ヤマハ・SR
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ヤマハ・SR(エスアール)とは、ヤマハ発動機が販売しているオートバイで、主に単気筒エンジンを搭載したシリーズ車種を指す。
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[編集] SR400
SR400は1978年に発売、以来2009年現在まで基本設計・デザインを変更せず販売し続けているロングセラー車種である。
[編集] 1978年〜2008年モデル
[編集] 発売に至る経緯
オートバイ雑誌「モトライダー」が、1977年のエイプリルフール企画として「近日発売の新車 ヤマハ・ロードボンバー (Road Bomber) 」を掲載したことが発端となっている。このロードボンバーは、ヤマハのオフロードバイクXT500のエンジンを使い、島英彦設計によるオリジナルのダブルクレードルフレームを搭載したロードスポーツバイクであった。写真がなかなか完成度の高いバイクに見えたため架空の新車と思わなかった読者から注文が殺到、ヤマハはここにマーケットが存在することを知り開発を始めたという、ほとんど冗談のような経緯でSRシリーズは誕生した。このためか、最初のSRはアップハンドルやエンジンガードなどが中途半端にモトクロス風の出で立ちであった。
[編集] ロードボンバーとSR400/500のコンセプト
ロードボンバーのコンセプトは、「単気筒エンジンを搭載したロードスポーツバイク。単気筒であるからエンジンが非力であるのはいたしかたないが、しかし全体として軽量にすることができ、そのことを最大限に生かして操縦性の良さに照準をあわせたバイクを設計するならば、それは乗っていて『とても楽しい』バイクになるはずだ」というものであった。ロードボンバーは当時のオンロードスポーツバイクとしてはかなり過激な設計であったためか、SRシリーズはよりマイルドに仕立てられた。例えば、ロードボンバーは完全新設計のダブルクレードルだが、SR400/500のフレームはXT500のものをベースとしたセミダブルクレードルでしかない、などである。しかしこれを除けば、おおむね同じと言えるだろう。(なお、後にロードボンバーときわめてよく似た構成のSRXという派生車種が生産された)
ロードボンバーはのちにホンダのXL500Sのエンジンを乗せ、「ロードボンバーIIX」へと改良される。これは後のFT500/400から、GB500/400を経て現在のCB400SSにも繋がるエンジンである。
[編集] そしてロングセラー車へ
日本のスポーツバイクとしてはロングセラーとなっており、その間、車体の足回りなどは数回の変更を受けている。現在においては様々なカスタマイズのベース車として愛用されており、代表的なところではカフェレーサーカスタム、さらに近年はトラッカーカスタムなども行われている。
発売当初はワイヤースポークホイールだったが、アルミキャストホイールへと仕様変更したとき販売台数は激減、ユーザーからの要望で急遽スポークホイールに戻され難を逃れたことがある。この仕様変更がなければ、このあとSRが生産されることはなかったろうと記者は語っている。その後、売れ行きが落ち込んだとき絶版が検討されたこともあった。しかしその頃レーサーレプリカブームが終焉しレトロブームが到来。当時レトロ風のバイクはSRしかなかったため、その追い風に乗って再び販売台数は伸びることになった。 このレトロブームがいまのSRのロングセラーに結びついたと見る向きがある。
1985年に、フロントブレーキをディスクからドラムに変えるという、当時としては異例の退行的モデルチェンジを行った。これはアフターマーケットでドラム化カスタムが存在するなど、SRがレトロバイクとして人気を博していたためと思われる。また同年に、より高いパフォーマンスを狙った兄弟車のSRX400/600が登場しており、それらとの差別化も図っていたようだ。ドラムブレーキ化はSRをクラシックバイク風カスタムのベースとして見ていた層には好評だったが、あえて旧式化したことに否定的な層もあったようだ。同時にハンドルの高さがやや低くなり、ステップ位置が後退するなど、メーカー純正状態でややカフェレーサー的スタイルになった。
2001年に各種の保安基準が強化、その対応のため再度フロントブレーキをディスク化するが、これはドラッグスターの前輪を使ったと思われる(フロントディスクブレーキの数では250~400であるが、フロントスポークホイールは250とシングルディスクブレーキは400で掛け合わせた)ことから流用したものと思われる。この時期からSRのパーツはコストカットのため他車のパーツを流用するようになる。なお、この基準強化のあおりを受けて、カスタムショップによるドラムブレーキ化キットも販売中止となっている。
2008年にSRは販売30周年を迎えたが、9月に自動車排出ガス規制の強化が行われ、当時のエンジンでは規制に対応できなかったことから一旦生産を終了した。
[編集] 主要諸元(2001年〜)
- エンジン:空冷4ストロークSOHC2バルブ単気筒
- 排気量:399cc
- 最高出力:27ps/7000rpm
- 最大トルク:3.0kgfm/6500rpm
- 全長:2085mm
- 全幅:750mm
- 前高:1105mm
- 重量:152kg
- フューエルタンク容量:12L
- オイルタンク容量:2.4L
[編集] 2010年モデル〜
2008年の一時生産停止までに累計12万台の販売台数を誇った人気車種であったことから、ユーザーから規制への対応による復活が期待され、SRの今後をうかがう内容が雑誌などで話題になっていたが、生産停止の間にフューエルインジェクションを搭載した環境規制対応モデルが開発され、 2009年の第41回東京モーターショーにおいてSR400(F.I.)として参考出品された後、11月16日に2010年モデルの SR400 として2009年12月21日に発売されることが発表された。
[編集] SR500
