リリアン・ギッシュ
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| リリアン・ギッシュ Lillian Gish |
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![]() 1915年に撮影されたポートレート |
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| 本名 | Lillian Diana Gish | ||||||
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| 生年月日 | 1893年10月14日 | ||||||
| 没年月日 | 1993年2月27日(満99歳没) | ||||||
| 出生地 | オハイオ州スプリングフィールド | ||||||
| 国籍 | |||||||
| 職業 | 俳優 | ||||||
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リリアン・ギッシュ(Lillian Gish、1893年10月14日 - 1993年2月27日)は、アメリカ合衆国オハイオ州出身の女優である。サイレント時代の悲劇映画に欠かせない名女優であった。彼女の女優としてのキャリアは75年にも及ぶ。身長164センチ。
[編集] 生涯
母方の先祖は第12代米国大統領ザカリー・テーラー。父方の先祖はフランス出自との説もあったが、近年の伝記ではザール地方ヴォルファースヴァイラー(現在のドイツ)からアメリカに移民してきたことが指摘されている。
母親が女優だった縁で、5歳から舞台に立っていた。妹のドロシーも女優。友人だったメアリー・ピックフォードを訪ねてバイオグラフ社を訪れた際、彼女にD・W・グリフィスを紹介され、母と妹と共に映画に出ることになった。その後もグリフィスとコンビを組み、サイレント映画を代表する大作『國民の創生』や超大作『イントレランス』に出演した。D・W・グリフィスに対して、彼女は一生敬愛の念を持っていた。
1919年の『散り行く花』では、幸薄い少女ルーシーを熱演。この作品により映画は第八芸術として世に認められたと言われる。
1920年には、妹ドロシー・ギッシュ主演の『亭主改造』を監督するも、監督作品はこの一作のみである。
1921年の大作『嵐の孤児』を最後にグリフィスの元を離れた後、初期メトロ・ゴールドウィン・メイヤーのスターとして、ヴィクトル・シェストレム監督作品の『真紅の文字』(1926年)や『風』(1928年)に出演。サイレント期を代表する女優として活躍する。
1930年代以降は舞台出演が主になっているが、時折映画にも出演。1987年公開の『八月の鯨』(リンゼイ・アンダーソン監督)では、90歳を超えているとは思えない若々しい容姿で瑞々しい演技を披露し、世界のオールドファンを喜ばせた。
1970年には生涯の業績を評価されてアカデミー名誉賞を受賞。また、1984年にはアメリカ映画協会から生涯功労賞を受賞している。1999年には、同じくアメリカ映画協会が選出した「最も偉大な女優50選」で第17位に選出された。
1993年2月27日に老衰で死去。生涯独身であった。毎年10月14日の彼女の誕生日にはニューヨーク近代美術館で、彼女の作品の回顧上映会が開かれている。
[編集] 主な出演作品
- 國民の創生 The Birth of a Nation (1915)
- イントレランス Intolerance: Love's Struggle Throughout the Ages (1916)
- スージーの真心 True Heart Susie (1919)
- 散り行く花 Broken Blossoms or The Yellow Man and the Girl (1919)
- 東への道 Way Down East (1920)
- 嵐の孤児 Orphans of the Storm (1921)
- ホワイト・シスター The White Sister (1923)
- ラ・ボエーム La Boheme (1926)
- 風 The Wind (1928)
- 白昼の決闘 Duel in the Sun (1946)
- 狩人の夜 The Night of the Hunter (1955)
- 許されざる者 The Unforgiven (1960)
- 歌声は青空高く Follow Me, Boys! (1966)
- 八月の鯨 The Whales of August (1987)
[編集] 外部リンク
- 公式サイト (英語)
- Lillian Gish - Internet Movie Database (英語)
最終更新 2009年6月21日 (日) 23:45 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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