ラターシャ・ハーリンズ

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ラターシャ・ハーリンズLatasha Harlins, 1976年 - 1991年3月16日)は、アフリカ系アメリカ人の少女。韓国系アメリカ人の商店で買い物中、店主によって射殺された。15歳であった。日本の一部テレビ番組やマンガ嫌韓流では万引き犯と描写されているが、実際には窃盗・万引きの事実はない

[編集] 概要

この事件はロドニー・キングがロス市警の白人警官らに殴打されたわずか13日後に起き、ロス暴動を引き起こした極めて重要な要素として、ロドニー・キング事件と同様に取りあげられることが多い。

事件の韓国系商店はいつもは女性店主Soon Ja Duとその夫、およびその息子が経営していたが、事件の起きた1991年3月16日、息子はギャングに殺人予告状を出されていたために不在、また夫は休憩のために店頭にいなかった。

全米の報道番組に繰り返し放映された警備用ビデオ映像により、15歳のアフリカ系アメリカ人であったラターシャ・ハーリンズは瓶ジュースを自分のバックパックに入れたことが確認できる。その一方で、ハーリンズは手に支払いのための小銭を握っていた。この店は度重なる万引きや強盗被害に悩まされており、バックパックに商品を入れた現場を見咎めた店主はハーリンズのセーターをつかんで対峙した。ハーリンズは店主の顔面を4回ほど殴打したが、その一方で店主も椅子を投げつけるなどして応戦したため、ハーリンズは引き下がってオレンジジュースをカウンターに置き、店から去ろうとした。しかし、出て行こうとするハーリンズを見た彼女はすばやく銃をつかみ、背後からハーリンズを射撃したあと気絶する。休憩中だった夫は銃撃音を耳にして店頭にかけつけ、血まみれのハーリンズを見つけて救急車を呼んだ。しかし、すでにハーリンズは事切れていた。頭部を射撃され、ほぼ即死であったという。

彼女は第三級謀殺(故殺)によって逮捕告発され、同年11月に有罪宣告を受けた。陪審員は懲役16年を要求していたにも関わらず、その判決は5年間の保護観察処分と400時間の社会奉仕、およびわずか500ドルの罰金という異様に軽いものであった。

この判決はすでに存在していたアフリカ系アメリカ人による韓国系住民に対する緊張をさらに高め、ヘイトクライムを巻き起こした。ロス暴動の際に、韓国系商店の多くが襲撃、放火された最大の要因が本事件であるともいわれる。

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最終更新 2009年11月8日 (日) 13:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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