SR500も1978年に発売された。XT500のエンジンをチューンした単気筒2バルブSOHC499ccのエンジンから絞り出される最大出力は32馬力。XT500から派生した車種という点ではSR400よりも正統派といえよう。SR400はショートストロークで、単気筒としては比較的マイルドな味わいなのに対し、SR500はロングストローク(あくまで400と比べて、である。実際は87.0×84.0mmでストロークよりボアが大きい為、定義上はショートストロークエンジンと言うことになる)のためにXT500に近い弾けるような鼓動感があると評する向きもある。
普通自動二輪免許で乗ることが出来るSR400と比べて国内登録台数はケタ違いに少ないものの、欧州にも輸出していたため長い間生産されたが、ブレーキが前後ともドラムであったため欧州の規制強化に対応できず、また日本国内においても排ガス規制が実施されたため、2000年に生産が中止された。しかし相前後して大型自動二輪免許保持者が激増し引き合いが強まったため、中古車両でもタマ数が少なようである。なおアメリカにも1978年から輸出されていた。
[編集] SR250・SR185・SR125・YD250・YD125
SR250は1980年に、SR125は1981年に発売された。しかし共に上位車種とは違ってアメリカンスタイルの外見をしていたため、評判は芳しくなかった。SR125のボアとストロークを上げた、SR185Exciter(エキサイター・1981年)も輸出仕様で存在する。SR250はそのまま国内での販売は終了したが、SR125は欧州輸出との兼ね合いで製造販売が1991年と1995年に復活販売され、1996年からは前輪ディスクブレーキが装備され、1997年にはビジネス仕様のSR125Bも発売されたが、後に125ccは全て生産を終了した。 このSR125は小型自動二輪車の教習車として、現在でも多くの自動車教習所で使用されている。
なおSR250は2008年現在においてもメキシコで生産が継続されている[1]。
YD250とYD125は、SRと同じエンジンを搭載したシングルシート+荷台つきビジネスモデルであるが、いずれも生産終了している。なおこの車両のダブルシート仕様は、いわゆるSR500・SR400スタイルに近い。
[編集] SRX600・SRX400・SRX250
SRXは単気筒エンジンのスポーツ車種であり、SRの派生シリーズである。SRシリーズがどちらかというとトラディショナルな雰囲気を持つおとなしいオートバイとして設計されたのに対し、SRXシリーズは「単気筒で可能な限りの高性能を狙う」という方向で設計された。
SRX250は1984年に発売された。SRシリーズというよりスポーツ車種としての性格が濃いオートバイであり、DOHCエンジンとディスクブレーキが装備され、カウル仕様まで発売されていた。
SRX600・SRX400は共に1985年発売。こちらはSRを普通に発展させたスポーツライディングを目的としたシリーズであり、車体はほぼ共通仕様で4バルブエンジンとディスクブレーキが装備されていた。当時のシングルレースでは上位を独占していた車輌である。
その後は250・400・600共に1990年モデルチェンジを受けたが、この型を最後として数年後に全車種とも生産終了した。
[編集] SRV250・ルネッサ
SRV250は1992年に発売された、外装をレトロ調にアレンジしたビンテージ風車種。エンジンはビラーゴの空冷V型2気筒を流用していたが、ツインキャブなどの採用により、23PS/8000rpmから27PS/8500rpmへと若干のパワーアップを果たしている。後にタンクのカラーリングを変更、メーターバイザーなどを装着したSRV250Sや、センタースタンドや大型のリアキャリアを装備したSRV250Tというビジネスユースを目的としたモデルも発売された。
1996年にはルネッサという派生車種も発売されたが、どちらも長期の販売を目指して製造された車種であったにもかかわらず、販売台数の伸び悩みと各種規制の強化により生産終了となった。
[編集] SRV250
- 型式 4DN
- 原動機種類&気筒数配列 4サイクル空冷OHC V型2気筒横置
- 全長/全幅/全高 2,095/720/1,055mm
- 軸間距離 1,390mm
- シート高/最低地上高 760mm/140mm
- 乾燥重量 144kg
- 最小回転半径 2.7m
- 総排気量/内径x行程 249cc/49.0×66.0mm
- 最高出力&最大トルク 27ps/8,500rpm 2.5kg・m/6,500rpm
- 始動方式 セル式
- 燃料タンク容量 13リットル
- 変速機形式 リターン式5段
- フレーム形式 ダブルクレードル
- タイヤサイズ前/後 90/90-18/110/90-18
- 制動装置 前/後 油圧式ディスク/機械式ドラム
[編集] ロードボンバー・プロジェクト
そもそもの発端となった「ロードボンバー」は、「バイクはパワーじゃない、操縦性だ!」というコンセプトを実証すべく、SRが発売された1978年に鈴鹿8時間耐久ロードレースへエントリーした。なみいる4気筒のハイパワーマシンや当時はまだそれなりの勢力だった2ストローク大排気量車の中で勝算はまったくないと思われ「よせばいいのに」という声まで上がった。しかしこの非力な単気筒のバイクは、それらの車に伍してステディに走り、結果8位に入賞してしまった。
「非力ではあるかもしれないが、軽量で操縦性が良いバイク」は、SRの誕生とロードボンバーの鈴鹿8耐での入賞から、ひとつの時代を築き始めることとなった。「こんなバイクがほしい」というユーザ側の願いがトレンドを築いた事例として、ロードボンバーとSRの物語は、日本のバイク史において特筆すべきものであると言えるだろう。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月22日 (日) 04:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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