ランボルギーニ・イオタ

ランボルギーニ・イオタの最新ニュースをまとめて検索!

Lamborghini Miura SV J Spider(イオタモデルのミウラ

ランボルギーニ・イオタLamborghini Jota)は、ランボルギーニ社が1969年に1台だけ製造した実験車両(通称「J」)、および同社のミウラをもとに製作された「J」のレプリカ車両の通称である。

目次

[編集] 名称について

この車両は製造当初、競技規定の付則J項にちなんでJと呼ばれていた。その後、この個体の存在が広く知られるようになると、外見が良く似た「ミウラ」を改造して「J」に似せた個体がランボルギーニ社内外で生み出されるようになった。これらの個体はローマ字の「J」をスペイン語読みした「イオタ」と呼ばれるようになり、そこから派生してオリジナルの「J」も「イオタ」と呼称されるようになった。

[編集] オリジナル「J」

[編集] 概要

この頃、ランボルギーニ社の走行実験を担当していた部署の最高責任者はボブ・ウォレスという人物であった。この人物の指揮の下、FIAのアペンディックスJ項(車両規定項目)のプロトタイプ・クラス車両規則を満たしながら製造された実験車両が、オリジナルの「J」である。

オリジナルの「J」は外見や寸法、パワートレインをミウラから流用していたが、一方で車両の基本となるシャーシ部分はリアセクションの一部を除き、サスペンションの形式もサスペンションのジオメトリもステアリングラックのマウント位置も全く異なる独自の設計を採用していた[1]。トレッドも広げられており、ブレーキもベンチレーテッド・タイプのディスクとされた。ホイールはフロント9インチ、リア12インチ幅のもので、カンパニョーロ製である。

シャーシの材質は鋼鉄であるが、部分的には軽合金も使用して軽量化が図られていて、シャシーとボディーパネルはブラインドリベットで接合されている。パネル表面の多数のリベットは薄いアルミのエッジからの破断防止のために打たれており、このリベットが「J」や「イオタ」とミウラの外観上の大きな差異にもなっている。

ボディーはヘッドランプがミウラのポップアップ式からプレクシグラスで覆われた固定式に変更されている。フロントのグリル面積も拡大され、グリルの両側にはチンスポイラーが追加された。給油口もフロントフェンダーに露出する形に変更された。スペアタイヤや実用性のないトランクも装備されているが、これらは当時の競技車両規定を満たすためのものであった。

エンジントランスミッションはベースとなるミウラと同じく横置のジアコーザで排気量も3,929ccのままである。ただしオイル供給方式はドライサンプに変更されている。圧縮比のアップとキャブレター変更により公称の最高出力は440HP/8500rpmとなった。

[編集] 「J」の売却

オリジナル「J」はボブ・ウォレスのチームによって3万キロほどの走行実験を行った後[2]、シャシーNo.4683を与えられ[3]、ジャリーノ・ジュリーニと言う人物に売却されてしまう。それから約1年半後、ジェリーノから数えて3人目のオーナーが点検に出した際、ディーラーのメカニックマンがオーナーの許可を得ないままミラノ東部にある開通前のブレシア高速道路に持ち出し、横転事故を起こして車両火災が発生。「J」は廃車となってしまった。


乗車していた人物は1ヶ月程の入院となったが、オリジナル「J」は修理不能な程のダメージを負い、その残骸はランボルギーニ社が回収した後、エンジン等の再生可能パーツを取り外して別の固体に載せ変えたと言う。

この個体に搭載されていたエンジン、No.4878は現在アメリカの個人オーナーが愛車のミウラに搭載している。[4]

[編集] レプリカ

オリジナル「J」の売却を遡ること約1年の時期に、ランボルギーニ社はミウラを元にした「J」のレプリカを数台製造した。これらのレプリカはSVJの名で生産証明が発行された。現在の所、(株)ネコ・パブリッシング刊「Rosso」の取材により、シャシーNo.4088、4860、4934、4990、5084、5090、5113の7台がSVJという見解になっている。またシャシーNo.4808、4892、5100も、SVJに非常に近く調査中である。[5]

また、1974年にはミウラSをベースに1台のレプリカが作成されている。シャシーNo.3781の、この1台は当時の最新ロープロファイルタイヤ「ピレリP7」装備のため、後輪用にノーマルと同じパターンのディープリムホイールがカンパニョーロ(現テクノマグネシオ社)によって作られ、それに合わせてリアフェンダーがかなり拡げられている。西ドイツ在住のオーナーは納車後に自分の経営するカーディーラーでレカロ社のシート、AUTOFLUGのシートベルト、ブラウプンクトのオーディオ、BBSのホイール、リアウイングを取り付けた。この車はSVRと呼ばれ、一人のオーナーを経て当時30万米ドルで日本人に売却された。

このように、現在存在する「イオタ」は全てレプリカということになる。先述のランボルギーニ純正のレプリカ以外にも、オーナーによりイオタ化されたミウラも多数存在する。ちなみに、イタリアで作成されたシャシーNo.3033のミウラは、各部を可能な限りオリジナルのイオタに近い状態に改造されており、クローン・イオタと呼ばれている[要出典]

[編集]

  1. ^ 福野礼一郎『福野礼一郎スーパーカーファイル』双葉社、2008年、130-133ページ
  2. ^ 同上
  3. ^ シャシーNo.5084というのが全世界的な通説であったが、(株)ネコ・パブリッシング刊「Rosso」の取材で正しいNoが明らかになった。
  4. ^ (株)ネコ・パブリッシング刊「Rosso」2008年11月号35ページ参照
  5. ^ 現存する「SVJ」には「jota」のスクリプト(バッジ)が取り付けられているが、これらは全てオーナーが独自に取り付けたものである

[編集] 関連項目


ランボルギーニ S.p.A. ロードカータイムライン 1962-
タイプ 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代
4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
MR V12 ミウラ カウンタック ディアブロ ムルシエラゴ
イオタ レヴェントン
V8/V10 シルエット ジャルパ ガヤルド
2+2 ウラッコ
FR GT 350GT
2+2 400GT イスレロ ハラマ
エスパーダ
SUV LM002
オーナー フェルッチオ・ランボルギーニ ロゼッティ, レイマー イタリア政府管理下 ミムラン クライスラー メガテック, Vパワー アウディ
レーシングカー: ランボルギーニ・イオタ(1969)
コンセプトカー: ランボルギーニ・エストーケ(2008)
人物: フェルッチオ・ランボルギーニマルチェロ・ガンディーニ・ルーク・ドンカーヴォルケ
公式WEBサイト: Automobili Lamborghini Holding Spa

最終更新 2009年9月28日 (月) 19:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ランボルギーニ・イオタ】変更履歴

ご利用上の注意