ヤマハ・TZ

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ジョニー・チェコットが駆る1976年型TZ350(2気筒エンジン)(1976年、ニュルブルクリンク

ヤマハ・TZヤマハ発動機が製造するロードレーサー(競技用オートバイ)シリーズの名称。水冷2サイクルエンジンを搭載する。

目次

[編集] 概要

ワークスモデルとしてのYZRシリーズと同時開発される市販を前提としたモデル。オートバイメーカーから車両の支援を受けないプライベートライダーに愛用されたが、YZRが設定されていない年には実質的なワークスマシンとしてロードレース世界選手権に優勝することもある。世界の至る所で無数の勝利を収めている名シリーズ。知名度も高かったことから、ヤマハ・TZRシリーズへのフィードバックも行われた。

2000年代に入ると、若者を中心にオートバイ離れが起き、ロードレース選手権のエントリー数も激減。減少をくい止めるために、TZ125およびTZ250の購入者に対し国内主要サーキットにて開催されるスクールの無料受講ができる特典を設定している。

[編集] TZ50

TZR50と同時開発の競技用車輌

[編集] TZ125

単気筒で扱いやすく手頃な価格であることから、長年、ロードレース世界選手権から草レースにまで利用されてきたマシン。

2008年モデルは2007年モデルの継続販売。しかし2007年モデルも2006年モデルのマグネシウムホイールを小変更(鋳造から鍛造)した仕様であり、実質的にフルモデルチェンジは近年行われていない。2008年モデルの年間販売台数は数台規模という。市販価格は104万7900円。

2009年モデルは5台を生産・販売しTZ125は生産終了。市販価格は120万7500円。

[編集] TZ125の仕様

1979年型TZ125は、ワークスマシンYZR125Rを基にした市販ロードレーサーである。シリンダークランクピストンリングなどの消耗品付きで販売される[1]

2008年型の販売数は7台。

[編集] TZ250

TZ250(1977年)
TZ250(2008年)

初代1973年型TZ250は、空冷エンジンの250cc市販ロードレーサーTD3を水冷化したワークスマシンYZ624を基にした市販ロードレーサーである。水冷化により性能が大幅に向上した[3]。 1973年に初代モデルを発売。当初は並列2気筒であったマシンは、年を追う毎に進化し、1980年代中期から後期には、ケースリードバルブ採用(59W)、デルタボックスフレーム(1RK)、後方排気システム(3AK)、1991年にはヤマハ市販ロードレーサーで初となるV型2気筒(4DP1)の採用など、最新のテクノロジーを追究し毎年のように進化を遂げていたが、2000年代に入ると環境問題によるレースカテゴリーの縮小、競技人口の低迷によりモデルチェンジの間隔が長くなっており、2000年モデルとして生産された、5KEの型式名で呼ばれるタイプの2003年モデル以降、本格的なモデルチェンジは行われぬまま継続販売された。ヨーロッパなど海外にも新車や中古車が輸出され、ロードレース世界選手権や各国の国内選手権等のGP250クラスで使用。関口太郎の手により、2003年のヨーロッパ選手権優勝(全勝)という記録を留めている。

ロードレース世界選手権では幾多の名勝負の主戦マシンとなり、チャンピオンマシンとなる。最も新しい記録としてはクリスチャン・サロンにより1984年チャンピオン獲得(Model49V)。以降は台頭するワークス勢に苦戦を強いられ、YZRTZMなどのワークスマシンに主戦の座を譲ることとなるが、供給台数や勝利数からもヤマハで最も成功した市販ロードレーサーであると言えよう。

全日本ロードレース選手権では、2006年2007年と連続優勝を飾っているが、2008年モデルの販売状況はTZ125と同様低迷しており、2006年モデル(実際には2003年モデルのパーツ等を一部改良、交換したものにすぎない)をベースにした車両を継続販売。年間販売台数は20台を下回る。市販価格は210万円。

