ラジオ・チャリティー・ミュージックソン
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| ラジオ・チャリティー・ミュージックソン | |
|---|---|
| 愛称 | ミュージックソン・Mソン・ラジソン |
| ジャンル | チャリティー番組 |
| 放送方式 | 生放送 |
| 放送期間 | 1975年- |
| 放送時間 | 基本的に毎年12月24日正午-12月25日正午 |
| 放送局 | ニッポン放送 STVラジオ 青森放送 IBC岩手放送 ラジオ福島 ラジオ大阪 和歌山放送 中国放送 九州朝日放送 ラジオ沖縄 |
| 制作 | 各局の独自制作 |
| ネットワーク | NRN10局 |
| テーマ曲 | 「夢のトランペット」ニニ・ロッソ(全国ネット部分・ニッポン放送) |
『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』は、ニッポン放送ほかNRN系のAMラジオ局10局において、共同で実施している24時間(一部地域を除く)のチャリティーラジオ番組である。略称はミュージックソン、Mソン、ラジソン。
目次 |
[編集] 概要
一部時間帯を除き、ほぼ全体を自社制作としている企画ネット番組。局ごとに一部構成が異なるが、原則として毎年12月24日の正午から翌25日の正午まで生放送されている。主催は全国ラジオ・チャリティ・ミュージックソン実行委員会。幹事局はニッポン放送で、実行委員会の委員長も同社社長が務めるのが慣例となっている。
「目の不自由な方へ通りゃんせ基金を!」をテーマに募金を呼びかけるとともに、放送を通じて障害者への理解促進と思いやりの育成を図る目的の下で、各地からの中継を交えながら24時間放送している。
ニッポン放送・全国ネットで使用されるテーマソングは、ニニ・ロッソの『夢のトランペット』[1]。募金箱は銀色で、シンボルマークは耳の中にハートが描かれたものを使用している。
放送局によっては別のテーマソング・別の色の募金箱を使用する場合もある[2]。また、ラジオ大阪と九州朝日放送では、パーソナリティの呼称をマラソン選手に例え「ランナー」と言い換えている。
[編集] 誕生の経緯
1975年、ザ・ビートルズを日本に招聘するなど活躍していた内野二朗(当時キョードー東京社長)が音楽のパワーと社会を結び付けたいと考え、ニッポン放送に「メディアが、一年に1回ぐらい社会のために一日奉仕してもいいじゃないか。そこで、音楽をかけながら24時間募金を呼びかける、ミュージック・マラソン=ミュージックソンをやりたい。」と提案した[3]。
当初はTBSラジオ[4]や文化放送にも話を持ちかけたが、「既に編成を組んでいる」「既存のスポンサーから苦情が来る」などとして断られた。ニッポン放送も最初は断ったが、内野の熱意に応えて受諾、これがミュージックソンの始まりとなった。
また内容も今までにないチャリティーを目指して、「目の不自由な方へのチャリティー」という趣旨を定めた。その理由は、目の不自由な方の唯一の情報源がラジオだったからである。さらに募金の使途を、音の出る信号機を設置すると明確にし、1975年12月24日の正午、ニッポン放送・九州朝日放送・STVラジオの3局で『第1回ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』が始まった。
[編集] 募金の概要
この間は、各参加局の番組内で募金方法の告知を行っている。
[編集] 募金の受付方法
放送局や年度によって受付方法が異なるが、各放送局の窓口に直接持参・銀行振込(都市銀行[5]・地方銀行・インターネットバンキング)・インターネット専業銀行[6]・現金書留・ダイヤルQ2・インターネットオークション・商店(商店街・ショッピングモール・コンビニエンスストア・スーパーマーケット・個人商店等)・街頭募金・愛の泉[7]・ラジオカーでの募金[8]・クレジットカード[9]・携帯電話専用サイトでの募金と、多岐にわたっている。
また放送時間中に各局で設置している、募金受付の電話窓口でも募金方法を案内している。
[編集] 募金受付の仕組み
電話受付は一般公募された受付ボランティアスタッフ[10]や参加局の役員・社員が行っている。リスナーが電話窓口に募金予定金額を報告すると、1時間ごとに発表される募金総額に加算される。また、参加局によってはアナウンサーや番組に来たゲストが電話受付の手伝いをすることがあり、アナウンサーやゲストと電話がつながる事もある。その模様は、音楽やCM前のジングルのバックで流されることがある。
