ラッキーソブリン
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| ラッキーソブリン | |
|---|---|
| 英字表記 | Lucky Soverign |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1974年 |
| 死没 | 1997年7月25日 (23歳没・旧24歳) |
| 父 | Nijinsky |
| 母 | Sovereign |
| 生国 | |
| 生産 | R B Moller |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 15戦1勝 |
| 獲得賞金 | 1万3992ポンド |
ラッキーソブリン(Lucky Soverign)はアメリカ合衆国生産、イギリス調教の競走馬、種牡馬。1978年に種牡馬として日本に輸入され活躍した。
目次 |
[編集] 経歴
競走馬時代はイギリスとアイルランドで走り15戦1勝。唯一の勝利はG3のダンテステークスで挙げたもので、ほかアイリッシュダービーで2着等の成績がある。3歳をもって競走馬を引退し、翌1978年に種牡馬として日本に輸入された。
初年度産駒からシンウルフがスプリンターズステークスに優勝して重賞を制すると、3年目の産駒ロングハヤブサが阪神3歳ステークスを制し、さらに翌年スズマッハが東京優駿で2着となるなどの活躍を見せ、同世代、同年に種牡馬入りしたマルゼンスキーと共に日本におけるニジンスキー系種牡馬の代表格となった。GIをいくつも優勝するような華々しい活躍を示す産駒はいなかったが、総じて勝ち上がり率が良好で堅実な成績を残すことから人気種牡馬の1頭となり、種牡馬ランキングでも上位の常連となった(最高全国4位・1989年)。1990年代半ばからは徐々に新鋭の種牡馬に押されはじめ直仔の活躍は減ったが、以降も母の父として一定の影響力を残している。
現在その後継は残っていないが、初年度産駒シンウルフは種牡馬として九州で繋養され、同地で多数の配合相手を得て、1980年代から1990年代半ば辺りまでは九州産馬の代名詞的な存在であった。
[編集] 主な産駒
- シンウルフ(1979年産 スプリンターズステークス)
- ロングハヤブサ(1981年産 阪神3歳ステークス、デイリー杯3歳ステークス、マイラーズカップ、阪急杯)
- スズマッハ(1981年産 エプソムカップ、東京優駿2着、安田記念2着)
- ホウエイソブリン(1984年産 セントウルステークス)
- ラッキーゲラン(1986年産 阪神3歳ステークス、毎日王冠、函館記念)
- ラビットボール(1987年産 中山牝馬ステークス)
- ニホンピロラック(1988年産 東京障害特別・秋)
[編集] 主なブルードメアサイアー産駒
※GI競走優勝馬のみ記載
[編集] 血統表
| ラッキーソブリンの血統 ニジンスキー系 / Nearco4×4=12.50%、Pharos5×5*5=9.38%) | |||
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父
Nijinsky II 1967 鹿毛 |
Northern Dancer 1961 鹿毛 |
Nearctic | Nearco |
| Lady Angela | |||
| Natalma | Native Dancer | ||
| Almahmoud | |||
| Flaming Page 1959 鹿毛 |
Bull Page | Bull Lea | |
| Our Page | |||
| Flaring Top | Menow | ||
| Flaming Top | |||
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母
Sovereign 1965 鹿毛 |
Pardao 1958 栗毛 |
Pardal | Pharis |
| Adargatis | |||
| Three Weeks | Big Game | ||
| Eleanor Cross | |||
| Urshalim 1951 鹿毛 |
Nasrullah | Nearco | |
| Mumtaz Begum | |||
| Horama | Panorama | ||
| Lady of Aran F-No.3-c | |||
父はイギリスの三冠馬。詳しくは同馬の項を参照。母ソヴリンはイギリスで9戦5勝。コロネーションステークスなどを制し、1967年のイギリス最優秀2歳牝馬に選出されている。祖母もモルコムステークス優勝など短距離で活躍した馬である。叔母と従妹にもアイリッシュ1000ギニーの優勝馬ラッカーとフェイヴォレッタがおり、ほか近親に多数の活躍馬がいる。
最終更新 2009年5月9日 (土) 23:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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