ユースケ・サンタマリア

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ユースケ・サンタマリア
本名 中山 裕介(なかやま ゆうすけ)
生年月日 1971年3月12日(38歳)
出生地 日本の旗日本大分県大分市
血液型 B型
職業 俳優タレント
歌手司会者
ジャンル 映画テレビ番組
活動内容 1994年:歌手デビュー
1996年:BINGO BONGO解散
1998年:ソロ歌手デビュー
1998年:『「ぷっ」すま』放送開始
2000年:『花村大介』で連続ドラマ初主演
2008年映画監督デビュー
配偶者 あり(2004年に結婚)
主な作品

映画
踊る大捜査線 THE MOVIE
踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!
交渉人 真下正義
UDON
ドラマ
踊る大捜査線
花村大介
アルジャーノンに花束を
ホームドラマ!
今週、妻が浮気します
バラエティ番組
「ぷっ」すま
熱血!平成教育学院
『夕陽のドラゴン』
桑田佳祐の音楽寅さん
備考
元『BINGO BONGO』ヴォーカル&司会

ユースケ・サンタマリア1971年3月12日 - )は、大分県大分市出身の俳優タレント司会者歌手。本名は中山 裕介(なかやま ゆうすけ)。テイクイット・エージェンシー所属。身長173.7cm(『「ぷっ」すま』で測定)、血液型B型。愛称はユースケ。ラテンロックバンドのヴォーカル&MCでデビューし、現在は俳優、タレント、司会者をメインに活躍している。

目次

[編集] 来歴

大分市立王子中学校大分市立碩田中学校に3年1学期に転入、大分東明高等学校卒業。地元大分でバンド「XYZマーダーズ」結成。コンテスト等にて人気急上昇も高校卒業と同時に解散。その後すぐにGSサウンド炸裂のロックバンド「NUTTIES」結成。クラウンレコードよりCD1枚、自主制作アルバム2作発表、ソロ活動としてもFM88にて「88ロックファクトリー」司会等で活躍。

[編集] 1990年代

九州時代の仲間「Z-BACK」のVo:時正を頼って上京し、ラテンロックバンド「BINGO BONGO」のヴォーカル・司会として加入。音楽はCMにも起用された。当時から人を惹きつけるパフォーマンス司会の仕切りは上手かった。

BINGO BONGOでデビューを果たしたそんな中、フジテレビジョンの番組『アジアNビート』にソロで出演。番組開始前にマネージャーから同局の『ASIA BAGUS!』の司会だと聞かされていたが、制作会社に行ってみたら番組名も違い、そこはオーディション会場でマネージャーの勘違いが発覚。制作会社の人に「『アジアNビート』という新番組が始まりました。君が映りました。どうする!?」と言われ、すかさず「アジア~ン ビ~ト~!」と叫んだところ、オーディションに合格し、2年間出演する。最終回においては「これでもうテレビに出るなんてことはないんじゃないか」と言いながら感極まって涙を流すという一幕もあった。

その後、スペースシャワーTVで、ウルフルズトータス松本とコンビで生放送の2時間番組、『夕陽のドラゴン』の司会を務める(1995年4月~1997年3月)。放送開始当時、全くの無名だった二人(当時はユースケの方がまだトータスより知名度はあった、とはユースケ本人の弁)は「捨てる物なし、怖いものなし」精神で、渋谷のオープンスタジオを気軽に抜けて街中をアポなし中継する等、現在の二人の知名度を思えば考えられない大らかな番組だったが、ウルフルズのシングル『ガッツだぜ!』がブレイクするや否やトータスの人気が急上昇し、番組も徐々に知られるようになると、渋谷から六本木のスペースシャワー局内へ中継場所を変更し、加えてウルフルズのライヴツアーの都合上、生放送出来ず収録となる週も増えて行く。トータスが多忙、ユースケが暇という状態が続きユースケがクサることも。トータスはそんなユースケを気遣いつつ見守る。ドラゴン収録も兼ねて、ユースケがウルフルズのライヴツアーに同行し、舞台に飛び入り参加したこともあって、当時メンバーから「ウルフルズ第五のメンバー」と冗談交じりに呼ばれていた。番組終了間近はちょうど『踊る大捜査線』の収録が佳境であり、刑事ものの『踊る~』に因んで、二人で警官コスプレ姿のまま放送した週もあった(BINGO BONGOは、この時期に解散している)。

この番組での共演がきっかけでウルフルズのアルバム『バンザイ』に収録されている『ダメなものはダメ』に間奏の語りで参加している。

またこの番組をたまたま見ていた明石家さんまが二人を吉本の若手コンビだと思い「この荒いトークする奴ら誰や」と吉本関係者に聞いたということを『明石家マンション物語』にトータス、『さんまのまんま』にウルフルズがゲストの時に語った。

後に全国区の民放テレビ局にも出演。またトヨタCMでの篠原ともえとの音楽ユニット「カロゴンズ」や、日本テレビ系『新橋ミュージックホール』で共演したビートたけし・トータス松本との音楽ユニット「ぢ・大黒堂」でも知名度を上げ始める。

