リンク栃木ブレックス
リンク栃木ブレックスの最新ニュースをまとめて検索!
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||
リンク栃木ブレックス(―とちぎ―、LINK TOCHIGI BREX)は、栃木県を本拠地とする男子プロバスケットボールチームである。運営会社はリンクスポーツエンターテインメント。略称「リンク栃木」。旧称「栃木ブレックス」。本拠地はブレックスアリーナ宇都宮。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 設立経緯
2004年12月、栃木にプロバスケチーム設立を目指し活動開始。2007年より開幕する日本バスケットボールリーグ(新JBL、当時は「新リーグ」)への参戦を目指し、2005年12月「栃木県にプロバスケットボールチームを作る会」を結成。(当時他にbjリーグ参戦を目指す団体もあった)
2006年6月、運営母体「ドリームチームエンターテイメント栃木」を設立し新リーグへの参入を正式申請。内定をもらったものの、諸事情により最終的には参戦に至らず。
しかし同年限りで休部となったバスケットボール日本リーグ(旧JBL)所属の大塚商会アルファーズから会員資格を譲渡され、その後継チーム「栃木ブレックス」として、旧JBLを受け継ぐ新JBLの下部リーグとなる日本バスケットボールリーグ2部機構(JBL2)に参加する事になった。これは大塚商会創業者が栃木県出身である縁から、アルファーズ元スタッフが栃木でプロチーム創設に動いていたことが背景にある。
[編集] JBL2参戦
チーム名の「ブレックス」は打ち破る意味の「ブレーク・スルー」とラテン語で王様を意味する「レックス」を合わせた造語で、6月1日に発表された。
初代ヘッドコーチに大塚商会アルファーズ元コーチの金田詳徳が就任する。
選手は全員プロ契約。うち、2006-07シーズンの大塚商会アルファーズの選手は3名である。他に元bjリーグ選手2名、外国人と契約。
初年度となる2007-08シーズンはレギュラーシーズン3位ながらファイナルまで進み、レギュラーシーズン1位の千葉ピアスアローバジャーズを下し初代JBL2王者となった。
[編集] JBL昇格
オーエスジーフェニックス東三河が2008年限りでJBLからbjリーグへの転籍が決まったため、2008-09シーズンよりJBL昇格が決定した。
昇格にあたりチーム名の命名権を経営コンサルティング会社のリンクアンドモチベーションに売却し、4月1日より「リンク栃木ブレックス」とする。またヘッドコーチに秋田県立能代工業高等学校で監督を務めた加藤三彦が就任。山谷拓志社長はゼネラルマネージャーも兼任する。新入団選手に加藤ヘッドの教え子でもある高久順ら、移籍選手として日本代表の川村卓也、元日本代表の伊藤俊亮、地元出身の大宮宏正らを獲得した。
2008年8月31日、元NBA選手の田臥勇太の獲得を発表した[1]。
シーズン序盤は苦戦が続き、加藤ヘッドコーチも更迭された。
ウィスマンヘッドコーチ就任後は調子をあげたものの、プレーオフは惜しくも逃した。
2009年、リンクアンドモチベーションの完全子会社化。これに伴い運営会社も「リンクスポーツエンターテインメント」に改称。
[編集] ブレックスアリーナ
宇都宮市が推進する「施設愛称によるプロスポーツ応援事業」の一環として、ホームアリーナである宇都宮市体育館を2009年5月より2013年3月まで愛称を「ブレックスアリーナ宇都宮」としている。これは施設命名権とは異なり市が無償で命名しているものである。同じく宇都宮市をホームとするサッカークラブの栃木SCの練習場にも採用され、自転車チームの宇都宮ブリッツェンも協議に入っている。[2]
このような公共施設にチーム名が愛称として使用されるのは日本初である。
[編集] D-TEAM結成
2009年、育成チーム(デベロップメント・チーム、通称D-TEAM)の結成を発表した。それまでデベロップメント・プレイヤーと称した練習生を入団させたことはあったが、このD-TEAMはいわゆる二軍と位置づけ、中長期的育成などを目的としたものである。名称:ブレックス・バスケットボールクラブ。このような下部組織はbjリーグ球団の一部で採用している他、JBLでもレラカムイ北海道が検討に入っている。
トップチームに所属した選手を中心とする有給契約選手(プロフェッショナル)とトライアウトで獲得した無給契約選手(アマチュア)で構成される。
D-TEAMは現在ホームタウンの選定に入っており、そのホームタウンの名をチーム名に入れる予定である。JBL2への入会を目指し申請しており、2010-11より参入が内定。それまではクラブ連盟に登録の上で全国大会を目指す。
