ルイジアナ州

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ルイジアナ州
State of Louisiana
État de Louisiane
ルイジアナ州の旗 ルイジアナ州の印
(州旗) (州章)
州の愛称: ペリカンの州
Pelican State
ルイジアナ州の位置
州都 バトンルージュ
最大の都市 ニューオーリンズ
州知事 ボビー・ジンダル
公用語 法的根拠はないが事実上英語フランス語
面積
 - 総計
 - 陸地
 - 水域
全米第31位
134,265 km²
112,825 km²
21,440 km² (16%)
人口2003年
 - 総計
 - 人口密度
全米第24位
4,496,334
33.49人/km²
合衆国加入
 - 順番
 - 加入年月日

18番目
1812年4月30日
時間帯 UTC -6
DST -5
緯度 北緯29° - 33°
経度 西経89° - 94°
東西の幅 210 km
南北の長さ 610 km
標高
 -最高標高
 -平均標高
 -最低標高

163 m
30 m
-2.5 m
略称 (ISO 3166-2:US) US-LA
ウェブサイト ルイジアナ州政府

ルイジアナ州Louisiana LA )はアメリカの南部の州都バトンルージュ市、最大の都市ニューオーリンズ市である。元フランス領で、現在でも英語フランス語公用語とし、民法ナポレオン法典が用いられる。またルイジアナ州の行政区画としてカウンティ(郡, county)のかわりにパリッシュ(教区, parish)が用いられるのもフランス時代の影響である。

目次

[編集] 歴史

主要記事:ルイジアナ州の歴史/フランス領ルイジアナ

1528年スペインの探検隊がミシシッピ川河口に到達し、1541年には別のスペイン探検隊がこの地域を横断したが、スペインは全く放置していた。1682年フランス領カナダから南下したフランス人ロベール=カブリエ・ド・ラ・サールがこの地をルイ14世にちなんでルイジアナと命名し、1699年にはフランス人が最初の植民を行った。フランス領ルイジアナはミシシッピ川流域からカナダに至る広大な領域であるが、実際にはいくつかの交易拠点の網の目によって構成されていた。フランスは1722年フランス領ルイジアナの首府をニューオーリンズ市(フランス語ではヌーベル・オルレアン、つまり新しいオルレアン)に移した。

北米ではフレンチ・インディアン戦争と呼ばれる七年戦争の結果、フランスはカナダ植民地と(ニューオリンズ付近を除く)ミシシッピ川以東の地をイギリスに割譲し、残りのニューオーリンズ市及びミシシッピ川以西も1762年のフォンテヌブロー条約でスペインに譲渡された。なおカナダ東部沿海アカディア植民地(英名ノヴァスコシア)のフランス系住民は1755年英国王に対する忠誠表明を拒んで強制追放され、当時まだフランス領だったルイジアナに大挙して移住し、ルイジアナのフランス系人口を飛躍的に増大させた。これらフランス系住民はケイジャンと呼ばれる。スペインを支配したナポレオン1800年にルイジアナをスペインから取り戻したが、1803年には財政上の必要などからアメリカ合衆国売却した。ルイジアナは1762年から1800年までスペイン領だったが、この間行政官はスペイン人だったとしてもスペイン人植民者はほとんど入らず、フランス系社会が存続した。つまりルイジアナ州はフランス系植民社会としての歴史を100年以上もっていることになる。

1812年アメリカ合衆国としてのルイジアナ州が成立、1849年に州都がニューオーリンズ市からバトンルージュ市に移された。豊饒なルイジアナの大地に綿花砂糖のプランテーションが形成され、非常に豊かな州となるが、1861年に勃発した南北戦争では南部連合に加盟して合衆国から分離、1862年には北軍に占領された。北軍占領中、州都はバトンルージュ市から戦略的に重要なニューオーリンズ市に置かれた。1868年合衆国への復帰が認められている。1901年には州内で石油が発見され、ルイジアナは一時重要な産油地帯となった。

[編集] 地理

関連項目:ルイジアナ州の郡一覧

州全体がメキシコ湾大平原の一角を占め、州北部の東境は北米最大のミシシッピ川、対岸はミシシッピ州であるが、州の南部はミシシッピ川が貫通している。州の南はメキシコ湾に面し、西はテキサス州、北はアーカンソー州と接する。

