ラヤー・ガールブゾヴァ

ラヤー・ガールブゾヴァの最新ニュースをまとめて検索!

ラヤー・ガールブゾヴァロシア語: Ра́я Га́рбузова / Raya Garbousova, 1909年9月25日 [1] トビリシ1997年1月28日 , イリノイ州ディカーブ)は、アメリカ合衆国の女性チェリスト・音楽教師。

[編集] 略歴

グルジアに生まれる。1923年モスクワで公式デビューを果たした後、1925年ソビエト連邦を出国し、ヨーロッパを生活と演奏の拠点とする。1935年に初めてニューヨークシティで演奏会を開く。1939年アメリカ合衆国に移住。1948年心臓病学者のカート・ビスと結婚してイリノイ州ディカーブ(DeKalb)に定住。

ガルブゾヴァは、演奏家としての経歴を通して、世界の主要なオーケストラや指揮者の数々と共演してきた。ガルブゾヴァを知る人の多くにとってその名前は、とりわけサミュエル・バーバーのチェロ作品に結び付けられている。バーバーはガルブゾヴァのために《チェロ協奏曲》を作曲しており、ガルブゾヴァはセルゲイ・クーセヴィツキーの指揮とボストン交響楽団との共演で、1946年にその世界初演を行なった。バーバーの《チェロ・ソナタ》のガルブゾヴァによる録音も、同じようなつながりで有名である。

1991年に引退するまで、1973年より北イリノイ大学で後進の指導に当たった。他にもコネチカット州ハートフォードのハート音楽大学でも教鞭を執っており、さらに主要な音楽学校で数多くのマスタークラスを主宰した。

息子ポール・ビスはヴィオラ奏者となり、ヴァイオリニストのミリアム・フリードと結婚した。孫のジョナサン・ビスはピアニストである。

[編集] 註記

  1. ^ 資料ごとに生年月日に相違があり、1906年9月25日生れ説や、1905年10月10日生れ説がある。本稿はガールブゾヴァの自己申告に基づいている。詳しくは、こちらのサイトを参照の事。

最終更新 2009年10月12日 (月) 00:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ラヤー・ガールブゾヴァ】変更履歴

ご利用上の注意