、その後もダイアナ・ロスが在籍していたことで有名なシュープリームスなどにより、次第にヒット曲を重ね、大型レーベルへと成長してゆく。

ファミリー企業のインディペンデント・レーベルを、10年で大企業にしたという意味で、ゴーディはアメリカン・ドリームの体現者である。しかも、黒人としてそれをやり遂げたことは当時として画期的だった。その企業活動の原点は、社長が"The Sound of Young America"のスローガンの元に綿密に描いた戦略に基づく、広い受け手を狙った音楽作りである。3人組作詞作曲家チーム、ホーランド=ドジャー=ホーランド(H-D-H)など専属ソングライターたちによるポップかつ時代の空気を反映した楽曲、ベーシストジェームス・ジェマーソンなどジャズ的なセンスも備えたスタジオ・ミュージシャンのユニットファンク・ブラザース (The Funk Brothers) の演奏、ビートを強調するタンバリンの音、実力とスター性を備えたシンガーたちの歌唱およびゴスペル起源であるコールアンドレスポンスの掛け合い的ハーモニーからなる音楽は、モータウン・サウンド (Motown Sound) と呼ばれ、1960~70年代において、人種を問わず大いに支持された。厚みのある同サウンドは、フィル・スペクターのウォール・オヴ・サウンド (Wall of Sound) を発展させたものとも言われる。シンガーたちは、社長の方針に従い、洗練された衣装をまとい、上品に振る舞いながら、『エド・サリヴァン・ショー』など、多くのテレビ音楽番組に盛んに出演し、それまでのR&Bに顕著だった、酒や麻薬など負の要素を含む泥臭いイメージを一掃。レーベル全体として、同時代のビートルズに劣らない人気を得て、ポピュラー音楽の中心的流れを作った。

モータウンのヒット曲は、時代を経ても常にジャンルを問わず、ほかのアーティストにカバーされ続けているが、H-D-Hは、楽曲印税についての不満がもとで1968年はモータウンを離れ、同社に訴訟を起こしている。

1972年に本店をロサンゼルスに替え、この地における音作りに加え、同年からダイアナ・ロス主演でビリー・ホリデイの生涯を描いた映画『レイディ・シングス・ザ・ブルース』をヒットさせるなど、ハリウッドにおける映画製作にも力を入れ、拠点を'70年代から次第に西海岸へ移す。

1983年には、モータウン25周年記念コンサートが行われ、ABCテレビがその模様を録画放映。

1980年代半ばに経営不振に陥り、ゴーディは1988年にモータウンの所有権を大手MCAに8100万ドルで売却、インデペンデント・レーベルとしてのレーベルを終える。

1990年に、ゴーディはロックンロールの殿堂入りを果たし、1994年には自伝『モータウン、わが愛と夢』(原題:To Be Loved)を出版する。

1992年には、ジャズ部門モー・ジャズ(Mo JAZZ)を発足し、主力第1弾に当時新鋭のノーマン・ブラウンを出したが、1998年にこの部門は閉鎖する。

1993年にMCAはポリグラム(現ユニヴァーサル・ミュージック)に売却され、傘下に入り、ニューヨークを本社とし、過去の名盤(1959-'88)、新作、編集盤の発売を続けている。

1999年ユニバーサル・レコードと合併し、ユニバーサル・モータウン・レコード・グループを創設、ユニバーサル、モータウン他レーベルがこの傘下に入る。

[編集] レーベル

  • メジャー部門
    • Motown Records
    • Tamla Records
    • Gordy Records
  • 2次的R&B部門
    • Check-Mate Records
    • Soul Records
    • V.I.P. Records
    • Mo-west Records
  • 他ジャンル部門
  • インデペンデント・レーベル配給
    • Chisa Records
    • Ecology Records
    • CTI Records
    • Gull Records

[編集] 主なアーティスト

[編集] トリビュート・アルバム

  1. ROCK MOTOWN(2005年2月23日)エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
    1. I WANT YOU BACK / FRONTIER BACKYARD
    2. OVERJOYED / locofrank
    3. ABC / LOW IQ 01
    4. DANCING IN THE STREET / DOPING PANDA
    5. YOU ARE THE SUNSHINE OF MY LIFE / puli
    6. DON'T YOU WORRY 'BOUT A THING / SUEMITSU & THE SUEMITH
    7. IT'S A SHAME / toe loves the guitar plus me
    8. THIS OLD HEART OF MINE (IS WEAK FOR YOU) / creamstock
    9. YOU CAN'T HURRY LOVE / YOUR SONG IS GOOD
    10. IT'S A SHAME / riddim saunter
    11. WHEN THE LOVELIGHT STARTS SHINING THROUGH HIS EYES / Houseplan!
    12. ONE LOVE IN MY LIFETIME / CUBISMO GRAFICO FIVE
    13. GOLDEN LADY / FRONTIER BACKYARD

[編集] ミュージカル化と映画化

1981年、スプリームスをモデルに、モータウン草創期の物語を題材にしたミュージカル「ドリームガールズ」がブロードウェイで公開され、大ヒットとなった。同作は翌年、エミー賞6部門を受賞。さらに2006年には映画化され(ドリームガールズ (映画))、アカデミー賞6部門を受賞した。

2002年には、それまで影の存在だったファンク・ブラザースに敬意を表する映画『永遠のモータウン』 (原題:Standing in the shadow of MOTOWN)が公開され、2004年、彼らにグラミー賞功労賞が授与される。しかし、ロサンゼルスのベーシストでスタジオ・ミュージシャンであるキャロル・ケイの主張によると、モータウンがヒット曲のバック・トラック(=カラオケ)にしたものの中には、ファンク・ブラザースではなく、彼女を含むロサンゼルスのミュージシャンたちの演奏によるものも少なからずあり、一般に知られている以上に多様な人々がモータウンの音作りにかかわっている。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月22日 (日) 09:29 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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