[編集] 募金金額の発表方法
各参加局で放送中の1時間ごとに、まず、参加局単位での募金総額の発表、続いて全国で寄せられた募金の総額の発表が行われる。ニッポン放送では、全国で寄せられた募金総額の発表だけが行われる。
[編集] これまでの募金受付件数・総額
2005年までの募金受付件数は375万6983件。2008年までの募金総額は38億8033万6583円。
[編集] 募金の使途
[編集] 通りゃんせ基金
寄付金は「通りゃんせ基金」として、音の出る信号機(音響信号機)の設置・声の図書(録音図書)の制作と購入・点字教室の運営に使われる。また、視覚障害者用の交通安全教材・立体コピー機・テレビ電話が可能な携帯電話・視覚障害者(児)用の教育器材・交通安全用手旗・デジタル録音図書編集用パソコン[11]などが視覚障害者の福祉施設に贈られる。この募金でこれまで、2797基(2009年11月現在)の「音の出る信号機」が全国各地に設置された。また、122タイトル、15万5610冊の録音図書を全国の点字図書館に寄贈し、視覚障害者の自立支援のための機器が関係施設に贈られた。
[編集] 音の出る信号機の寄贈の現状
なお信号機の寄贈は、財団法人全日本交通安全協会と各参加局が所在する都道府県の交通安全協会に寄付金が寄託され、そこから各参加局が所在する都道府県の公安委員会に寄贈される。設置費用は、およそ130万-150万円と高額であるため、設置台数は都道府県の公安委員会があらかじめ決められたものも含め数台程度となる。 首都圏にある「音の出る信号機」の約25%は、このキャンペーンに寄せられた浄財から生まれた。 しかし近年は既存の音の出る信号機の老朽化に伴う更新費用に充当されることが多いため、新規設置は増えていかないのが実情である。
[編集] 参加局
[編集] 特別編成
- 月-土曜日の25:00-27:00は、通常NRN系各局で「オールナイトニッポン」が放送されている時間帯であるが、本番組の放送時は「オールナイトニッポン」を休止する場合がある。
- JRNとNRNのクロスネット局であるRAB・IBC・RFC・WBS・RCCとNRN単独ネット局のSTV・OBC・KBC・ROKでも「オールナイトニッポン」だけではなく通常のレギュラー番組を取りやめ、ローカル番組ではそのままスライドして番組のスポンサーとして参加したり、ネット番組部分はCMのみフィラー扱いで番組のスポンサーとして参加している。また、クロスネットの5局は通常3:00-5:00に放送しているJRN系のJUNK ZERO(2007年度まではJUNK2)とあなたへモーニングコール[12]は休止されることが多い[13]。
- ミュージックソンに参加しない局は、どちらかの曜日のオールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティ、もしくはこの年のミュージックソンのメインパーソナリティが出演して募金を呼びかける特別番組として「オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」が放送される[14]が、スポンサーのCMは通常通り、もしくはフィラー送信を行う。また、ニッポン放送制作・全国ネットのワイド番組でも特別編成を行う場合があり、2007年には「東貴博のヤンピース」が特別編成で放送した。詳細は当該記事を参照。
[編集] 全国展開
[編集] 姉妹番組
- 2001年-2006年には、ニッポン放送制作のリレー番組『デジタル・チャリティー・ミュージックソン』[15]が、BSデジタルラジオLFX488(2001年-2005年)・地上デジタルラジオ実用化試験D95・Gyao(2006年)で放送されていた。
[編集] テレビ中継
- ニッポン放送がフジサンケイグループ傘下であることから、フジテレビの番組内でニッポン放送のスタジオと結んで生中継を行うことが毎年恒例となっている。
- 12月24日が月曜から金曜にあたる場合は「笑っていいとも!」内でもニッポン放送のスタジオと中継を行っていたほか、1997年の「笑っていいとも!クリスマス特大号」では当時火曜レギュラーの中居正広が番組のメインパーソナリティを勤めていたことから、当時お台場にあったニッポン放送のスタジオから中継を行った。
- また、2008年は12月24日にFNNスピークの関東ローカル枠にて、本番開始前にメインパーソナリティである萩本欽一の居るニッポン放送と中継を結んだ。
- 現在ではフジテレビめざましテレビの中でニッポン放送と相互中継を結ぶ[16]。
