ユーノス・プレッソ
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ユーノス・プレッソは、マツダ系ユーノス店で販売されていた乗用車である。AZ-3は姉妹車。
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[編集] 歴史
- 1991年3月 - プレッソはジュネーブでMX-3としてデビューする。当時ヨーロッパでも話題の車で、ロンドンの街角には大きな看板も設置されていたユーノス・チャネルの3台目のFFスポーツクーペ。当初はK8-ZE型1800ccV型6気筒エンジンのみのラインナップであった。小さいボディにV6、先進的なデザインは話題と人気を博した。発表当時は世界最小のV6エンジンという触れ込みであったが、その後三菱自動車のランサー6とミラージュ6がそれぞれ1600ccのV6エンジンを搭載したためまもなくその座を奪われた。リアウインドウは3次曲面、サイドには1枚しかウィンドウが無い。
- 1993年9月 - AZ-3に設定されていた、1.5L直列4気筒エンジンがユーノス・プレッソにも追加された。同時にV6エンジン車もハイオク指定となり最高出力が5PS引き上げられて145PSとなった。
- 1996年4月 - 運転席SRSエアバッグを標準装備。ユーノスチャネル廃止に伴いマツダアンフィニ店での販売となる。名称は「ユーノス・プレッソ」のまま販売する。
- 1998年6月 - ファミリアのフルモデルチェンジで車種統合の対象のため生産中止。
[編集] 車名について
- プレッソ(presso)はイタリア語で「仲間」という意味、ドライバーにとっての「友人」たれ、という意味が込められている。
海外輸出名はMazda MX-3だが、カナダ市場ではMazda MX-3 Precidia、オーストラリア市場ではユーノス 30Xであった。
[編集] アフターパーツ
短命に終わったモデルであったが、当時4WDターボを武器に活躍したBG系ファミリアと車体が共通だったため、足回りやシートレールなどはファミリア用が使用できた。また1.5L B6エンジン車は駆動系、排気系なども流用可能であったため改造範囲は比較的広かった。ただしV6のK8エンジンについてはマツダスピード(A-Spec)以外からのアフターパーツ供給はほとんど望めなかった。
[編集] その他
- 永らくディーラー販促品以外にほとんどミニチュアカーは存在しなかったが、2006年、SAPI MODELSよりFi-Xをモデルとした1/43ミニカーが発売された。
- 声優、久川綾の楽曲「赤いスポーツカー」(アルバム「for you for me」に収録)は、彼女が以前所有していたユーノス・プレッソについての曲である。
- プレッソのエクステリアデザインはジョルジェット・ジウジアーロがベルトーネ時代に手がけたデザイン提示用の試作車であるカングーロに多大な影響を受けている。
[編集] 関連項目
- マツダ・ECプラットフォーム - 使用するプラットフォーム
- マツダ・オートザムAZ-3
- マツダ・ロードスター
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月20日 (日) 03:20 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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