ラルト
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ラルト(Ralt)は、イギリスのレーシングカーコンストラクター。
[編集] 概要
元々はジャック・ブラバムと共にF1のブラバムチームを創設したエンジニアのロン・トーラナックが1974年に設立。トーラナックは、ジャック・ブラバムが1970年に引退しオーストラリアに帰った後チームの運営を任されていたが、直後の1972年にバーニー・エクレストンにチームを売却し、しばらくフランク・ウィリアムズのF1プロジェクト等に関わった後に自らのガレージとしてラルトを設立した。
設立後しばらくはF2やF3用のシャシーを開発・製造しトールマンなどに供給。1980年にホンダがF2へのエンジン供給を再開すると、トーラナックはブラバムのエンジニア時代にホンダの川本信彦らと一緒に仕事をしていたことがあった関係からそのワークス・チームとなり、1981年にはラルト・RH6を駆るジェフ・リースがヨーロッパF2のシリーズチャンピオンに輝く。その後1983年にはジョナサン・パーマーが、1984年にもマイク・サックウェルがシリーズチャンピオンを獲得するなど全盛期を迎えた。
しかしトーラナックの作るマシンは、良く言えば堅実な作りではあったもののライバルであるマーチ等に比べるとやや古臭いデザインであったこと、またトーラナックはエンジニアとしては優秀であったもののチームマネージャーとしては必ずしも優秀とはいえない部分があったことなどから、ホンダ側はラルトに不満を抱えるようになり、結果川本は1982年にマーチから主力エンジニアを引っこ抜いてスピリットを設立させるなど、徐々にラルトの関係を薄めていくことになる。
その後ラルトはF3やF3000用のマシンを開発するものの、それらは1980年代後半に入りマーチに代わって台頭してきたローラやレイナードらのマシンに比べると性能面で劣っていたことから、ラルトの経営は徐々に傾き始める。1989年にはマーチの傘下に入り経営再建を図るが、当のマーチ自体がレイトンハウスによる買収とバブル崩壊に伴う経営難により1992年に実質的に消滅してしまったことから、1993年にラルトは売却され、トーラナックもそれを機に一線を退いた。
その後はアメリカのフォーミュラ・アトランティックシリーズ用のワンメイクシャシーの製造などを行っていたが、1998年には久々にF3用のシャシーを開発。しかし当時既にF3の世界で寡占的な地位を持つに至っていたダラーラの前には太刀打ちできず、2003年に登場したF303を最後にF3用の新車は登場していない。

