ラクロス

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ラクロス (Lacrosse) とは、球技の一種。

目次

[編集] 概要

クロスと呼ばれる先に網の付いたスティックを用いて、直径6cm・重さ150gの硬質ゴム製のボールを奪い合い、相手陣のゴールに入れることで得点を競う。男子と女子ではその他のルールが著しく異なり、また用具も異なっている。漢字を当てて棒網球と表記される。

[編集] ラクロスの起源

オクラホマ・チョクトー族のラクロス競技。(1835年、ジョージ・カトリン画)
インディアンのラクロス選手の出で立ち。チョクトー族(左)、スー族(右)(1830年代、ジョージ・カトリン画)

ラクロスは、もともと北米のインディアン達が、自分たちの神との繋がりを深める儀式の一環として行ったり、部族間の争いの平和的解決に用いていたものである。彼らが行うラクロスは、試合前に呪い師によって必ず清めの儀式が行われる。白人の文献に登場したのは1637年のことである。

そもそものラクロスの起源は南東部とされ、スティックも一本ではなく、チョクトー族などは両手にスティックを持って競技を行った。試合の準備には数ヵ月がかけられ、インディアン達は試合前に徹夜で戦勝祈願の踊りを舞い、これに臨んだ。

これは各チームが1,000人以上になることもあり、ゴールとゴールの距離は短くて500ヤード(約460メートル)、長いときには数マイルにも及ぶ広大なフィールドで、戦闘や狩りに必要な耐久力、勇気を養うためのものだったと言われる。

これをフランス系の移民がスポーツとして採り入れ、五大湖地方の部族のワイアンドット族(ヒューロン族)が使用していたスティックが、キリスト教の僧侶の持つ杖 (crosse) に似ていたことから、フランス語定冠詞「La」を付けて「ラクロス (La-Crosse)」 と呼ぶようになった。

リッチモンド・ヒルの白人ラクロスチーム、「若きカナダ人たち」(1885年)

こうして1839年(天保10年)に、カナダに白人初のラクロスチームが誕生し、インディアンチームとの公式戦が開催された。結果は、インディアンチームの全勝だった。

現代競技としたのは、カナダのモントリオールの歯科医ウィリアム・ビアズで、彼はカナダとアメリカの国境付近に住むイロコイ族保留地(Reservation)でこの競技の魅力に取りつかれ、これをスポーツ競技として普及させた。つまり、一本のスティックを持って行う現在のラクロスは、イロコイ族のラクロス競技が基になったものである。

1869年(明治2年)、ビアズによって公式ルールブックが出版され、この年にカナダの国技に採用された。

[編集] 現代のラクロス

現在は1チーム男子10人・女子12人で、約100m×55mの競技フィールドで行われる。ゴールは183cm四方の正方形で、アイスホッケーと同様にゴールの裏もフィールドとして使うことができる。

プレーヤーにはアタック(AT)、ディフェンス(DF)、ミッドフィールダー(MF、ミディとも呼ばれる)などの役割分担があり、ゴールを守る選手はゴーリー(G)と呼ばれる。

クロスの先についた網(ポケット)の中でボールを揺すり、遠心力を利用して保持するラクロスに特有の動作のことをクレードルと呼ぶ。

世界的な競技人口は約60万人、日本では男女合わせて約25,000人とされる。4年に一度、男女それぞれワールドカップが開催される。

オリンピックではかつて公開競技として4回(1908年のロンドン、1928年のアムステルダム、1932年のロサンゼルス、1938年のロンドン)行われたことがある。

[編集] 男子ラクロス

男子ラクロス
男子ラクロスのフィールド
男子ラクロスのヘッド(クロスの先部分)

男子では、金属製のクロス、ヘルメット、ショルダー(肩及び胸部の防具)、エルボー/グローブ(腕部の防具)を用いる。トッププレイヤーのシュートは160km/hを超えることから、“地上最速の格闘球技”と呼ばれている。

1チーム10人で、アタック3人、ミッドフィールダー3人、ディフェンス3人、ゴーリー1人。そのうちオフェンス時は6人、ディフェンス時はゴーリーを含め7人で守らなければならず、残りのプレーヤーはハーフラインを超えることが出来ない(オフサイドルール)。

フィールドの大きさは100.6m×54.8m。ゴールの周りにはクリースと呼ばれる2.74mの円があり、オフェンスはクリースの中に入ってはいけないというルールがある。

1試合は20分×4クォーター。

クロスを用いて相手にプレッシャーをかけてもよく、アメリカンフットボールやアイスホッケーに似ている。ボールを保持している選手のグローブやクロスを叩くこと、タックルすることは可能。また、ルーズボール時にボールから半径3ヤード以内にいるプレーヤーに対しては、タックルが許されている。