- また、「プロ野球ニュース」とも一部同時中継を行っており、主にヤクルトスワローズの選手などが登場して募金を呼びかけたり、フジテレビ・ニッポン放送の野球解説者らがニッポン放送のスタジオにゲスト出演していたことがあったが、2001年に「すぽると!」に変わってからは行われていない。
- 1998年-2000年はフジテレビ721で、ニッポン放送のラジオ・チャリティ・ミュージックソンが、スタジオのライブカメラ映像付きで同時放送された。通常は有料放送だが、広く募金を呼びかける為に無料で24時間放送した。
[編集] 歴代メインパーソナリティ一覧
主にニッポン放送を担当するとともに、全国共通のメインパーソナリティとして全国にもネットされる[17]。その一つが「声の握手」[18]コーナーで、全局ネットした場合は15分程度になる。ニッポン放送をキー局として全参加局にネットされ[19]、各参加局を結んでの活動報告と現在の天候などを交えながら中継。順番は北から南へ、またはその逆と交互に行われる。この時のBGMはニッポン放送のテーマ曲である「夢のトランペット」のアップテンポバージョンが使われる。なお、一部放送局では編成の都合上途中で終了する場合がある。各ネット局ごとのメインパーソナリティは後述。
[編集] 各放送局の概説
[編集] ニッポン放送
[編集] 特徴
- 例年、パーソナリティはニッポン放送と縁が深い著名人がつとめ、アシスタントとして同局のアナウンサーがつとめる。
- 一度ミュージックソンを担当したパーソナリティは数年後にも再びパーソナリティを担当している。
- 放送1週間前から当日まで、ニッポン放送の各ワイド番組の中である交通情報のテーマソングに『夢のトランペット』が使われる。
- 有馬記念の開催日と重なる場合は番組内で必ず競馬中継を挿入し、中山競馬場内に「愛の泉」を設置している。
- 新社屋に移転して初めての放送となった2004年からイマジンスタジオの見学が始まった。生放送中も本社1階玄関前の「愛の泉」に募金することができる[20]。
- 2007年はイマジンスタジオを見学しようと正午のスタート前には約1000人が列を作り、番組が始まった後も人の列は途切れることもなく、時には3-4時間待ちの状態になった。イマジンスタジオの見学は25日の午前11時頃に終了し、わかっている範囲でおよそ4万人がイマジンスタジオを見学した。また、携帯ラジオでミュージックソンを聴いている人たちが、有楽町近辺の飲食店や喫茶店に一時殺到し、どっと埋め尽くしていた。
- 2005年-2008年は、携帯電話サイトの会員向けサービスやビッダーズでインターネットオークションを実施し、売上金が寄付された。
[編集] 番組内容
- 1975年-1985年のメインパーソナリティは萩本欽一。メインパーソナリティを降板した1986年以降もニッポン放送のミュージックソンに訪れるのが恒例になっていたが、2008年に23年ぶりにメインパーソナリティに復帰した。
- 第3回の1977年には放送中にチャーリー・チャップリンの訃報が伝えられ、彼を深く尊敬していた萩本がオンエア中にもかかわらず思わず涙をこぼすハプニングがあった。
- 1976年に、日本民間放送連盟賞・放送活動部門(ラジオ放送活動)で入選。
- 1988年では、森光子と交流が深いスペシャルゲストとして美空ひばりが生電話出演し、歌を熱唱した。
- 1998年は、パーソナリティのレギュラー番組の時間帯(当時の、テリーとうえちゃんのってけラジオ枠)まで、ということから25日16時までの放送となった。
- 1999年は、放送時間を25時間に拡大した。
- 「ゆずのオールナイトニッポンSUPER!」を通じて路上ライブをしながら募金を集めてくれるリスナーを募集し、「ミュージックソン路上部隊」を結成。全国で300件以上の応募があり、クリスマスイブからクリスマス当日にかけて、各地の街角で路上部隊のメンバーそれぞれが歌いながら募金を集めた。その結果、全国各地において路上部隊で集めた募金は、番組で把握できた範囲では200万円を越えた。
- 2004年は、筑波盲学校からの中継で始まり、パーソナリティを担当していた笑福亭鶴瓶の希望により都内や横浜市内を歩き回りながら募金活動を行った。パーソナリティがスタジオを飛び出して活動するのは珍しいことであるが、予定になかった行動のため、当初は数時間だけ鶴瓶のアシスタントをする予定であったうえやなぎまさひこが、急遽24時間パーソナリティの代理を勤めることになった。結局うえやなぎは、直前に放送していた「うえやなぎまさひこのサプライズ!」から放送終了後の通常番組「うえちゃん・山瀬の涙の電話リクエスト」まで約32時間の生放送出演となった。
