リック・バリー
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リック・バリー Rick Barry |
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|---|---|
| 名前 | |
| 本名 | Richard Francis Dennis Barry,III |
| 愛称 | リック |
| ラテン文字 | Rick Barry |
| 英語 | Richard Francis Dennis Barry,III |
| 基本情報 | |
| 国 | |
| 誕生日 | 1944年3月28日 |
| 出身地 | ニュージャージー州・エリザベス |
| 身長 | 201cm |
| 体重 | 93kg |
| 選手情報 | |
| ポジション | フォワード |
| 背番号 | 24 (永久欠番) |
リチャード・フランシス・デニス・バリー3世(Richard Francis Dennis Barry, III, 1944年3月28日 - ) 通称リック・バリー (Rick Barry)はアメリカ合衆国の元バスケットボール選手である。プロバスケットリーグABAおよびNBAで活躍した往年の名選手である。また、NCAA、ABA、NBAのそれぞれで得点王に輝いた唯一の選手である。1987年にバスケットボール殿堂入りした。アメリカ合衆国ニュージャージー州エリザベス出身。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] カレッジ時代略歴
ニュージャージー州で生まれ育ったバリーは1961年に地元のロゼリーパーク高校を卒業するとマイアミ大学に進学した。高校時代では2度州代表に選ばれた事もあるバリーは大学でもずば抜けた選手であった。1965年にはアソシエイテッド誌の選ぶオールアメリカファーストチーム、スポーティングニュース紙の選ぶオールアメリカセカンドチームにそれぞれ選抜された。また高学年次にはゲーム平均37.4ポイントをマークする。全学年平均でも29.8ポイント16.5リバウンドの成績を記録する。
[編集] プロ時代略歴
[編集] NBA入り
バリーは1965年のNBAドラフトで1巡目全体4位指名でサンフランシスコ・ウォリアーズへ入団しプロデビューする。前評判どおりの活躍をみせたバリーは、ルーキーのシーズンにゲーム平均25.7ポイント、10.6リバウンドをマークし、1965-66シーズンのルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得する。 翌シーズンではNBAオールスターゲームにも選抜され、38ポイントを上げてオールスターMVPに選ばれる。そのシーズンにウォリアーズは彼の活躍もあってNBAファイナルに出場し、フィラデルフィア・セブンティシクサーズと対戦する。優勝はならなかったが、ファイナルでもバリーは中心選手として目覚しい活躍を見せた。その年の彼の成績は2,775ポイント(リーグ1位)、ゲーム平均35.6ポイント(リーグ1位)、9.2リバウンドであった。
[編集] ABAへ
翌シーズンからバリーはオークランド・オークスへ移籍しABAでプレーすることになる。オークスでは1年プレーし、1969年にはワシントン・キャピトルズ、1970年から2年間は当時ABAに属していたニューヨーク・ネッツへと移籍した。4年間ABAでプレーしたが、4年ともABAオールスター出場、オールABAファーストチーム選抜されている。 また、1969年には平均34.0ポイントで得点王、1969年、1971年、1972年はフリースロー成功率リーダーに輝いている。
[編集] 再びNBAへ
1972年からバリーは再びゴールデンステート・ウォリアーズで中心選手としてプレーすることになる。1975年には1967年以来となるNBAファイナルへ進出する。対戦相手はワシントン・ブレッツであったが、ウォリアーズは1戦も落とすことなく優勝した。バリーはNBAファイナルMVPを受賞する。ウォリアーズで1977年までプレーした後、ヒューストン・ロケッツへ移籍し、1979年に引退する。
彼は1987年に殿堂入りし、1996年にはNBA史上最も偉大な50人に選抜された。
[編集] 成績および受賞歴
[編集] 通算成績
得点、リバウンド、アシストの成績は下記の通りである。[1]
| レギュラーシーズン (14シーズン) | ポストシーズン (10シーズン) | ||||
|---|---|---|---|---|---|
| 1,020試合総計 | ゲーム平均 | 40分平均 | 105試合総計 | ゲーム平均 | |
| ポイント数 | 25,279 | 24.8 | 26.5 | 2,830 | 27.0 |
| リバウンド数 | 6,863 | 6.7 | 7.2 | 675 | 6.4 |
| アシスト数 | 4,952 | 4.9 | 5.2 | 456 | 4.3 |
[編集] 主な受賞トピックス
- NBAルーキー・オブ・ザ・イヤー:1966
- NBAオールルーキー・ファーストチーム:1966
- オールスターゲーム出場:12回 (1966, 1967,1969, 1970, 1971, 1972, 1973, 1974, 1975, 1976, 1977, 1978)
- オールスターゲームMVP:1回 (1967)
- ABA得点王:1回(1969-34.0ポイント)
- NBA得点王:1回 (1967-35.6ポイント)
- ABAオール・ファーストチーム:4回 (1969, 1970, 1971, 1972)
- NBAオール・セカンドチーム:1回 (1973)
- NBAオール・ファーストチーム:5回 (1966, 1967, 1974, 1975, 1976)
- NBAスティール王:1975-228
- ABAフリースロー成功率リーダー:3回
- NBAフリースロー成功率リーダー:6回
- NBAファイナルMVP:1回 (1975)
- NBAベスト50選手:1996年
[編集] 特長
バリーは身長が2mを超えるサイズでありながら、器用さを併せ持つ選手であった。機敏な動きと機転が必要とされるスティールなども上手く、通算でゲーム平均2.0のスティールをマークしている(1試合に9スティールというウォリアーズのフランチャイズ記録も持っている)。また、同時に卓越したシューターでもあった。特にフリースローについては自身で独特のアンダースロー(すくい投げ)のフォームを編み出し高い成功率を維持し続け、NBAでは歴代2位となる89.98%の記録を残した。
後年シャキール・オニールがフリースロー成功率が悪く悩んでいる時に、このフォームを伝授しようとしたことがあったが、オニールは「スタイルがかっこ悪い」という理由で断った。
また、漫画『スラムダンク』の主人公、桜木花道は、なかなかフリースローが入らない中、偶然彼と同じフォームを思いつく。
以下通算のフリースローの成績と順位
| NBA | ABA | NBA | 合計 | ||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1966 | 1967 | 1969 | 1970 | 1971 | 1972 | 1973 | 1974 | 1975 | 1976 | 1977 | 1978 | 1979 | 1980 | ||
| 試技数 | 660 | 852 | 454 | 463 | 507 | 730 | 397 | 464 | 436 | 311 | 392 | 409 | 169 | 153 | 6,397 |
| 成功数 | 569 | 753 | 403 | 400 | 451 | 641 | 358 | 417 | 394 | 287 | 359 | 378 | 160 | 143 | 5,713 |
| 成功率 | 86.2% | 88.4% | 88.8% | 86.4% | 89.0% | 87.8% | 90.2% | 89.9% | 90.4% | 92.3% | 91.6% | 92.4% | 94.7% | 93.5% | 89.3% |
| リーグ順位 | 2 | 2 | 1 | 3 | 1 | 1 | 1 | 2 | 1 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 | 4 |
[編集] 関連項目
- ゴールデンステート・ウォリアーズのチーム記録
- 桜木花道-試合中に突然ひらめき、偶然彼と似たようなフリースローのフォームとなる(ということに作中ではされている)。
[編集] 脚注
- ^ Basketball-reference.com Rick Barry Statisticsより引用。March 1, 2007
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月18日 (金) 09:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【リック・バリー】変更履歴