ボールがフィールドの外に出た場合(アウトオブバウンズ)、通常は出したチームの敵方に渡されるが、シュートの場合は、ボールが出たときにボールに一番近かったプレーヤーのチームに渡される。そのため選手たちはシュートを外した後もボールを激しく追う。これをチェイスと呼ぶ。以前はシュート以外のアウトオブバウンズでも、ボールが出たときにボールに一番近かったプレーヤーのチームのボールとなっていたが、ルール変更により、よりわかりやすくなった。

選手の交代はフライと呼ばれ、交代エリアを使い何回でも交代は可能。フィールド内を全力疾走で駆け回るミッドフィールダーは2-3分おきにフライすることも多い。

選手が扱うクロスはポジションによって異なり、アタックやミッドフィールダーは動きやすさやクロスの振りの速さを重視して約1mのショートクロス、ディフェンダーは約1.8mのロングクロス、ゴーリーは網の部分が大きいゴーリークロスを使う。ディフェンス力強化のため、一部のミッドフィールダーがロングクロスを持つことも多く、ロングミディ(LMF)と呼ばれる。なお、試合中フィールド内でロングクロスを持つことが出来るのは4人まで。

試合中にファールが起きた場合は「エキストラ・マンダウン(マンアップ)」が発生する。ファールによってペナルティを課せられた選手が一時的に退場してゲームが再開されるシステムで、ペナルティを課せられたチームはペナルティが解除されるまでは相手よりも少ない人数でプレーすることになる。ペナルティによって人数が少なくなっている状態を「マンダウン」、相手のペナルティによって数的に有利になっている状態を「エキストラ」という。

ファールは大きく2つに分けられ、テクニカルファール(軽度のファール)とパーソナルファール(重度のファール)で課せられるペナルティタイムが変わる。テクニカルファールは、ルーズボール時もしくは味方がポゼッション(ボールをキープしている状態)している時に犯した場合は相手にポゼッションを譲るのみだが、相手がポゼッションしている時に犯してしまうと30秒のマンダウンとなる。パーソナルファールはいかなる状況であろうと1-3分のマンダウンとなる。ペナルティタイムはファールの種類、審判の判断により決まる。テクニカルファールは得点時に解除されるが、パーソナルファールは引き続き試合再開後も継続となる。

また、ファールが起きた場合でもファールを受けた側がボールを落とさない限り、審判はイエローフラッグ(黄色のハンカチ)を投げてファールが生じた事を知らせるのみでプレーを続行させる。これをスローホイッスルと言う。ボールが落ちた時に試合を止め「エキストラ・マンダウン(マンアップ)」へと移行する。

[編集] 女子ラクロス

女子ラクロス

女子では、木製や金属製のクロス、シャツ、巻きスカートがユニフォームとなる。以前はミニスカートとポロシャツが主流だった。ゴーリー以外は防具の類いを使用しないため、プレーヤーの体に対するチェックはルール違反となる。金属製のスパイクも着用が認められていない。また、フィールダー(ゴーリーを除くプレイヤーのこと)は全員マウスガード着用を義務付けられている。 昨今はボールスピードの向上により、アイガードを装着している選手も見受けられる。

1チームは12人(MFが5人いる)。男子同様オフェンス時は8人、ディフェンス時はゴーリーを含め9人で守ることになる。

フィールドの大きさは横110m×縦60mが望ましいとされており、グラウンドによって多少の縮小が認められている。クリースは3mで、女子の場合はディフェンス選手も入ってはならない。クリース前方に半径11mの扇形と半径15mの半円を引き、半径11mの扇形の中でファールが起きた場合は、ファールを受けた選手がフリーな状態(フリーポジション)でシュートを打つ事の出来る処置がとられる。この事をフリーシュートと呼ぶ。

1試合は25分ハーフで、ハーフタイムが10分ある。

なお、上記はあくまでも日本のルールであり、世界各国でもそれぞれにルールが異なる。

例えば、オーストラリアの全国大会では1チーム10人・30分ハーフで行われ、フィールドの選手もヘルメット着用を認められている。

[編集] プロリーグ

北米では男子ラクロスのプロリーグ「メジャーリーグ・ラクロス(Major League Lacrosse、略称:MLL)」が1999年に設立され、現在アメリカ合衆国5チーム、カナダ1チームの計6チームが1カンファレンス制で運営している。