テレビ朝日の深夜番組『VIDEO JAM』に出演しコントをやっていたところを、『踊る大捜査線』のキャスティングで頭を悩ませていた亀山千広プロデューサーが観ていて、「一度会ってみたい」ということになり、結果同作に出演。役者・タレントとして確固たる地位を築いた。『VIDEO JAM』では、ユースケ個人のコーナーがあり、主にユースケの女好きっぷりといい加減、ハイテンション一人喋りをフィーチャーしたコーナーだった。BINGO BONGOファン以外にもユースケ個人の人気が出始めていた頃で、このコーナーでもBINGO BONGOのライブ映像が流されていたが、映っているのはユースケのみという構成だったところからも人気の程がはかられる。一人っきりでコーナーをやらせてくれと言い続けていたが、実現したところ「正直俺も辛いんだよ」と懲りていた。後にこのコーナーで自身が参加していた劇団のパフォーマンスもスタジオ脇ロケで何度か披露された。

1998年に、SMAP草彅剛と共に、テレビ朝日の深夜帯で『「ぷっ」すま』がスタート。テレビ番組としての流れや段取りをほとんど無視した、自由さを前面に出したバラエティー番組で、放映は10年を超え、500回以上放送されている。またこの番組においては、芸能界きってのエロ親父又は理不尽大王ぶりを発揮。有吉弘行からは「無茶振りクソ野郎」と言われてしまったことがある。ただし、江頭2:50が出演した時は、江頭の暴走を抑えたり、江頭のネタ(下ネタ)の被害に遭ったゲストのフォローに回っている。

[編集] 2000年代

2000年、フジテレビ系で放送されたドラマ『花村大介』で連続ドラマ初主演を果たす。同年にはサザンオールスターズ桑田佳祐とともに、同じくフジテレビにて音楽バラエティー番組『桑田佳祐の音楽寅さん~MUSIC TIGER~』がスタート。同番組のオープニングサウンドステッカー『MUSIC TIGER』に合いの手で参加した。翌2001年に完結し、その後は『27時間テレビ』等スペシャル番組で復活している。また、この番組の共演から、桑田佳祐のソロシングル『白い恋人達』のPVにも友情出演している。また桑田から誕生日祝いにサーフボードをもらったが、ユースケはサーフィンをやらないため、自宅ベランダに置いてあるという。

2002年、ゆずのシングル曲『恋の歌謡日』に最初の語りで参加。しかし、これはボツとなり一度だけ『ラジアンリミテッド』内でオンエアーされただけである。(ファンの中でもほぼ黒歴史とされている)

2003年には初の主演ミュージカル『Don't trust over 30』が公演された。

2004年2月~3月、体調不良により仕事を休業。番組にはワンショットのみ映る、といった不自然な出演が続く。顔はガリガリにこけ、不調の理由も明らかにされなかったことから、一時重病説が横行したが結局、原因は過労だったようである。その後TBSドラマ『ホームドラマ!』にて本格的に仕事復帰。5月18日には13年間付き合った2才年上の一般人女性と結婚。同年年末放送のスペースシャワー開局15周年番組『スペシャ15祭! 夢の青白歌合戦』に司会で登場、トータス松本と警官コスプレ姿で、ユニットの唯一のオリジナル曲『テクノロジーオヴラヴ ~名古屋まで2km~』を披露。

2005年公開の映画『交渉人 真下正義』では映画初主演を果たし、興行成績43億と同年実写映画No.1となり、同映画で第29回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した(授賞式は翌年2006年3月に行われた)。夏には、主演を務める舞台『姫が愛したダニ小僧~Princess and Danny Boy~』が上演された。

2006年春、ドラマ『愛と死をみつめて』にて、『「ぷっ」すま』でコンビを組んでいる草彅とドラマでの初共演を果たした。因みにこの出演は友情出演である。夏には主演2作目の映画『UDON』が上映され、冬には出演映画『酒井家のしあわせ』が上映された。

2007年1月クールの『今週、妻が浮気します』(フジテレビ系列)にて、3年ぶりのドラマ主演を務めた。6月には、脚本に惚れ込み出演したワンシチュエーション・サスペンス映画『キサラギ』が上映された。年末には新設される劇場シアタークリエでのこけら落とし公演「恐れを知らぬ川上音二郎一座」の座長を務めた。

2008年1月クールに、小栗旬初主演ドラマ『貧乏男子ボンビーメン』に出演し、今まで多かった良い人役とは違うキャラクターを見事に演じた。ちなみに、ドラマのオファーを受けた時は、約2ヶ月に渡る長丁場の舞台に出演しており、スケジュールの関係でドラマ出演を決め兼ねていたところへ、小栗本人から直接メールをもらったため、最終的に出演オファーを受けたというエピソードが後に、2人の雑誌対談で語られた。4月12日放送の特別ドラマ『先生はエライっ!』に教師役で出演。また、生徒役として出演した「Hey!Say!JUMP」の有岡大貴中島裕翔山田涼介知念侑李と初共演した。8月下旬には、自身が初監督を務めたショートフィルム『R246 STORY-弁当夫婦-』が公開された。10月には、郷里である大分県で開催されたチャレンジ!おおいた国体開会式の司会を務めた。