2009年モデルを15台生産・販売しTZ250は生産終了となる。市販価格は246万7500円。

[編集] TZ250の仕様

TZ250の仕様はおおよそ次のように遷移する。

  1. エンジン:直列2気筒、ピストンバルブ/フレーム:ダブルクレードル/リアサス:2本サス
  2. リアサス:モノショック(1本サス)
  3. エンジン:クラックケースリードバルブ
  4. フレーム:デルタボックス
  5. エンジン:後方排気/タイヤ:ラジアル
  6. エンジン:V型2気筒

[編集] TZ250の仕様(ピストンバルブ)

1973年型と1974年型の仕様に大きな違いはない。エンジン - 直列・ピストンバルブ・フレーム - 鋼管ダブルクレードル、前輪ブレーキ - 大径ドラムブレーキ、フロントサスペンション - 正立テレスコピック、リアサスペンション - 2本サス、ホイール - リム&スポーク。

[編集] TZ250の仕様(モノショック)

1976年型からブレーキが前後ともにディスクブレーキ化される。また、リアサスペンションは、最初にモトクロッサーで、その後、500ccワークスマシンのロードレーサーで使用されたカンチレバー[6]のモノショック(1本サス)となる[7]1977年型の仕様は1976年型と大きな違いはない[8]

1979年型は、フレームの材質がからクロモリに、スイングアームもアルミになり、軽量化がはかられる[9]1980年型はキャブレターにパワージェットが装備される[10]

1981年型は、FIMロードレース世界選手権350ccクラスの縮小廃止を決定したこを受けて、250ccクラスがミドルクラスの主役を担うことになったために大きな仕様変更が行わる[11]。クランクケースはロードスター(roadster)モデルとの共用をやめてTZ250専用設計となる。クランクシャフトの回転方向も従来の正回転から逆回転へ変更。これに合わせてエンジンも設計され、既にワークスマシンで使用していた排気デバイスYPVSを装備して中低回転域での性能を高める。フレームも新設計となる[12]

1983年型(1982年12月発売)は、サイレンサーアルミ製となる[13]

1983年型は軽量化をはかる[14]

[編集] TZ250の仕様(クランクケースリードバルブ)

1985年型は、吸入方式がピストンリードバルブからクランクケースリードバルブになり、出力は70psになる。また、フロントホイールも今までの18インチから17インチに変更となる[16]

[編集] TZ250の仕様(デルタボックスフレーム)

1986年型はアルミ デルタボックスフレームに、リアサスペンションはリンク式の1本サスに、ホイールはキャストホイールになる[17]

1987年型は、中高回転域の出力をアップ。ブレーキディスクをワークスマシンYZR250と同じ特殊な鋳鉄製ローターとし、制動力をアップ[18]

[編集] TZ250の仕様(後方排気)

1988年型は、排気が後方排気となり、吸気はポート形状などが変更される。ギアボックスはカセット式となる。タイヤは前後輪ともにラジアルタイヤとなり、ホイール径は後輪も17インチとなる[19]

1990年型(1989年9月6日発売)は、新型キャブレターとデジタルCDIを装備[21]

1990年型(1989年12月20日発売)は、出力を若干アップし、フレーム設計を小変更。このTZ250が直列2気筒エンジンの最終型となる[21]

[編集] TZ250の仕様(V型2気筒)

1990年型はエンジンが90°V型2気筒になる[22]

2006年2007年全日本ロードレース選手権250ccクラスのチャンピオンマシンである市販ロードレーサーが2008年型も発売される。販売数は18台。

[編集] TZ250M

TZ250M(1993年の原田哲也のマシン)

1992年から1995年に設定されたロードレーサー。YZRシリーズが設定されていない年であり、実質的にワークスマシン。市販はされていない。原田哲也の手により1992年の全日本選手権、1993年のロードレース世界選手権優勝という記録を留めている。

[編集] TZ350

Helmut Dähneが駆る1976年型TZ350(2気筒エンジン)(1976年、ニュルブルクリンク

[編集] 2気筒エンジンのTZ350

80年代初頭まで全世界の多くのプライベーターに供給された市販レーサー。2ストローク並列2気筒エンジン。

1973年にヤマハは初の水冷エンジン搭載市販ロードレーサーであるTZ350を発売する[23]。ワークス仕様もあり、同年3月のデイトナ200マイルでは750ccバイクよりも速く、1-2-3フィニッシュを達成する。市販仕様は同年4月発売[4]。エンジンの水冷化により性能が大幅に向上した[24]