- また、この年は番組終了間際に電話回線が混雑する事態になったため、回線を増やし時間も午後1時まで延長した。またグランドフィナーレの後も有楽町のニッポン放送に多くの人が駆け付け、玄関前まであふれたため、番組終了後も募金を受け付けた。
- 2006年のテーマは「大切な人は誰ですか?」。
- この年は日曜日のため、通常は放送休止となっている午前1-5時も放送し、1-3時はSTVラジオにもネットした。また深夜3-5時は義家弘介がゲストパーソナリティを担当した。
- 2007年のテーマは「勇気を出してLOVE」。
- 2007年以降は「早起きGoodDay!」を休止して、5時まで「オールナイトニッポン チャリティー・ミュージックソン・スペシャル」を放送。
- 2008年のテーマは「やさしい気持ちでクリスマス」。
- 2009年のテーマは「夢をあきらめない!」
- メインパーソナリティの高橋とかつてドラマや舞台で共演した女優陣がミュージックソンの歴史で初めてリレー形式で出演予定。また、高橋と縁の深い俳優やお笑い芸人も多数出演予定。
[編集] STVラジオ
- 初回放送は1975年。
[編集] 特徴
- 番組が土曜日にまたがる場合は「ウイークエンドバラエティ 日高晤郎ショー」を優先して放送するため、番組を中断・延長したり早期終了する場合がある。ただし「声の握手」は放送される。
- 2008年までに北海道内で設置された「音の出る信号機」は127基。
[編集] 番組内容
- 2006年は、明石英一郎と牧泰昌がメインパーソナリティ。アリオ札幌にサテライトスタジオを設置し、24日19時まで明石の司会による公開生放送(途中スタジオの牧と中継を結ぶ)を行った。
- 2007年は特にメインパーソナリティを設けず、定時通常番組(一部を除く)を内包する形で放送を行った。そのため、25-29時はKAT-TUNの「ニッポン放送オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン」をネットした。
- 2008年は、12月24日正午-25日正午まで放送。
- 2009年は12月24日正午-25日正午まで放送予定。
[編集] 青森放送
- 初回放送は1980年。
[編集] 特徴
- ラジオ・テレビ兼営局では唯一、テレビとラジオの24時間チャリティー番組をともに放送している[21]。
- テーマ音楽はニッポン放送と同じく「夢のトランペット」が2005年まで使われていたが、2006年からは異なるテーマ音楽に変わり、2007年は2006年に番組内で制作した「君とうたう歌」(後述)のインストゥルメンタルが使われている。
- 2007年度・2008年度は、時間を拡大して放送された[22]。
- 2007年度まで青森県内で寄せられた募金総額は1億8205万1676円。募金をもとに設置された音の出る信号機の数は2007年まで56基で、青森県内で設置されている音の出る信号機の全体の4割がミュージックソンの募金で設置された事になる。
[編集] 番組内容
- 2004年までのメインパーソナリティは伊奈かっぺい。
- 2005年のメインパーソナリティはタカチャ。
- 2006年-2008年のメインパーソナリティは坂本サトルが3年連続で担当。
- 2006年-2008年の番組テーマは「きみとうたう歌」[24]。
- 2006年は坂本が出会って聞いた視覚障害者の話と、放送中に寄せられたリスナーからのメッセージを基にオリジナルソング「君とうたう歌」を制作した。
- 2007年のグランドフィナーレでは、出演者一同で「君とうたう歌」を合唱した。
- また、坂本が2007年のミュージックソンで出会った視覚障害者を再び訪れる、RABラジオスペシャル「坂本サトル 2007ラジソン・心のたび」という番組が2008年5月25日に青森県内にて放送され、第46回ギャラクシー賞・ラジオ部門で選奨に選ばれた。またこの番組は、CD「君と歌ううた」(後述)にカップリングとして収録された。
- 2008年11月22日には、たくさんの方々のご要望にお応えする形で「君と歌ううた」のCDが青森県内で限定発売され、CDの売上げの一部が番組に寄付され、青森県内の視覚障害者のための音の出る信号機設置に役立てられた。
- 2009年の放送時間は24日11:55-25日16:00の予定。
[編集] IBC岩手放送
[編集] 特徴
- テーマ曲は、ニニ・ロッソの演奏による「ソレアード」。
- メインパーソナリティは毎年IBCアナウンサーの大塚富夫が務める[25]。
