ヤマハ発動機

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ヤマハ発動機株式会社
Yamaha Motor Co.,Ltd.
ヤマハ発動機のロゴ
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7272
略称 ヤマ発
本社所在地 日本
〒438-8501
静岡県磐田市新貝2500
電話番号 0538-32-1115(本社代表)
設立 1955年7月1日
業種 輸送用機器
事業内容 自動二輪車自動車エンジン船舶エンジンなど
代表者 戸上常司 (代表取締役社長
資本金 483億4200万円
売上高 連結:1兆6038億8100万円
単独:7401億7700万円
純資産 連結:4284億8300万円
単独:2214億9800万円
総資産 連結:1兆1631億7300万円
単独:6110億7400万円
従業員数 連結:4万9761名 単体:9396名
決算期 12月末日
主要株主 ヤマハ 14.76%
外部リンク www.yamaha-motor.co.jp

特記事項:各種経営指標は2008年12月期

ヤマハ発動機本社(静岡県磐田市
  

ヤマハ発動機株式会社(ヤマハはつどうき、YAMAHA MOTOR CO., LTD. )は、静岡県磐田市に本社を置く、主に自動二輪を中心とした輸送用機器を製造するメーカーである。

目次

[編集] 会社概要

飛行機プロペラなどの軍需生産のための製造設備の平和利用を目的とし、日本楽器製造(現ヤマハ)社内でのオートバイ生産を開始、1955年7月1日に日本楽器製造から分離される形で、オートバイ製造販売業としてスタートした。この関係でヤマハと同様の「YAMAHA」ロゴや、円の中に音叉が3つ組み合わさったマークを使っているが、どちらも2社で細部の違いがある。ロゴは、"M"の真ん中の谷の部分が地面についていないものがヤマハ、地面についているものがヤマハ発動機である。音叉マークは、音叉の持ち手が周りの円より内側に入っているものがヤマハ、持ち手が円に被り、マーク全体に立体感が付けられたものがヤマハ発動機である。これにより、どちらの製品かを見分けることが可能である。

売上高においてヤマハグループの首位であり、2005年度の決算ではヤマハ本社との比較で倍以上の数字となっている。こうした時価総額の関係及びヤマハが持分法適用会社としていることから、間接的買収の対象となりやすい状況にあった。このため2007年5月にヤマハがヤマハ発動機の株式を売却することにより、ヤマハの持分法適用対象から外れるとともに、2008年3月下旬までにヤマハ発動機がヤマハの株式を5%取得する予定となっている。

現在はオートバイスクーター部門だけでなく、レジャーボート(フィッシングボートを含む、また、最近ではごく一部ではあるがヤンマーと共同開発(ヤンマーフィッシングボート「FZ30」、2006年4月発売)を行っている)、船外機、スノーモビルなどのモーター関連事業や電動自転車、産業ロボットなどの産業機器、ヒロボーとの共同開発による農業用無線操縦ヘリコプター「RMAX」などを展開している。自動車用エンジンの生産では、従来より供給を行ってきたトヨタ自動車の他にも、販路をフォードグループへ拡大。フォード・PUMAなどに搭載された。2005年からヤマハ製のV型8気筒4.4Lエンジンを搭載したボルボXC90が発売された。

またヤマハ発動機サッカー部は、サッカーJリーグジュビロ磐田の母体となった(ジュビロ磐田の住所はヤマハ発動機株式会社本社住所に同じ)。

社員による人力飛行機チーム「エアロセプシー」が、『鳥人間コンテスト選手権大会』(読売テレビ)で彦根市から琵琶湖西岸まで到達する記録を残した。

[編集] モータースポーツ

[編集] 二輪

1955年に日本国内レースである富士登山レースや浅間火山レースに出場し、ホンダなどの先行有力メーカーを抑えて優勝するなど、創業直後から積極的にモータースポーツに参加し成功を収めている。

二輪ロードレース競技においては他のメーカーと鎬を削る状態となっており、特にロードレース世界選手権ではホンダと激しいトップ争いを繰り広げている。2004年からはホンダから移籍したバレンティーノ・ロッシがエースとなり、MotoGPクラスで2年連続シリーズチャンピオンとなっている。また2005年はMotoGPクラスにおいてライダー(ロッシ)、チーム(ゴロワーズ・ヤマハ)、コンストラクターの三冠を達成した。