ニューオーリンズ市郊外のポンチャートレイン湖に世界最長のポンチャートレイン湖コーズウェイ(全長38.4キロ)がかかる。

白亜紀地層第三紀と第三紀以降の堆積物が覆っている、州の多くの地形湿地帯はミシシッピ川に依るところが大きく、元々であった地域は河流を下ったシルトなどの堆積になっている。そのような地域は標高が低く、標高50mに過ぎないウィークス・アイランドが「アイランド」と呼ばれるほど目立つ地形となる。

沿岸部では、およびが穫れる。さらに沖合い部はテキサス州沖合い部と並んで米国有数の油ガス田地帯になっている。

[編集] 人口動勢

人口推移
人口 変動率
1810年 76,556
1820年 153,407 100.4%
1830年 215,739 40.6%
1840年 352,411 63.4%
1850年 517,762 46.9%
1860年 708,002 36.7%
1870年 726,915 2.7%
1880年 939,946 29.3%
1890年 1,118,588 19.0%
1900年 1,381,625 23.5%
1910年 1,656,388 19.9%
1920年 1,798,509 8.6%
1930年 2,101,593 16.9%
1940年 2,363,516 12.5%
1950年 2,683,516 13.5%
1960年 3,257,022 21.4%
1970年 3,641,306 11.8%
1980年 4,205,900 15.5%
1990年 4,219,973 0.3%
2000年 4,468,976 5.9%
2006年 4,287,768 −4.1%

2005年7月現在(ハリケーン・カトリーナ及びリタの上陸以前)、ルイジアナ州は前年より16,943人、または0.4%増加し、2000年より54,670人、または1.2%増加した、人口4,523,628人と概算された。これは129,889人(出生350,818人、死亡220,929人)と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者69,373人の増加が含まれている。アメリカ合衆国外からの移住は20,174人増加する事となり、合衆国内部の移住者は89,547人減少する事になる。

2005年8月29日にニューオーリンズ市東部に上陸したハリケーン・カトリーナは同市を中心に1,000人以上の死者を出し、金銭的にも大きな被害をもたらした。さらに、数多くの住民が州外に避難したため、ルイジアナ州の人口は激減し、2006年春の人口推計によれば、前年に比べて人口が減少したアメリカ唯一の州となった。

ルイジアナ州の人口重心New Roadsがある、Pointe Coupee Parishとなっている[1]

ルイジアナ州の人種・民族的分布は:

  • 62.5% 白人
  • 32.5% 黒人
  • 2.4% ヒスパニック
  • 1.2% アジア系
  • 0.6% インディアン
  • 1.1% 混血

この州の5つの最大な祖先は:黒人 (32.5%)、フランス系/フランス系カナダ人 (16.2%)、アメリカ人 (10.1%)、ドイツ系 (7.1%)、アイルランド系 (7%).

2000年現在、ルイジアナ州民の5歳及びそれ以上の91.2%は家庭で英語を話し4.8%はフランス語を話している。スペイン系は2.5%で、3番目に多く話されている言語である。0.6%はベトナム系、0.2%はドイツ系を話している。なおルイジアナ州で話されている英語アメリカ英語南部方言である。

州の南部で一部の住民が話すフランス語はケイジャン (Cajun) フレンチと呼ばれ、カナダ東部のノヴァスコシアで話されるフランス語アカディア方言に由来するものである。その理由は1755年七年戦争フレンチ・インディアン戦争)中、ノヴァスコシアのフランス系住民が英国に対する忠誠を拒んで強制追放され、多くのアカディア方言話者がフランス領ルイジアナに移住してきたためである。アカディア方言はフランス南部のアンジュー・ポワティエ方言に由来するため、標準フランス語とは相当な違いがある。近年ルイジアナ州におけるフランス語話者は減少気味だが、1960年代以来フランス語フランス文化を保存する努力がなされ、学校でも教えられている。

[編集] 宗教

他の州と同じく、ルイジアナ州は多くがプロテスタントであるが、ケイジャン移民の多い州南部にはカトリック系人口が多く、南部の他の州とは異なっている。現在ルイジアナ州の住民の宗教的分布は以下の通りである。  

