ユヴェントス

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ユヴェントス
原語表記 Juventus Football Club s.p.a
愛称 La Vecchia Signora
Bianconeri
Zebre
クラブカラー 白と黒
創設年 1897年
所属リーグ レガ・カルチョ
所属ディビジョン セリエA
ホームタウン トリノ
ホームスタジアム スタディオ・オリンピコ・ディ・トリノ
スタディオ・デッレ・アルピ
収容人数 27,168
代表者 イタリアの旗 ジョヴァンニ・コボッリ・ジッリ
監督 イタリアの旗 チロ・フェラーラ
公式サイト 公式サイト
   サッカークラブPJ

ユヴェントス・フットボール・クラブ(Juventus Football Club s.p.a) は、イタリアトリノを本拠地とするサッカークラブチーム。

目次

[編集] 概要

スタディオ・オリンピコ・ディ・トリノ

ユヴェントスはラテン語で「青春」という意味。ユーヴェと略称される場合もある。愛称はエンブレムやユニフォームからビアンコネーロイタリア語で「白と黒」、複数形でビアンコネーリや、シニョーラ「老貴婦人(イタリアの貴婦人)」などがある。 サポーターをユーヴェンティーノという。フィオレンティーナから電撃移籍をしたロベルト・バッジョが有名である。その理由から今でも、フィレンッツェでユーヴェのユニフォームを着て歩くと問題が起きるとの噂も。

エンブレムの真ん中にいるのは馬ではなく牛。これはホームのトリノ市の紋章にも描かれていて、トリノの語源が「タウリーニ(牛の人々)」であることが由来である。

スクデット獲得回数27回など、イタリアのみならず世界を代表するチーム。ただしUEFAチャンピオンズリーグの優勝回数2回はACミランの7回には及ばない。96年から98年には3年連続決勝に進出。過去7度決勝に進むもうち5度は準優勝に終わっている。欧州の主要リーグでは、国内リーグの優勝回数が最も多いクラブがUEFAチャンピオンズリーグの優勝回数も最多である場合が多いのだが、セリエAに関しては例外である。

ホームタウンという概念が確立しているヨーロッパには珍しく、全国的な人気を持つクラブである。ただし全国的に人気があることが嫌われてか、地元トリノではトリノFCの方が人気がある。ホームスタジアムのスタディオ・デッレ・アルピは、平日開催の試合や、コッパ・イタリアの試合などで閑散となる事がしばしばある。

2005-06シーズン時点までは、1929年のセリエAイタリア1部リーグ)開幕以来一度もセリエBイタリア2部リーグ)に降格したことが無い2チームのうちの1つであり、現在も降格経験が無いインテルとの対戦は「イタリア・ダービー」と呼ばれ国内外の注目を集め、「ミラノ・ダービー」や「ローマ・ダービー」と並び、イタリアを代表するビッグマッチの一つであった。

その後、ユヴェントスは「カルチョ・スキャンダル」における八百長に対するペナルティを受け、2006年にクラブ史上初めてセリエBへの降格処分となった。

[編集] 歴史

[編集] 創設期 - セリエA以前

1898年の選手
1903年の選手

クラブは1897年11月1日にマッシモ・ダゼーリオ高等学校の生徒らによってスポルト・クラブ・ユヴェントス(Sport Club Juventus)として創設された。1900年よりイタリア選手権(後のセリエAに相当する全国大会)に参加。この時期までユヴェントスが使用していたピンクと黒のユニフォームは色褪せしやすいという問題があり、1903年に現在の白と黒(ビアンコネッロ)に代わった。この配色は、当時クラブに所属したイングランド人選手ジョン・サヴェージから代替ユニフォームを頼まれた母国の友人がノッツ・カウンティのファンであったことに由来する。

1905年にイタリア選手権で初優勝した。1906年にはクラブの紛争によってスイス人のアルフレド・ディック会長がクラブを去り、FBCトリノ(現トリノFC)を創設した。

1923年、地元の自動車会社フィアット社オーナーのエドアルド・アニェッリがクラブが買い取り、会長に就任。これが現在まで続くアニェッリ家とフィアットによるユヴェントスへの関与の端緒となる。1925–26シーズンには21年ぶりにイタリア選手権に優勝した。

[編集] セリエA発足 - 欧州制覇

ジョヴァンニ・トラパットーニ

1929年にセリエAが発足。間もない1930年代前半には5シーズン連続の優勝を飾り、クラブの歴史上最初の黄金時代を築いた。1934年のFIFAワールドカップ・イタリア大会に優勝したイタリア代表には、アルゼンチン出身のFWライムンド・オルシやMFルイス・モンティ、代表主将を務めたGKジャンピエロ・コンビら、実に9人ものユヴェントス選手を含んだ。