- IBC本社内にある「IBCロビースタジオ」をメインスタジオとし、同局のアナウンサーがラジオカーに乗り県内を回りながら募金を呼びかける。
- IBCでミュージックソンを放送する場合、生ワイド番組などを移動・休止して24時間CMなしでお送りしている[26]。その場合、協賛しているスポンサー名だけを随時アナウンスしている。
- 2005年・2007年度は、コミュニティ放送局カシオペアFMもIBCの放送に参加し、番組の再送信を行った。
- 2008年度までにIBC岩手放送に寄せられた募金額は、4億1658万600円[27]。
[編集] 番組内容
[編集] ラジオ福島
- 初回放送は1977年。
[編集] 特徴
- 毎年、福島・郡山・会津若松・いわきの各都市に放送拠点を設け、それぞれの拠点より独立した内容で放送し、募金を呼びかけている。2007年度より放送拠点を福島・郡山に集約し、県内各地からの中継を折り込みつつ、両拠点より交互に放送する形式に変更した。
- 例年、放送中はCMも含め定時通常番組を休止している。[28]
- 毎年、サンタに扮したボランティア達がそれぞれのグループに分かれてリヤカーを引きながら募金を呼びかける「リヤカーサンタ」がある[29]。この活動が高く評価され、2004年11月に日本民間放送連盟賞放送活動部門(ラジオ)で入選した。
- これまで寄せられた募金額はおよそ4億3600万円に上る。[30]また、2008年度までに贈呈された音の出る信号機は148基。
[編集] 番組内容
[編集] ラジオ大阪
[編集] 特徴
- テーマ曲はオリジナル曲で、アップテンポで明るい感じの曲が使われた。
- 毎年、関西ローカルで活動している芸人・漫才師・落語家がパーソナリティになるのが恒例となっている。番組内でも、その人たちが漫才や落語などを行っていたりしているため、他局とは嗜好が違う印象を見受けられる。
- ラジオ大阪の場合、演歌・歌謡曲、アニラジの番組が多いことからそれらのジャンルの歌手がライブステージをすることも多い。また、番組内で、Vステとの連動企画を行っていたこともある。
- 放送日は特別編成のため、通常3:00-5:00に放送している「走れ!歌謡曲」と5:00-6:00に放送している「あなたへモーニングコール」の2番組は休止となる。
- また、Yahoo!チャリティーオークションを活用して募金を集めている。同局でパ-ソナリティをつとめる声優、アイドル、お笑い芸人の私物が出品されている。
[編集] 番組内容
- 2006年・2007年のメインランナーは梅田淳、サブランナーは原田年晴・和田麻実子が担当。
- 2008年は、12月24日の正午-25日の正午までの放送。
- テーマは「元気出して行こう!」。
- メインランナーは梅田淳、サブランナーは和田麻実子・松本恵治。募金隊リーダーは原田年晴が担当。
- 2009年度は、12月24日正午-25日正午まで放送予定。
- テーマは「スタート~さあ、始めよう!~」。
- メインランナーに梅田淳、サブランナーに和田麻実子・松本恵治、募金隊隊長に原田年晴が担当予定。
[編集] 和歌山放送
- 初回放送は1986年。
[編集] 特徴
- テーマ曲は、テレビ朝日がかつて使っていたANNのスポーツ番組のテーマ曲が長年使われていた。
- 毎年初日の11月1日前後に午前7時30分から午前8時30分まで、JR和歌山駅前と南海和歌山市駅前に和歌山放送のスタッフおよそ30人が出て、通勤・通学客に募金を呼びかけている[36]。
- 2008年まで和歌山放送に寄せられた募金額は累計で1億5571万7293円に上る[37]。また、2008年までに和歌山県と大阪府の南部に設置した「音の出る信号機」の数は88基で、「音の出る信号機」の設置率は和歌山県が全国1位である。
[編集] 番組内容
- 2006年のメインパーソナリティは小林睦郎、小田川和彦、赤井ゆかりの3人が担当。また、ゲストに太地町出身の書家田中太山を迎え和歌山近鉄百貨店1階特設スタジオから放送した。
- 2008年は12月24日正午-25日正午まで3部構成の形[38]で放送(一部時間帯を除く。[39])。
- テーマは「絆-きずな-」。
- パーソナリティは小川考夫と宮上明子が担当。
- メインの放送拠点は和歌山近鉄百貨店特設スタジオと本社・ブルースタジオ。
- 2009年は12月24日正午-25日正午の放送予定。
- テーマは「いま伝えたいこと」。
- 大切な人に心から伝えたいメッセージをハガキ・FAX・メール・留守番電話にて募集し、通常の生ワイド番組内や24時間の特別番組で紹介予定。