[編集] インディアン部族

「チュニカ・ビロキシー族インディアン保留地」は、この「アボーエル教区」の中央部にある。「アボーエル」はアボージェル族から採られた地名。
「チティマチャ族インディアン保留地」は、この「セントマリー教区」にある。彼らの保留地は1㎢しかなく、現在再拡充要求中である
「チョクトー族ジェナ・バンド・インディアン保留地」は、この「カタホウラ教区」の一角にある
「コウシャッタ族インディアン保留地」は、この「アレン教区」にある
「コウシャッタ族」の部族国旗
「チティマチャ族」の部族国旗

同州ではアコラピッサ族、アダイ族、アラバマ族、アパラチー族、アタカパン族、アボーエル族、バヨゴウラ族、ビロキシー族、カドー族」、チャトト族、チャワシャ族、チティマチャ族、チョクトー族、ドウスティオニ族、ホウマ族、コアサチ族、コロア族、ムグラシャ族、ムスコギー族ナチェス族、アボージェル族、ナッチトーチェ部族連合(オウアチタ族、ソウチティオニ族、ヤタシ族)、オフォ族、オケロウサ族、オペロウサ族、パスカゴウラ族、クアポー族、クィニピッサ族、タエンサ族、タンギパホア族、タワサ族、ワシャ族といったインディアン部族が19世紀まで各地に定住し、内陸では農耕、沿岸部では漁猟を生業としてきた。

古くからこの肥沃な土地は白人入植者の格好の農地となり、数多くのインディアン部族が虐殺され壊滅させられた。さらに1930年にアンドリュー・ジャクソン大統領によって「インディアン移住法」が制定されると、ほとんどのインディアン部族はオクラホマ州へ強制移住させられていった。

強制移住を拒否し、この地に残った多くのインディアン部族が「絶滅部族」とされ、アメリカ連邦から公式認定を打ち切られたまま今日まで至っている。アメリカ連邦内務省から公認され、保留地(Reservation)を領有している部族は4つ。チョクトー族ジェナ・バンドは、1995年に連邦から再公認され、「復活」した。

沿岸部の部族では伝統的な漁猟のほか、エビの養殖、米の農作も行われている。

沿岸部のバイユー地域の「ポアント・オー・シエン族」などのインディアン共同体では、近年ハリケーン被害が甚大である。水没した集落の復旧予算は、連邦認定を受けていない部族にとっては州政府に頼らざるを得ず、2008年秋のハリケーン被害では、予算が足りずに募金を呼びかける有様となっている。

ルイジアナ州政府は10の部族を「州立部族」として認定しているが、多数の部族がより強い自治権を保証される連邦認定を引き続き要求中である。

≪アメリカ連邦政府が公式認定している部族・保留地≫

  • 「チュニカ・ビロキシー族・ルイジアナ」
  • コウシャッタ族」
  • 「チティマチャ族」
  • チョクトー族・ジェナ・バンド」
  • 「インディアン郡区保留地」

≪アメリカ連邦は公認していないが、州政府が公認している部族≫

  • 「アダイス・カドー族
  • 「ビロキシ・チティマチャ族連邦(ホウマ族連合)」
「バイユー・ラフォーチ・バンド」
「グランドケイロー・デュラック・バンド」
「イスレデ・フアンカルロス・バンド」
  • 「クリフトン・チョクトー族」
  • 「チョクトー・アパッチ族」
  • チェロキー族・四つの風のバンド」
  • 「ポアンテ・オー・シエン族」
  • 「ホウマ族」

≪アメリカ連邦政府も州政府も公式認定していない部族・団体≫

  • アパラチー族
  • 「アパラチー族・タリマリ・バンド」
  • アタカパ・イシャク族
  • 「アボージェル族(オクラ・タサンヌック族)」
  • 「アボージェル・カスカスキア族」
  • 「アボージェル・タエンサ族」
  • 「チャータ族」
  • 「ルイジアナ最初の真実のアメリカ先住民部族」
  • 「オハイオ・ショーニー族・キスポコ・バンド」
  • チョクトー族・亀の氏族」

[編集] インディアン・カジノ

同州で現在営業されている「インディアン・カジノ」は3軒。すべて連邦政府から公認された部族による。ルイジアナ・コウシャッタ族のカジノ開設に関連しては、大物ブローカーのジャック・アブラモフが暗躍していたとして、国家スキャンダルとなった。