[編集] 栃木ブレックス殿堂
2007年のチーム発足に当たり、栃木県のバスケットボールにおいて顕著な功績を収めた功労者を称えるため、「栃木ブレックス殿堂」を設立した。
現在、以下の3名が表彰されている。
- 古島加寿夫(元栃木バスケットボール協会理事長・会長)
- 平賀(旧姓横山)アサ子(宇都宮女子商業高校卒、1967年女子世界選手権ベスト5)
- 今野(同生井)けい子(同高校卒、1975年女子世界選手権銀メダリスト・MVP・得点王、モントリオール五輪得点王)
[編集] 放送
地元テレビ局であるとちぎテレビではJBL2時代より中継を実施しており、JBL昇格後は開幕戦及び宇都宮で開催されたオールスターゲームの生中継も行った。2009-10シーズンはホームゲーム生中継が増加しただけでなく開幕戦を含むアウェーゲーム2試合も録画中継することになった。
[編集] 成績
[編集] リーグ戦
| 年度 | リーグ | 回 | レギュラーシーズン | セミファイナル | ファイナル | 最終結果 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 勝 | 敗 | 順位 | 勝 | 敗 | 勝 | 敗 | ||||
| 2007 | JBL2 | 1 | 13 | 3 | 3位 | 1 | 0 | 1 | 0 | 優勝 |
| 2008 | JBL | 2 | 16 | 19 | 5位 | --- | 5位 | |||
[編集] 獲得タイトル
[編集] 監督陣と選手
[編集] 監督陣
- ヘッドコーチ: トーマス・ウィスマン
- アシスタントコーチ兼通訳: 水野宏太
[編集] 選手
| No. | P | 名前 | 生年 | 身長、体重 | 出身 | 前所属 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 0 | G | 田臥勇太 | 1980 | 173cm、73kg | 神奈川県 | アナハイム・アーセナル(NBADL) |
| 1 | G/F | 川村卓也 | 1986 | 193cm、84kg | 岩手県 | オーエスジーフェニックス東三河 |
| 2 | F/C | レジー・オコーサ | 1980 | 206cm、106kg | アメリカ合衆国 | Al Wasl (UAE-D1) |
| 5 | C | スコット・メリット | 1982 | 208cm、111kg | アメリカ合衆国 | Bornova Bld(Turkey-TB2L) |
| 8 | F/C | 大宮宏正 | 1983 | 197cm、92kg | 栃木県茂木町 | 三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ |
| 9 | G | 山田謙治 | 1983 | 180cm、78kg | 神奈川県 | 大塚商会アルファーズ |
| 13 | G | 安齋竜三 | 1980 | 178cm、79kg | 福島県 | 埼玉ブロンコス |
| 14 | G | 並里成 | 1989 | 172cm、73kg | 沖縄県 | サウスケントスクール |
| 15 | G/F | 竹田謙 | 1978 | 188cm、80kg | 神奈川県 | パナソニックトライアンズ |
| 21 | F | 町田洋介 | 1983 | 200cm、90kg | 神奈川県 | 滋賀レイクスターズ |
| 34 | C | 伊藤俊亮 | 1979 | 204cm、110kg | 神奈川県 | 東芝ブレイブサンダース |
| 40 | G/F | 田中健 | 1981 | 188cm、84kg | 米国・カリフォルニア州 | トヨタ自動車アルバルク |
| 91 | G | 片岡大晴 | 1985 | 184cm、80kg | 宮城県 | 白鴎大学 |
[編集] D-TEAM ブレックス・バスケットボールクラブ
- ヘッドコーチ:落合嘉郎
- 選手
太文字はトップチーム登録経験のある選手。
[編集] 過去の選手
[編集] ユニフォームスポンサー
- サプライヤー:ナイキ
- 前面:コジマ
- 背面:リンクアンドモチベーション
- パンツ:栃木銀行
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
|
||||||||
|
|||||||||||||||||||||||
最終更新 2009年11月2日 (月) 06:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【リンク栃木ブレックス】変更履歴