ヤマハ・モーター・レーシング」も参照

またオフロードにおいても、ダカール・ラリーで1990年代にステファン・ペテランセルを擁し幾度の優勝を遂げたが、ペテランセルの四輪転向後は目立った成績は挙げていない。

[編集] 四輪

また、4輪モータースポーツにもエンジンコンストラクターとして参戦経験があり、1985年には全日本F2選手権にV6エンジンのOX66で、1987年に全日本F3000選手権にV8エンジンのOX77(中身はコスワースDFVを5バルブ化したエンジンのため「コスワース・ヤマハ」と呼ばれた)でそれぞれ参入、鈴木亜久里らがドライブするマシンに搭載されて活躍した。

1989年にV8エンジンのOX88をザクスピードへ供給し、亜久里とともにF1に参入したが、エンジンの信頼性に欠け予備予選通過もままならぬ有様で、一時撤退を余儀なくされる。

1991年は90年を丸々エンジン開発に充て翌年からブラバムへ5バルブV12エンジンのOX99を供給し復活を果たす。その甲斐あって後半戦に2度の入賞を記録。

1992年ジョーダンへOX99を供給するが、クーリングに問題が出るなどシャーシとのマッチングが上手く行かずに最終戦でようやく1ポイントを獲得するのみと、前年と同様に成績はふるわなかった。またシーズン途中からジャッドと提携を開始した。また同エンジンを搭載した市販予定スポーツカーOX99-11を発表するものの、市販の実現には至らなかった。

1993年には開発済みだった新しいV12を諦め、ジャッドのV10エンジン(ジャッドGV)をベースにV10エンジンのOX10を開発、片山右京所属のティレルに供給した。最初はそれほどの成績が出せなかったが、1993年の最終スペックのGスペックでは他のワークスエンジンにも見劣りしない程になっていた。

1994年OX10を継続開発し、OX10Bとして投入。右京が予選5位を2回記録、チームメイトのマーク・ブランデルスペインGPで3位表彰台を獲得、その他にも度々上位を走行するなどトップチームに肉薄する性能を発揮したが、シーズン後半にはエンジンのパフォーマンスアップを重視した為、エンジンの信頼性をやや落とす結果になった。最終スペックはKスペック。

1995年には、エンジンレギュレーションが3500ccから3000ccへ変更された事に合わせショートストローク化したOX10Cを開発。シーズン序盤こそ度々快走を見せるが、他のエンジンに比べて絶対的なパワーが不足していた事とシャーシ側のパフォーマンス不足も合わせ満足行く戦跡は残せなかった。

1996年には、当時のF1エンジンとしては革新的なサイズと重量のOX11Aを開発するも、剛性不足の為エンジンに捻れや揺れが発生し、エンジンのパワー不足と信頼性不足に悩み、思ったような成績が残せなかった要因となったが、それが判明したのはヤマハがF1活動を終了した後だった。

1997年にはアロウズにOX11Aを供給。ハンガリーGPではデイモン・ヒルの手によって、ラスト1周までトップを快走したが、2位に終わり初優勝はならなかった。アロウズ側(と言うよりトム・ウォーキンショウ)は1998年に自身が買収したハートエンジンにヤマハのバッヂを付けて出場する事をヤマハ側に提案(エンジンは要らないからカネを出せということ)するが、ヤマハ側はこれを拒否しアロウズとは決別。他の供給先を探すが、既に供給先に空きはなく、結局この年限りヤマハとしてのF1活動は終了した。

[編集] トヨタF1との関係について

1997年を最後にF1からは撤退したが、その後トヨタがF1参戦を発表するとヤマハのF1エンジンを担当していたエンジニアがトヨタの東富士研究所を頻繁に出入りするなど、技術供与があったものと推測される[要出典]

[編集] サーキット

1975年宮城県村田町にテストコースを建設した。これが現在の「スポーツランドSUGO」となっている。スーパーバイク世界選手権モトクロス世界選手権の開催実績があり、また全日本格式の選手権レースが開催されている。 1990年のF1休止中には、エンジンテスト(※)の舞台となった。 ※テストはF3000のシャシーをF1レギュレーションに合わせてモディファイし、全日本F3000に参戦する片山右京を起用して1年間継続された

[編集] マリン製品

[編集] ラインナップ

ボートヨット船外機和船マリンジェット、マリンディーゼル、漁船・業務艇に分類される。

[編集] ボート免許の取得・更新

ボート免許(小型船舶操縦士)の取得や更新などをサポートする。

[編集] マリンクラブ・シースタイル

全国約140箇所のホームマリーナでボートレンタルするための会員制マリンクラブ[1]