1974年型TZ350は、市販状態でのフロントブレーキは大径ドラムブレーキであった[25]。シリンダーとエキスパンションチャンバー、プライマリーギヤを除き、他はTZ250と共通である[24]

TZ350は、1980年頃にFIMからロードレース世界選手権(WGP)350ccクラス廃止の話が出てきたため、1979年型が事実上の最終型となり、1981年型の販売もって終了する[26]。WGP350ccクラスは1982年シーズンを最後に廃止される[27]

[編集] 2気筒TZ350の仕様

1977年型は、ブレーキは前後ともにディスクブレーキ、リアサスペンションはカンチレバー[28]のモノショック(1本サス)である[29]シリンダー、シリンダーヘッド、エキスパンションチャンバーの設計を見直し、中回転域の出力が改善される[8]

1979年型は、フレームの材質がからクロモリに、スイングアームもアルミになり、軽量化がはかられる。出力も2psアップ[9]
1980年年型の仕様は1979年型と大きな違いはない。1980年型TZ250の排気量アップ版である[30]

[編集] 3気筒エンジンのTZ350

3気筒TZ350は、ヤマハのオランダの現地法人ヤマハNVが開発・製作したマシンで、これは250ccのTZに1気筒追加して350ccにしたエンジンを搭載していた。1977年1978年片山敬済が走らせ、1977年に350ccクラスのチャンピオンとなる。エンジン出力は約80PS。キャブレターは当初はミクニ、その後レクトロンに変更した。これはメインジェットがなく、ニードルジェットだけで調整する仕様であった。ラジエーターはTZ750用を使用。車重は128kg(2気筒TZ350は118kg)。3気筒TZ350は直線は速いが、コーナリング性能は悪い。このような特性から、片山は、タイトターンが多いサーキットでは2気筒TZ350を、平均速度の速いサーキットでは3気筒TZ350を選んで走った[32]。この3気筒エンジンはセッティングが合えば2気筒エンジンより10PS近い大きな出力と速度が期待できるそうである[33]。エンジンの開発はケント・アンダーソンが担当した[34]

[編集] 3気筒TZ350の仕様

[編集] TZ500

TZ500(ティーゼットごひゃく)は、ケニー・ロバーツが乗ったワークスマシンYZR500の量産車にあたる市販ロードレーサーである。ミッションカートリッジ式である[35]

[編集] TZ500の仕様

1981年型は、1980年型ワークスマシンYZR500と同じ直列4気筒エンジンを搭載し、パワーバルブ付きである[36]

1982年型は、1980年シーズンのチャンピオンマシンとほぼ同じ仕様での市販化ある。排気デバイスYPVS装備。生産台数70台(その内、日本向けが25台)[37]

1983年型を基にして、モノショック(1本サス)や排気デバイスYPVSがロードスター(roadster)に装備されるようになる[38]


[編集] TZ750

TZ750F (1979年)

1975年からワークスレーサーOW31をベースに製作され、数年にわたり供給された市販レーサーだが、台数は限定的なものであった。2ストロークのロードレーサーとしては世界最大排気量を誇る。エンジンレイアウトは並列4気筒(パラレルフォア)。鈴鹿6時間耐久ロードレースにも出場するなど、人々の記憶に残るモンスターマシンであった。ロードレース全日本選手権では、1973年から1980年まで開催されたF750クラス(後にGP500クラスへ移行)で多くのレーサーが出走する。同車で根本健、浅見貞男らが70年代に開催されたヨーロッパF750選手権にチャレンジしている。特に浅見貞男はボルドール24時間耐久レースで2位に入る活躍を見せた[39][40]

