ヨーロッパ中心主義

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ヨーロッパ中心主義(ヨーロッパちゅうしんしゅぎ)とは本来地球上に数ある諸文明の一つに過ぎない欧州文明を格別のものとしてみなす考え。欧米文明を西洋としこれ以外の文明を全て東洋とすることなどはその一例とされる。

目次

[編集] ヨーロッパ中心主義の発生

十八世紀以降の欧州の急激な近代化のスピードは他の文明地域の近代化への動きを大きく上回り、結果的に十九世紀までには技術的、軍事的な欧州の優位が確立した。多くの地域がヨーロッパ列強の植民地となり、更に欧州文明を大規模に取り入れ帝国主義思想を学んだ日本が新たな列強として朝鮮、台湾を植民地として領有するにいたって欧州文明は世界を席巻することになる。この過程で植民地になった諸国では自国の歴史、技術、文化を劣ったものとみなし、欧州文明を至上、又は普遍のものとする価値観が広まった。日本の植民地であった朝鮮と台湾では欧州文明を本来非欧州文明に属する日本が体現する形となったため、多少状況は異なったが、大筋に於いて他の欧米諸国の植民地と同様であった。

[編集] 現代に於けるヨーロッパ中心主義

第二次大戦以降これらの植民地は独立することになったが、その後も欧州とアメリカの技術的、政治的、経済的優位は変わらず、ヨーロッパ中心主義は根強く残った。現在では欧州文明を相対化する動きも始まっているが、根本的な解決にはなっていない。

[編集] ヨーロッパ中心主義の内容

  • 哲学の始まりをギリシャからとし、それ以外の地域の哲学は傍系のものとする。
  • 欧州文明を西洋として、それ以外の文明を東洋としてひとまとめにする。
  • 欧州の技術、科学が全時代にわたって他文明のそれに対して優位にあったと見做す。
  • 欧州文明は合理的であるとし、それ以外の文明は非合理的であるとする。

[編集] 日本におけるヨーロッパ中心主義

[編集] 戦前

日本は近代に於いて他の非欧米文明圏とは多少異なった歴史をたどった。元来朝鮮、越南などと共に中華文明の準周辺国であった日本は近代化の過程で欧州文明を他の諸国とは比べ物にならないほど大々的に取り入れ、植民地化を免れたのみならず欧米列強に続いて植民地支配国として台湾、朝鮮を領有する極東の強国となった。しかしこれは反面日本の自己植民地化を強く推し進める結果となり、本来は自文化と対立的な欧州至上主義を内部に抱え込む矛盾を招くことになる。近代日本の知識人たちは欧州文明を至上とする考えを受け入れながらも、日本は非欧州文明の中で例外的な存在であるとしてこの矛盾を回避しようとした。更に欧州文明崇拝の反動から前近代の日本文化を崇拝する思想も生まれた。やがてこの二つは複雑に絡み合っていき、日本を欧州文明と中華文明の両方を乗り越えた独自の、最高の文明だとする日本至上主義へと繋がっていった。

[編集] 戦後

敗戦後はアメリカの強い政治的、文化的影響力の元日本は再出発することとなり、アメリカの文化は優れたものであるとして若年層を中心に広く受け入れられた。現在ではアニメなど日本独自の文化が世界に発進されていることもあり、欧米崇拝は和らいできているとの意見もあるが、それらも元来欧州文明の産物を日本化しただけに過ぎず、根本的解決にはなっていないとする意見も強い。日本の漫画における人物の顔立ちや髪形、ファッションにおける茶髪なども欧米崇拝の一面が現れているという見方があるが、すでにこれらの要素は日本で独自の変転をとげ、日本人に普及してしまっているため、逆に日本独特の文化と見られることも多い。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年10月16日 (金) 08:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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