- メインパーソナリティはウインズ平阪と赤井ゆかりの予定。
- 放送拠点は和歌山近鉄百貨店特設スタジオの予定。
- また、24日には、JR和歌山駅から貴志駅までを結ぶ、和歌山電鉄貴志川線の2つの車両のうちの1つを、チャリティー「たま電車」として貸し切り、およそ30分にわたり運行予定で、応募で選ばれたリスナーと共にウインズ平阪が電車に乗り込み、ちょっとしたアコースティックライブを車内にて行われる予定。また、JR和歌山駅では貴志駅の名物駅長「たま」の様々な種類のグッズを販売するブースを臨時に設ける予定。
- テーマは「いま伝えたいこと」。
[編集] 中国放送
- 初回放送は2008年。
- RCC本社窓口と広島県内の4つの金融機関の本店、それに、広島県内のゆめタウン(毎年12月1日-)の12店舗に募金箱を設置、他にも、広島県内の4つの金融機関での銀行振込・現金書留で募金を受付。
- 2008年は12月24日正午-25日正午まで放送。(一部時間帯を除く。)
- メインパーソナリティは本名正憲・青山高治・横山雄二が時間別に交替で担当。
- アシスタントは藤村伊勢が24時間担当。
- ミュージックパーソナリティは森本ケンタが担当。
- また、水本まゆみがRCC本社ロビーの特設スタジオから、松本裕見子・大松しんじが、呉・大和ミュージアムからそれぞれパーソナリティを担当。
- その他、RCCラジオの各番組に出演しているパーソナリティがどこかの時間に登場した。
- RCC本社ロビーの特設スタジオを中心にゆめタウン広島1階西側広場と呉・大和ミュージアム4階に特設ステージを設置し、公開生放送を行い、同時に県内各所からの中継を行った。
- RCCミュージックソンオリジナルテーマソングは森本ケンタが作詞・作曲を手掛けた、「結(ゆい)」。これは森本ケンタ自身が広島県立広島中央特別支援学校を訪問し、そこで生徒たちと交流し、それを基に制作した曲である。この曲は2008年のグランドフィナーレにて森本自身が視覚障害者のみで構成される地元の合唱グループとの共演にて初披露された。
- 2008年に広島県内で集まった募金額は342万9753円。その募金の中から音の出る信号機が広島市東区の広島県立広島中央特別支援学校近くの交差点に設置された。この場所はもともと朝と夕方の時には交通量が多くなるため、生徒の通学の際に安全に渡れるようにと以前から設置の要望が学校側からあったが、近くには、住宅が建ち並んでいたため、従来方式の音の出る信号機を設置した場合、住んでいる方々の迷惑になるため、なかなか設置することができなかった。しかし、新しい方式[40]の音の出る信号機を設置することとなり、中国放送が広島県視覚障害者団体連合会と広島市視覚障害者福祉協会の2団体の代表者と協議を行い、広島県警との調整で設置が実現したものである。
- 2009年は12月24日正午-25日正午まで放送予定。(一部時間帯を除く。)
- メインパーソナリティはアンガールズ、アシスタントは吉田千尋が担当予定。
- パーソナリティは2008年にメインパーソナリティを担当した本名正憲・青山高治・横山雄二、2008年にアシスタントを担当した藤村伊勢、さらに、桑原しおり・寺内優・吉田幸が、担当予定。
- ミュージックパーソナリティは2008年に引き続き森本ケンタが担当予定で、RCC本社ロビーの特設スタジオとゆめタウン広島・特設ステージの2か所でライブを行う予定。
- スペシャルゲストに川島あい(24日のみ)の予定。
- RCC本社ロビーの特設スタジオとゆめタウン広島・特設ステージからの公開生放送と県内各地からの生中継を行う予定。
- また、2008年に引き続きRCCラジオの各番組に出演しているパーソナリティもどこかの時間に登場予定。
[編集] 九州朝日放送
- 初回放送は1975年。
[編集] 特徴
- メインランナーは同局パーソナリティが毎年務める。
- 近年は時間を延長して放送することが多く、2004年は30時間放送される事もあった。
- 2004年-2008年は、大丸福岡天神店(エルガーラ・パサージュ広場)にメイン募金会場を設置。そのほか、北九州会場[41]、KBC本社・北九州支社、口座振込、現金書留、郵便振替、北部九州のゆめタウンの各店舗でも募金を受け付けている。なお、2006年は福岡県自動車整備振興会の各事務所でも募金を行った。
- 2008年から携帯電話で募金の受付を行う「ケータイdeチャリティー募金」[42]を、開始した。
- 2008年までに、福岡県内で集まった募金は3億1223万2354円、その募金から音の出る信号機が設置されたのは173基、これは福岡県内に設置されている音の出る信号機のおよそ3割がミュージックソンの募金で設置されている。