[編集] TZ750の仕様

[編集] 参考文献

[編集] 脚注

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  1. ^ 『日本モーターサイクル史』(p497)より。
  2. ^ ヤマハ発動機ウェブサイト 2007年11月8発表、閲覧日 2009年9月25日(金)、より。
  3. ^ 『日本モーターサイクル史』(p426)より。
  4. ^ 『日本モーターサイクル史』(p416)より。
  5. ^ 『国産二輪車物語』(p140)より。
  6. ^ 『日本モーターサイクル史』(p452)より。
  7. ^ 『YAMAHA RACING GLORY Since1955』(p115)より。
  8. ^ 『日本モーターサイクル史』(p465)より。
  9. ^ 『日本モーターサイクル史』(p501)より。
  10. ^ 『日本モーターサイクル史』(p538)より。
  11. ^ 『日本モーターサイクル史』(p565)より。
  12. ^ 『YAMAHA RACING GLORY Since1955』(p116)より。
  13. ^ 『日本モーターサイクル史』(p589)より。
  14. ^ 『日本モーターサイクル史』(p614)より。
  15. ^ 『日本モーターサイクル史』(p633)より。
  16. ^ 『日本モーターサイクル史』(p655)より。
  17. ^ 『日本モーターサイクル史』(p676)より。
  18. ^ 『日本モーターサイクル史』(p700)より。
  19. ^ 『YAMAHA RACING HISTORY Since 1955』(p117)より。
  20. ^ 『日本モーターサイクル史』(p724)より。
  21. ^ 『日本モーターサイクル史』(p745)より。
  22. ^ 『日本モーターサイクル史』(p783)より。
  23. ^ 『グランプリを走りたい』(p83)より。
  24. ^ 『日本モーターサイクル史』(p428)より。
  25. ^ 根本健『グランプリを走りたい』枻(エイ)出版社、2002年11月20日 初版発行、ISBN 978-4870997561、p96 より。
  26. ^ 『YAMAHA RACING GLORY Since1955』(p116)より。
  27. ^ 『サーキットの軌跡』(p172)より。
  28. ^ 『日本モーターサイクル史』(p452, p465)より。
  29. ^ 『YAMAHA RACING GLORY Since1955』(p115)より。
  30. ^ 『日本モーターサイクル史』(p539)より。
  31. ^ 『日本モーターサイクル史』(p502)より。
  32. ^ 泉優二『グランプリ・ライダー』〈ちくま文庫筑摩書房、1993年9月22日 第1刷発行、ISBN 978-4480027788、p101 - p103、より。
  33. ^ 『モト・ライダー』1977年10月号、2巻 10号、通巻13号、三栄書房、p151、より。
  34. ^ 根本健「ケントさん、ありがとう......」『KEN'S TALK 2』Vol.315 9月1日、2006年9月1日(金) 23:44、閲覧日 2009年8月20日(木)、より。
  35. ^ 『日本モーターサイクル史』(p544)より。
  36. ^ 『日本モーターサイクル史』(p577)より。
  37. ^ 『日本モーターサイクル史』(p596)より。
  38. ^ 『日本モーターサイクル史』(p618)より。
  39. ^ ヤマハ『YZR500の足跡にみるヤマハフィロソフィー』「1. 700ccと同時開発で誕生したYZR500」、閲覧日 2008年12月6日 (土) 00:48、より。
  40. ^ ヤマハ『YZR500の足跡にみるヤマハフィロソフィー』「2. 2サイクルを飛躍させたYPVS」、閲覧日 2008年12月6日 (土) 00:35、より。
  41. ^ 『究極のレーサー』(p184)より。
  42. ^ brake horsepower。ブレーキ馬力のこと --『ジーニアス英和辞典 第3版』大修館書店、2002年(シャープ電子辞書 PW-9600 収録)より。
  43. ^ エンジンの点火装置のこと --『ジーニアス英和辞典 第3版』大修館書店、2002年(シャープ電子辞書 PW-9600 収録)より。
  44. ^ ブレーキディスクブレーキパッドを押し付けて制動力を得るための装置 -- 神谷忠 監修「油圧の力でディスクを挟む」『図解雑学 バイクのしくみ』ナツメ社、2005年3月8日 発行、ISBN 978-4816338700、p168, p169 より。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月22日 (日) 23:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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