1947年にジャンニ・アニェッリが会長に就任、クラブは株式会社化された。1940年代はライバルであるACトリノ(現トリノFC)の好調の影に隠れる格好になった。

1957–58シーズン、クラブは初めてのダブルを達成したのみならず、通算10回目のリーグ優勝によってステッラ(星)を胸に付けることを認められる最初のクラブになった。このシーズンから1960–61シーズンまでの4シーズンの間にスクデット3回、カップ2回を獲得。長らくクラブの最多得点記録者だったジャンピエロ・ボニペルティジョン・チャールズオマール・シヴォリのFW三人組は「魔法のトリオ (Il Trio Magico)」と呼ばれた。

1960年代以降、クラブは欧州のカップ戦でたびたび上位に入ったが、優勝にまでは至らなかった。

1976年に監督に就任したジョバンニ・トラパットーニは、1986年まで続く長期政権下に多くの栄誉をユヴェントスにもたらした。まず、初年度の1976–77シーズンにクラブ初の欧州タイトルとなるUEFAカップで優勝。セリエAでもコンスタントに優勝し、1981–82シーズンに通算20回目のリーグ優勝を達成。1983–84シーズンにUEFAカップウィナーズカップで初優勝。

1984–85シーズンのUEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)において、ユヴェントスは3度目の決勝進出で初勝利し、念願の欧州チャンピオンに輝いた。試合前にはイングランドのフーリガンの蛮行に端を発する惨劇で多くの死傷者が出た(詳細はヘイゼルの悲劇を参照)。同年末にはトヨタカップでアルゼンチンのアルヘンティノス・ジュニアーズをPK戦で破り、世界一のタイトルも手に入れた。

この時代のチームには、セリエAで3シーズン連続得点王となったミシェル・プラティニを始め、後にユヴェントスの最多試合出場記録を作るガエターノ・シレアFIFAワールドカップ・スペイン大会得点王のFWパオロ・ロッシらがいた。

1980年代後半から1990年代前半にかけて、セリエAではしばらく優勝から遠ざかったが、その間にも欧州では2度UEFAカップを優勝した。

[編集] 2度目の欧州制覇

1994年にマルチェロ・リッピが監督に就任すると、初年度の1994–95シーズンに9年ぶりにスクデットを獲得。1995–96シーズンには、後に絶対的なバンディエラとなるアレッサンドロ・デル・ピエロがエースとして活躍、UEFAチャンピオンズリーグで2度目の欧州チャンピオンに輝き、同年末のトヨタカップにも勝利した。特にUEFAチャンピオンズリーグでは、1995–96シーズンから3シーズン連続で決勝に進出するという離れ業を成し遂げている。

[編集] 低迷期

1998–99シーズンはセリエA3連覇は堅いと予想されていた。しかし、蓋を開けてみると、予想に反して期待を裏切ったシーズンだった。開幕戦こそペルージャから勝利を収めたものの、デル・ピエロがシーズンを棒に振るほどの大怪我を負って以降は、無得点試合が何試合も続くほどの慢性的な得点欠乏症に苦しみ、チームは中位に低迷した。マルチェロ・リッピが監督を退任した後、カルロ・アンチェロッティが監督に就任したものの、セリエA優勝には届かなかった。

[編集] 2001年以降 - セリエB降格

カルチョ・スキャンダル」も参照

約3年間のブランクを経て、再びマルチェロ・リッピが監督に就任すると、2001-02、2002-03シーズンのセリエA連覇を果たす。また、2002-03シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグ決勝に駒を進めたが、PK戦の末、惜しくもACミランに敗れる。次のシーズン、セリエAで3位に終わったことの責任を取り、マルチェロ・リッピ監督が辞任。フロントは新監督にファビオ・カペッロ氏を指名した。カペッロ監督の下、ユヴェントスは2004-05、2005-06シーズンを連覇する。

しかし、2006年夏にルチアーノ・モッジゼネラルマネージャーらによる審判への買収・脅迫行為が発覚。 クラブは2004–2005および2005–2006シーズンのスクデット剥奪に加え、史上初のセリエB降格処分を受けた。

[編集] セリエA昇格 - 現在

カルチョ・スキャンダルでの厳しい処分による影響や相次ぐ主力放出により、苦戦が予想された2006–07シーズンは、アレッサンドロ・デル・ピエロダヴィド・トレゼゲジャンルイジ・ブッフォンパベル・ネドヴェドなどが残留したこともあり、セリエB優勝を決めて、1年でのセリエA復帰を果たした。下馬評ではUEFAチャンピオンズリーグへの復帰は難しいだろうと考えられていた2007-08シーズンは予想を覆す勢いで勝利を挙げ3位でシーズンを終え、2008-09シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ予備戦3回戦からの復帰が確定した。デル・ピエロとトレゼゲの2トップはリーグ戦合計で41ゴールを挙げ、デル・ピエロは21ゴールで得点王のタイトルを獲得した。