[編集] 番組内容
- 1988年のメインランナーは富田薫が担当。
- 1989年のメインランナーは安田栗之助が担当。
- 1990年・1991年のメインランナーは奥田智子[43]が担当。
- 1992年・1993年はKBCアナウンサー陣がリレー形式でメインランナーを担当。
- 1994年のメインランナーは二木清彦が担当。
- 1995年のメインランナーは二木清彦と富田薫が担当。
- 2004年は、この日に福岡ソフトバンクホークスが誕生したことから、随時ホークス関連情報を放送した。
- 2005年は、12月24日12:00-12月25日15:00までの27時間の放送。
- メインランナーは宮本けいすけと中島浩二が担当。
- 2006年-2008年は、12月24日11:00-12月25日12:00までの25時間の放送。
- 2005年-2008年のテーマ曲は永山尚太が手掛けている。
- 2005年のテーマ曲は「幸い住む鳥」。
- 2006年のテーマ曲は「ありがとう」。
- 2007年のテーマ曲は「ぼくらの道」。
- 2008年のテーマ曲は「掌〜てのひら」。
- 2009年は、12月24日11:00-12月25日12:00まで放送予定。
- メインランナーは宮本けいすけと宮島咲良、ゲストランナーは松村邦洋の予定。
- テーマ曲は永山尚太が作曲、福岡高等盲学校の生徒たちが作詞[44]の楽曲の予定。
[編集] ラジオ沖縄
- 初回放送は1986年。
- 2004年は、宮田隆太郎が沖縄県内各地を自転車で移動しながら募金を呼びかけた。
- 2006年-2008年のメイン会場は、パレットくもじ前広場。
- 2006年・2007年のメインパーソナリティはROKアナウンサーの小磯まことと森田弘美。
- 2008年のメインパーソナリティは、ROKアナウンサーの小磯まことと金城奈々絵。
[編集] 関連項目
- 日本の長時間特別番組一覧
- デジタル・チャリティー・ミュージックソン
- オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン
- 24時間テレビ 「愛は地球を救う」(日本テレビとNNS系列29局及びテレビ宮崎と沖縄テレビで放送。青森放送ではこちらも放送)
[編集] 脚注
- ^ 邦題が同名の曲があるが、本番組で使用されているのは原題がCapricio romanticoのものである。
- ^ 実際、ラジオ大阪では同局オリジナルのテーマ曲、和歌山放送でも別の楽曲をテーマ曲として使用している。
- ^ また、この関係からザ・ビートルズのライブが行われていたといわれる、同局の地下スタジオをジョン・レノンの楽曲から取って「イマジンスタジオ」と名付けられた。また、同局では現在、この「イマジンスタジオ」でミュージックソンの生放送と生電話・募金受付を行っている。
- ^ 当時東京放送はラジオ・テレビの兼営だった。
- ^ ニッポン放送のみメガバンクのうち、みずほコーポレート銀行・三井住友銀行・東京三菱UFJ銀行の3行に専用の受け入れ口座が開設されている。なお、全国各地にある金融機関からも前述の専用口座に振り込むことができる。
- ^ ニッポン放送のみかつてイーバンク銀行が2005年まで募金を受け付けていたが、2008年はSBIHDと住信との合弁で設立され、この年から本営業開始となった住信SBIネット銀行が募金を受け付けを行い、同時にキー局のニッポン放送での番組スポンサーとして参加。
- ^ 各所に設けた募金受付会場の愛称。
- ^ 24時間の放送中に募金を受け付ける。
- ^ ニッポン放送において、JCBは同番組のメインスポンサーの常連として知られている。
- ^ ニッポン放送の場合は約30人。
- ^ これまで寄贈された従来の声の図書をデジタル・フォーマット(主にCD)に新しく変換する機材。
- ^ 2006年度は、青森放送とIBC岩手放送では通常通り「あなたへモーニングコール」が放送された。
- ^ RCCラジオの場合、通常なら深夜3時からの「日野ミッドナイトグラフィティ 走れ!歌謡曲」が放送されるが、2008年度の場合は休止された。
- ^ 一部の参加局は通常通り「オールナイトニッポン」を放送する場合もある。
- ^ 2001年以外は主に12月23日正午-24日正午からの放送。
- ^ 2007年は6:30過ぎの中継であったが、2008年度は5:52頃からであり、一部地域では視聴できなかった。