[編集] シースタイルLight

ボート免許を取得している個人向けの「シースタイル」の後に、ボート免許を取得していない個人向けの「シースタイルLight」が加わった。

[編集] シースタイル・マスター

2009年3月12日サロンクルーザー『SC-30』を利用することができる「シースタイル・マスター」を導入し、募集開始した[2]

[編集] シースタイル・マリン塾

2009年3月12日楽しみながらボーティングの知識や技術を学ぶことができる「シースタイル・マリン塾」を導入し、募集開始した[2]

[編集] 沿革

[編集] 主要な製品

[編集] 製品 (オートバイ)

[編集] 現行機種

2008年9月より125cc以下の一般市販車は全て台灣山葉機車工業に生産が移管されている。

[編集] 50cc以下(原付一種)

[編集] 50cc超125cc以下(原付二種)

[編集] 125cc超250cc以下

[編集] 250cc超400cc以下

[編集] 400cc超750cc以下

[編集] 750cc超

[編集] 逆輸入車

[編集] 海外生産車

[編集] 過去のオートバイ車種

[編集] 50cc以下

[編集] 50cc超125cc以下

[編集] 125cc超250cc以下


[編集] 250cc超400cc以下

[編集] 400cc超600cc以下

[編集] 600cc超750cc以下

[編集] 750cc超

[編集] 電動スクーター(原付一種)

[編集] 製品 (全地形対応車)

現行機種
過去の機種

[編集] 製品 (スノーモビル)

現行機種
  • RSVector SP
  • RSVector Mountain SE
  • RS Viking Professional
  • PHAZER
  • PHAZER Mountain Lite
  • PHAZER M-TX
  • VK Professional
  • VK540III
  • RX-1 Mountain SE
  • RX-1 MT-X SE
  • VT500XL
  • Venture Multi-Purpose
  • FX Nytro M-TX ER
  • FX Nytro R-TX
  • BR250T
過去の機種
  • BR250
  • SL350
  • SV80
  • SV125E
  • VK540II
  • ET410PT
  • SX700R
  • V-MAX600LT

[編集] 関連会社

[編集] 事件等

[編集] 軍事転用可能な無人ヘリコプターの不正輸出事件

2005年12月に軍事転用可能な無人ヘリコプター「RMAX Type II G」の改良型「L181」を、中国の航空写真撮影会社である「北京必威易創基科技有限公司 (BVE) 」に不正輸出しようとしたとして、外為法違反容疑でヤマハ発動機は2006年1月に刑事告発を受けた。2007年2月、静岡県警福岡県警合同捜査本部は同容疑及び外国貿易法違反の容疑で同社スカイ事業部の社員3名を逮捕した。

また、BVE社はヤマハ発動機側に「人民解放軍が2、3年後までに同型の無人ヘリ約100機の購入を希望している」と伝えていたことが明らかとなっている。この購入の希望は、2004年6月に北京であった両社の商談中に打診された物で、出席したヤマハ発動機社員がメモとして残していた。中国側は、輸入した無人ヘリを軍関係の他の会社を経由して人民解放軍に流す仕組みをヤマハ発動機側に明かしていた。

なお、警察の捜査の結果、中国側とのメールのやりとりが削除されていることが明らかとなっている。違法性を認識していたヤマハ発動機側が証拠隠滅を図った可能性もあるとみて、容疑者を追及していたが、平成19年3月17日付 読売新聞によれば、輸出が業務の一環だったことも考慮され、元執行役員ら3人については起訴猶予となった。また、違法行為が業務上のものであり、かつ、逮捕された社員に対する監督責任も認めていたため、法人としての同社は略式起訴された。

また、警察の捜査が行われる以前の2006年12月22日に、名古屋税関から「無許可の疑いがある輸出申告があった」との通報を受けた経済産業省もこの件について調査していたが、同日中に同事業部が提出した関係書類は納品書1枚だけで、要求した書類がそろうのに数日かかるなど、対応に不審な点が多かった。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ マリンクラブ・シースタイル ヤマハ発動機株式会社
  2. ^ [| Response.”]. 株式会社アイ・アール・アイ コマース アンド テクノロジー. (2009年3月12日). http://response.jp/issue/2009/0312/article121648_1.html 

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年11月5日 (木) 13:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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