しかし、2008-09シーズンは無冠が決定し、シーズン途中でクラウディオ・ラニエリは解任され、かつてユヴェントスのDFとして活躍したチロ・フェラーラがシーズン終了まで指揮を執ることとなった。

2009-10シーズンの監督に、引き続きフェラーラが決定(2年契約)。

2008-09シーズンが無冠で終わったことから、2009年夏の移籍市場では活発に動き、市場開幕前にレアル・マドリードよりフリートランスファーで、かつて所属したファビオ・カンナヴァーロを、また、ヴェルダー・ブレーメンより2450万ユーロでジエゴを、更に移籍金2050万ユーロ(約27億円)に加え、イタリア代表経験のあるMFマルコ・マルキオンニと引き換えにフィオレンティーナからブラジル代表のフェリペ・メロを獲得した。

[編集] タイトル

[編集] 国内タイトル

  • スクデット:27回
    1905, 1925–26, 1930–31, 1931–32, 1932–33, 1933–34, 1934–35, 1949–50, 1951–52, 1957–58, 1959–60, 1960–61, 1966–67, 1971–72, 1972–73, 1974–75, 1976–77, 1977–78, 1980–81, 1981–82, 1983–84, 1985–86, 1994–95, 1996–97, 1997–98, 2001–02, 2002–03
  • セリエB:1回
    2006–07
  • コッパ・イタリア:9回
    1937–38, 1941–42, 1958–59, 1959–60, 1964–65, 1978–79, 1982–83, 1989–90, 1994–95
  • イタリア・スーパーカップ:4回
    1995, 1997, 2002, 2003

[編集] 国際タイトル

[編集] 過去の成績

シーズン カテゴリ 順位 勝点 試合数 得点 失点 コッパ・イタリア UEFACL UEFAカップ 監督
2008-2009 セリエA 2位 74 38 21 11 6 69 37 ベスト4 ベスト16 チロ・フェラーラ
2007-2008 セリエA 3位 72 38 20 12 6 72 37 ベスト8 クラウディオ・ラニエリ
2006-2007 セリエB 優勝 85 42 28 10 4 83 30 ベスト32 ディディエ・デシャン
2005-2006 セリエA [1] 91 38 27 10 1 71 24 ベスト8 ベスト8 ファビオ・カペッロ
2004-2005 セリエA 86 38 26 8 4 67 27 ベスト16 ベスト8 ファビオ・カペッロ
2003-2004 セリエA 3位 69 34 21 6 7 67 42 準優勝 ベスト16 マルチェロ・リッピ
2002-2003 セリエA 優勝 72 34 21 9 4 64 29 ベスト8 準優勝 マルチェロ・リッピ
2001-2002 セリエA 優勝 71 34 20 11 3 64 23 準優勝 2次リーグ マルチェロ・リッピ
2000-2001 セリエA 2位 73 34 21 11 3 61 27 ベスト16 1次リーグ カルロ・アンチェロッティ
1999-2000 セリエA 2位 71 34 21 8 5 46 20 ベスト8 ベスト16 カルロ・アンチェロッティ
1998-1999 セリエA 6位 54 34 15 9 10 42 36 ベスト8 ベスト4 カルロ・アンチェロッティ
1997-1998 セリエA 優勝 74 34 21 11 2 67 28 ベスト4 準優勝 マルチェロ・リッピ
1996-1997 セリエA 優勝 65 34 17 14 3 51 24 ベスト8 準優勝 マルチェロ・リッピ
1995-1996 セリエA 2位 65 34 19 8 7 58 35 ベスト16 優勝 マルチェロ・リッピ
1994-19953 セリエA 優勝 73 34 23 4 7 59 32 優勝 準優勝 マルチェロ・リッピ
1993-1994 セリエA 2位 47 34 17 13 4 58 25 ベスト32 ベスト8 ジョバンニ・トラパットーニ
1992-1993 セリエA 4位 39 34 15 9 10 59 47 ベスト4 優勝 ジョバンニ・トラパットーニ
1991-1992 セリエA 2位 48 34 18 12 4 45 22 準優勝 ジョバンニ・トラパットーニ
1990-1991 セリエA 7位 37 34 13 11 10 45 32 ベスト8 ルイジ・マイフレディ
1989-1990 セリエA 3位 44 34 15 14 5 56 36 優勝 優勝 ディノ・ゾフ
1988-1989 セリエA 4位 43 34 15 13 6 51 36 2回戦 ベスト8 ジョバンニ・トラパットーニ
1987-1988 セリエA 6位 31 30 11 9 10 35 30 ベスト4 ベスト32 ジョバンニ・トラパットーニ
1986-1987 セリエA 2位 39 30 14 11 5 42 27 ベスト8 ベスト16 ジョバンニ・トラパットーニ
1985-1986 セリエA 優勝 45 30 18 9 3 43 17 ベスト16 ベスト8 ジョバンニ・トラパットーニ
1984-1985 セリエA 5位 36 30 11 14 5 48 33 優勝 ジョバンニ・トラパットーニ
1983-1984 セリエA 優勝 43 30 17 9 4 57 29 ベスト16 ジョバンニ・トラパットーニ