2009年1月末に『20世紀少年第2章-最後の希望-』、2月に『少年メリケンサック』、5月に『鈍獣』と、出演映画が立て続けに公開された。4月から復活した『桑田佳祐の音楽寅さん』に桑田と共にレギュラー出演した。ドラマでは、『救命病棟24時』第4シリーズに医局長・澤井悦司役で出演。シリアスなエリート医師という、バラエティ番組などで見せる顔とは180度異なる役どころを披露した。

[編集] エピソード

下積時代にB'zのライヴ会場でグッズ売り場のアルバイトをしていた。BINGO BONGO時代にライブのチケットをB'z稲葉浩志にアポ無しの体当たりで手渡ししたことがある。稲葉はちゃんとライブを見に来た。

NUTTIES時代、Mr.Childrenと同じライヴハウスで対バンしたこともある。

[編集] 人物

熱く物事を語る芸風であると同時に、突拍子のないテキトーな発言や横文字を多様したり、女性がひくようなエロ発言をすることから「ポスト高田純次」、「ポストルー大柴」の呼び声もある。その一方では、「普段はおとなしい、黙っている」と共演者に突っ込まれる場面があったり、2005年に放送された真下正義チャンネル内の亀山千広との対談で、自分のことを「シャイガイなんですよ」と語っており、普段のユースケはおとなしい。ただ、同対談内で「いかりや長介に初対面したとき「おいっす!」と発言して周りのスタッフらを唖然とさせた」というエピソードも亀山から明かされている。

「ぷっ」すま』で今迄共演していた草彅剛と仲がいいと思われることがあるが、特に親密なわけでも、仲が悪いわけでもない。草彅の口からお互い携帯電話の番号を知らないことが暴露されている。しかし、過去に1度だけ草彅が自宅に来たことがあるという。

お酒がまったく飲めない。『「ぷっ」すま』のロケなどで共演者がビールなどで乾杯するときは、オレンジジュースなどで乾杯している。寿司ネタはイカが好みであると、『「ぷっ」すま』のロケ中に何度か発言している。

徹子の部屋』に出演したときに、仮病がバレずに盲腸の手術を受けたことを告白。中学生時代、授業をサボるための仮病だったが、周りの教師や医者には、見事に仮病だとバレずに手術、入院。医師からも全く疑われずに手術されたという。しかし入院生活は思ったより退屈であったとのこと。

[編集] 芸名

芸名の由来は、ラテンミュージシャンのモンゴ・サンタマリアにあやかったもの。地味なルックスだったため、名前は派手で目立つものを、と考えたという。当時所属していたバンド「BINGO BONGO」のリーダーであったオルケスタ・デ・ラ・ルスのゲンタが考案したとの説あり。ナインティナイン岡村隆史をはじめ、数々の共演者に「(ユースケはともかく)サンタマリアってなんやねん!」とツッコまれることもしばしば。また、『笑っていいとも!』でタモリと共演すると「カタカナで無駄に長い人」などと言われるのは恒例となっている。また、他ゲストに贈られるユースケの花を紹介する時は、「カタカナの多い人」と言われたり、名前をまともに読まれなかったりする。

BINGOBONGOのCDのブックレットには「ゆうすけサンタマリア」、『夕陽のドラゴン』のテロップでは「ユウスケサンタマリア」と表記されていた。

当初は「ユースケ サンタマリア」という表記だった芸名を、姓名判断師の安斎勝洋に「」を付記するようアドバイスされたため、それ以降芸名は「ユースケサンタマリア」でも間違いと主張。しかし、新聞のラジオ、テレビ欄は基本的に1行につき10文字表記なので、「ユースケサンタマリア」と表記せざるを得ず、一部紙では単に「ユースケ」と表記されることもある。中居正広のドラマ開始直前ボウリングの短冊の願いに、沢村一樹は「本名の中山裕介にもどしてほしい」という願いを書いていた。これは、ラテ欄の幅をユースケが使いすぎて自分の名前が載らないためである。

「裕介」が本名としているが、BINGO BONGO所属時には「桑田佳祐さんの"祐"って書いて"祐介"、だから"スケスケ"とも読める」と発言しており、また、自らのラジオ番組『THE おとばん』内で「これからは石原裕次郎さんの"裕"の"裕介"にする」とも発言している。

[編集] 出演

[編集] バラエティ番組

レギュラー

過去

[編集] テレビドラマ

連続

ゲスト出演

単発

[編集] 映画

:踊る大捜査線 THE MOVIE 3 (2010年公開、本広克行監督)- 真下正義 役  

[編集] CM

[編集] 舞台

[編集] PV

[編集] 書籍

[編集] DISCOGRAPHY

BINGO BONGOとしての活躍はあまりテレビ等で目立ったものは無かったが『VAMONOS』等後期のものにクオリティの高いものが多い。現在の活動と違った側面がみられる。

[編集] 受賞歴

[編集] 過去に結成されたユニット

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月18日 (水) 09:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ユースケ・サンタマリア】変更履歴

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