[編集] 日本のラクロス

日本でも、明治時代から一部では知られていたスポーツだった。しかし、一般に広く知れ渡るようになったのはかなり遅く、1986年慶應義塾大学の男子学生(現在の日本ラクロス協会の早川氏、大久保氏ら)が日本で最初にラクロスチームを結成して以降である。その後マスコミ等に取り上げられ、わずか数年間で爆発的に競技人口が伸び、2006年時点で約360チーム存在する。

スポーツ競技の中では日本での普及の歴史がまだ浅いため、全国大会は他の競技のように社会人・一般/大学といった具合に明確に分かれてはいない。社会人・一般(クラブチーム)や大学チームの各地域リーグの代表が一堂に会して、男女それぞれ同じ時期に、ラクロス全日本選手権大会として行われている。大会初期は大学勢が強かった時代もあったが、現在では社会人クラブチームが強く、優勝チームは変わるものの、クラブチームが男子で9連覇中、女子で12連覇中である。2008年度(第19回大会)の男子優勝はFALCONS(東京)、女子優勝はFUSION(東京)であった。

学生の大会では、「一番歴史が古く実力がある」と云われているのが関東学生ラクロスリーグ(1部Aブロック・Bブロック制)で2008年度(第21回大会)男子優勝は伝統校慶應義塾大学、準優勝が東京大学。女子優勝は東京女子体育大学、準優勝は慶應義塾大学であった。

男子学生では慶應義塾大学が圧倒的に強く、過去21回の大会のうち優勝が16回、準優勝が4回、3位が1回という結果を残している。

他の男子実力校は早稲田大学日本体育大学一橋大学東京理科大学法政大学明治学院大学東海大学などで、女子実力校東京女子体育大学・慶應義塾大学・立教大学・東海大学・明治学院大学・日本女子体育大学などである。 また、慶應義塾大学男子はラクロス全日本選手権大会が開催されて以来、同大会には第1回(1990年)を除き、18年連続で出場している。(全日本選手権の最多出場記録となる)

高校にもチームが存在し、慶應義塾高校や海城高校がその例である。

[編集] ラクロス全日本選手権

過去の戦績
年度 男子 女子
優勝チーム MVP 優勝チーム MVP
第1回 1990年 青山学院大学 浅原秀介 東京女子体育大学 川村操
第2回 1991年 慶應義塾大学 入山隆明 関西学院大学 野村亜矢子
第3回 1992年 早稲田大学 北田慎一郎 東京女子体育大学 向田朋子
第4回 1993年 慶應義塾大学 二階堂雅一 関西学院大学 長久恵
第5回 1994年 慶應義塾大学 西川明音 関西学院大学 山本伸子
第6回 1995年 慶應義塾大学 佐々木順二 東京女子体育大学 飯塚佳代
第7回 1996年 ADVANCE-HANGLOOSE 小野寺大樹 WISTERIA 飯塚佳代
第8回 1997年 早稲田大学 竹内政範 WISTERIA 高田静江
第9回 1998年 慶應義塾大学 中村晃士 WISTERIA 細田恵
第10回 1999年 VALENTIA 丸山伸也 WISTERIA 高田静江
第11回 2000年 VALENTIA 大林英明 WISTERIA 高田静江
第12回 2001年 VALENTIA 山中英範 WISTERIA 市川亮子
第13回 2002年 VALENTIA 篠原貴彦 WISTERIA 吉澤明子
第14回 2003年 DESAFIO 前田昌宏 Sibylla 亀岡真美
第15回 2004年 VALENTIA 高橋浩平 WISTERIA 小林絹枝
第16回 2005年 DESAFIO 不明 CHEL 不明
第17回 2006年 VALENTIA 村松哲周 MISTRAL 和田亜紀子
第18回 2007年 VALENTIA 引地祥郎 MISTRAL 松井理紗
第19回 2008年 FALCONS 継渉 FUSION 中嶋千明
男子の主な記録
  • 最多優勝回数/VALENTIAの7回(2位は慶應義塾大学の5回)
  • 連覇記録/VALENTIAの4連覇(2位は慶應義塾大学の3連覇)
  • 過去、男子選手の全日本選手権MVP複数回受賞者はいない ※ただし2005年は不明
  • 決勝戦の最多得点記録/入山隆明氏の5得点(第2回大会)
女子の主な記録
  • 最多優勝回数/WISTERIAの8回(2位は東京女子体育大学と関西学院大学の3回)
  • 連覇記録/WISTERIAの7連覇(2位は関西学院大学とMISTRALの2連覇)
  • 全日本選手権MVP受賞回数/高田静江氏の3回(2位は飯塚佳代氏の2回) ※ただし2005年は不明
  • 決勝戦の最多得点記録/和田亜紀子氏の4得点(第16回大会および第17回大会) ※他数名が記録

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年11月17日 (火) 14:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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