  • 「チティマチャ族」
「サイプレス・バイユー・カジノ」
  • 「コウシャッタ族」
「コウシャッタ・カジノ・リゾート」
  • 「チュニカ・ビロキシ族」
「パラゴン・カジノ・リゾート」

[編集] 食文化

ケイジャン移民の影響を強く受けたルイジアナ州の文化は、他の南部州に比べるとユニークな点が数多い。ケイジャン語もその一つであるが、もっとも有名なのはケイジャン料理であろう。ケイジャン移民が持ち込んだフランス料理を基礎として、黒人奴隷の料理やカリブ海地区からの黒人移民が持ち込んだスパイスを加えたケイジャン料理はアメリカ有数のものである。代表的なものに魚介類や鶏肉、オードゥーユ・ソーセージ(andouille)などの入ったガンボと呼ばれるスープやジャンバラヤ、魚に辛いスパイスをまぶして焼いたブラックンドフィッシュ、ソーセージの肉の部分に米を加えたブーデン、フランス風のドーナツであるベニエなどがある。

また、ケイジャン移民が持ちこんだ音楽やケイジャンダンスなどはアメリカの他の地域には見られない、非常にユニークなものである。

[編集] 重要な都市及び町

人口 > 10,000
(都市部)
  • アレキサンドリア (Alexandria)
  • ハモンド (Hammond)
  • ニューアイベリア (New Iberia)
  • ルリング (Lulling)
  • オペルーサス (Opelousas)
  • モーガンシティ (Morgan City)
  • ウエストモンロー (West Monroe)
  • ルストン (Ruston)
  • ティボドー (Thibodaux)
  • ナチトシュ (Natchitoches)
  • プラクーマイン (Plaquemine)
  • アイバヴィル (Abbeville)
  • リーズビル (Leesville)
  • バストロップ (Bastrop)
  • クロウリー (Crowley)
  • ドナルドソンビル (Donaldsonville)
  • フランクリン (Franklin)
  • ボガルーサ (Bogalusa)
  • ミンデン (Minden)
  • ユーニス (Eunice)
  • デリダー (DeRidder)
  • タルラー (Tallulah)
  • ジェニングス (Jennings)
人口 > 100,000
(都市部)
人口 > 1,000,000
(都市部)
  • ニューオーリンズ (New Orleans)
ニューオーリンズ郊外
  • シャーメット (Chalmette)
  • スライデル (Slidell)
  • ハーヴィー (Harvey)
  • コビントン (Covington)
  • フォルソム (Folsom)
  • マンデビル (Mandeville)
  • マディソンビル (Madisonville)
  • ケナー (Kenner)
  • ラプラス (LaPlace)
  • マレロ (Marrero)
  • ハーンヴィル (Hahnville)
  • メタリー (Metairie)
  • テリータウン (Terrytown)

[編集] ルイジアナ州内の豊かな上位10地区

w:per capita income による順位

  1. Mound:$92,200 (2000年国勢調査で、人口12人)
  2. オークヒルズプレイス:$34,944
  3. Elmwood:$34,329
  4. Eden Isle:$31,798
  5. Gilliam:$30,264
  6. Shenandoah:$29,722
  7. ウエストミンスター:$28,087
  8. リバーリッジ:$27,088
  9. Prien:$26,537
  10. マンデビル:$26,420
参照:場所の完全なリスト

[編集] 行政と法律

関連項目:List of Governors of LouisianaLouisiana law

[編集] 経済

ルイジアナ州の2003年の総州生産高は140億米ドルであった。一人当たりの収入はアメリカ合衆国内で43番目になる、26,312米ドルであった。

ルイジアナ州の主要な農業生産品は海産物(世界の中で最大なザリガニ産地)、綿、大豆、牛、サトウキビ、家禽及び鶏卵、乳製品、そして米が含まれる。産業生産品は化学製品、石油及び石炭製品、食品加工、輸送設備、紙製品、並びに観光業が含まれる。

[編集] 教育

学校のための参照:w:List of school districts in Louisiana

[編集] 単科及び総合大学

[編集] スポーツ・イベント

[編集] プロスポーツチーム

[編集] フットボール

[編集] 野球

[編集] バスケットボール

[編集] ホッケー

[編集] イベント

[編集] その他

[編集] 同州出身者

[編集] 日本の姉妹都市

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

pnb:لوئزیانا

最終更新 2009年11月6日 (金) 14:34 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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