- ^ 主に「声の握手」コーナーと、ニッポン放送制作の番組(「オールナイトニッポン」など)を生放送でネットしている放送局。
- ^ 年度によりコーナーの時間は変わってくる。
- ^ NRNのラインネットの形になる。
- ^ 2007年まで、イマジンスタジオでの見学が24時間可能だった。
- ^ かつてはSTVも同様だったが、ラジオ部門を分社して別会社となったため、現在は青森放送のみとなった。
- ^ 2007年度は24日11:55-25日17:00、2008年度は24日11:55-25日16:00。
- ^ 2006年度は『詩織ふれあい号』のほかトリオ・ザ・ポンチョスが乗り込んだ『トリオ・ザ・ポンチョスふれあい号』を運行。2007年度以降は『詩織一座』として運行している。
- ^ 2007年のみテーマが「君とうたう歌、そして」だが、3年間企画内容が一貫しているため「きみとうたう歌」と記す。
- ^ ただし、2007年度は大塚が病気の手術を行い、その際に声がうまく出ず、手術後の治療が必要だったため、翌年の2月中旬まで休んだ。そのため水越かおるが“臨時”メインパーソナリティとなった。
- ^ ただし、夕方の「ニュースパレード」と「ネットワークトゥデイ」、並びに、朝の「歌のない歌謡曲」は通常通り放送するが、「歌のない歌謡曲」の場合CMなしで、替わりにリスナーからのメッセージを紹介している。
- ^ 2008年度に寄せられた岩手県内の募金額は1330万205円。
- ^ 2007年度からは定時通常番組スポンサーのCMを放送した。
- ^ 2007年のリヤカーサンタには300名のボランティアが参加し県内を10グループに分かれて巡回。2008年のリヤカーサンタには150名のボランティアが参加し県内を11グループに分かれて巡回。
- ^ 2008年の募金額は962万7242円である。
- ^ 2002年9月から福島を拠点に活動しているシンガーソングライター。
- ^ aveは一部作曲も手がけている。
- ^ 2002年から福島を拠点に活動しているアコースティックデュオ。
- ^ この曲は2007年に地元百貨店のクリスマスキャンペーン・イメージソングとして創られた曲で、今回、2009年のミュージックソンのテーマソングに起用された。
- ^ 24日が日曜日にあたり、レギュラー番組の中央競馬中継(11:00-16:00)が編成の都合上休止できず、さらに競艇の賞金王決定戦競走中継(16:00-17:00)も重なったため。
- ^ 2009年は、10月30日午前7時半からJR和歌山駅前と南海和歌山市駅前に和歌山放送の社員およそ40人が、通勤・通学客に募金を呼びかけた。また、JR和歌山駅前では、和歌山放送のアナウンサー数人が社員と共に、募金を呼びかけた。
- ^ 2008年(第23回)の募金額は439万9882円だった(2007年度の繰越金を含む)。
- ^ 昼の部(第1部)は24日正午から、夜の部(第2部)は24日19時から、朝の部(第3部)は翌25日9時からそれぞれ放送。
- ^ 24日の16時10分-19時まではニュース今日あす(通常は平日16時40分-18時30分、なお、月曜日は終了時間が10分早くなる。)を、また、翌25日6時30分から朝からつれもてを放送した。
- ^ 視覚障害者が押しボタン箱から出される音を頼りにボタンを押すと、次の青信号で自動的に音が出て、同時に渡れる時間が長くなるという方式を採用している。
- ^ 2006年は「チャチャタウン小倉」、2007年-2009年は小倉駅構内。
- ^ 2008年はNTTドコモの携帯のみで募金を受け付けていたが、2009年はKDDIの携帯電話ブランドであるauとSoftbankの携帯を新たに加え、募金を受付。なお、2008年のケータイdeチャリティー募金では3ヶ月で23万8850円が集まった。
- ^ KBCではミュージックソンで初めての女性メインランナーである。
- ^ 永山尚太が曲を作り、それを福岡高等盲学校の生徒たちが聴いて、そこから連想される詩を書いてもらい、永山自身がそれぞれの生徒が書いた詩を一つにまとめ、さらに、一部の詩が曲調に合うように、多少、曲の手直しを加え、最後に仕上げの編曲作業を行い、1つの曲が完成する。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年12月5日 (土) 22:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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