[編集] フォーメーション

<4-2-3-1> 2009-10シーズン 基本スターティングメンバー

[編集] 現所属メンバー

No. Pos. 選手名
1 イタリアの旗 GK ジャンルイジ・ブッフォン副キャプテン
2 ウルグアイの旗 DF マルティン・カセレス
3 イタリアの旗 DF ジョルジョ・キエッリーニ
4 ブラジルの旗 MF フェリペ・メロ
5 イタリアの旗 DF ファビオ・カンナバーロ
6 イタリアの旗 DF ファビオ・グロッソ
7 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 MF ハサン・サリハミジッチ
8 イタリアの旗 MF クラウディオ・マルキジオ
9 イタリアの旗 FW ヴィンチェンツォ・イアクインタ
10 イタリアの旗 FW アレッサンドロ・デルピエロキャプテンcaptain
11 ブラジルの旗 FW アマウリ
12 イタリアの旗 GK アントニオ・キメンティ
13 オーストリアの旗 GK アレクサンダー・マニンガー
No. Pos. 選手名
15 フランスの旗 DF ジョナサン・ゼビナ
16 イタリアの旗 MF マウロ・カモラネージ第4キャプテン
17 フランスの旗 FW ダビド・トレゼゲ第3キャプテン
18 デンマークの旗 MF クリスティアン・ポウルセン
19 イタリアの旗 DF クリスティアン・モリナーロ
20 イタリアの旗 MF セバスティアン・ジョビンコ
21 チェコの旗 DF ズデネク・グリゲラ
22 マリの旗 MF モハメド・シソッコ
23 イタリアの旗 DF ロレンツォ・アリアウド
28 ブラジルの旗 MF ジエゴ
29 イタリアの旗 DF パオロ・デ・チェリエ
30 ポルトガルの旗 MF チアゴ
33 イタリアの旗 DF ニコラ・レグロッターリエ

[編集] 歴代記録

[編集] 出場試合数

名前 出場試合数 期間
1 アレッサンドロ・デル・ピエロ(#) 603 1993-
2 ガエターノ・シレア 552 1974-1988
3 ジュゼッペ・フリーノ 528 1965-1966、1969-1984
4 ロベルト・ベッテガ 481 1966-1969、1970-1983
5 ディノ・ゾフ 476 1972-1983

[編集] 得点

名前 得点数 期間
1 アレッサンドロ・デル・ピエロ(#) 262 1993-
2 ジャンピエロ・ボニペルティ 179 1946-1961
3 ロベルト・ベッテガ 178 1966-1969、1970-1983
4 オマール・シヴォリ 167 1957-1965
5 ダヴィド・トレゼゲ(#) 161 2000-

(#)は現役選手であることを示す。

[編集] 歴代監督

氏名 国籍 期間
アルマンド・ピッキ イタリア 1970
チェストミール・ヴィツパーレク チェコ チェコ 1970-1974
カルロ・パローラ イタリア 1974-1976
ジョヴァンニ・トラパットーニ イタリア 1976-1986
ディノ・ゾフ イタリア 1989-1990
ルイジ・マイフレディ イタリア 1990-1991
ジョヴァンニ・トラパットーニ イタリア 1991-1994
マルチェロ・リッピ イタリア 1994-1999
カルロ・アンチェロッティ イタリア 1999-2001
マルチェロ・リッピ イタリア 2001-2004
ファビオ・カペッロ イタリア 2004-2006
ディディエ・デシャン フランス 2006-2007
ジャンカルロ・コッラディーニ イタリア 2007
クラウディオ・ラニエリ イタリア 2007-2009
チロ・フェラーラ イタリア 2009-

[編集] 歴代所属選手

詳細は「ユヴェントスの選手一覧」を参照

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ カルチョ・スキャンダルによって剥奪された

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
公式



最終更新 2009年11月23日 (月) 03:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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