ルー・テーズ

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この項目では、ハンガリー語圏の慣習に従い、名前を姓名順で表記していますが、ヨーロッパ風にラヨシュ・ティヤシュと表記することもあります。

ルー・テーズ[1]Lou Theszハンガリー語: Tijas Lajos(ティヤシュ・ラヨシュ)、1916年4月24日 - 2002年4月28日)は、アメリカ合衆国プロレスラー。本名はアロイジャス・マーティン・ルー・テーズ(Aloysius Martin Lou Thesz)。ミシガン州バナット生まれ、ミズーリ州セントルイス出身。

日本では「鉄人」の異名をとり、多くのレスラーから20世紀最強であるといわれた、不世出のレスラーである。191cm、110kg。ジョージ・トラゴス、アド・サンテル、エド・ルイスなどにプロレスを教えられる。16歳でのデビューから、74歳での引退まで実に58年間もの現役生活を通した。

目次

[編集] 来歴

[編集] 主な得意技

バックドロップ
テーズはこの技の元祖であり、威力を世界中に広めたレスラーである。後にアントニオ猪木ジャンボ鶴田が使用し広く他のレスラーに浸透するヘソ投げ式と、ブリッジをかけない落とし方の2種類を使い分けた。ヘッドロックの返し技としてもよく使用していた。高角度であり、テーズが活躍していた時代は使用するマットが硬かったため、それも手伝って高い威力を持つ必殺技であった。現在は必殺技としての説得力は高いとはいえないが、多くのレスラーが様々な投げ方で使用するポピュラーな技として定着している。かつては岩石落とし脳天逆落としなどと訳されることもあった。
なお、テーズが日本におけるバックドロップの後継者として指名したのは3人で、猪木、鶴田と、ラッシャー木村である。これは1981年前後、国際プロレスの外国人選手招聘に力を貸して訪日していた際の発言である。
フライング・ボディシザース・ドロップテーズ・プレス
詳細はリンク先を参照。
リバース・スラム(一種のパイルドライバー
テーズのパイルドライバーはパワーボムの原型となったもので、高角度で抱えておいて落とすものであった。危険な技で日本では使用されることはなかったが、力道山がこの技を受けている。テリー・ゴディにこの技を伝授し、ゴディはさらに改良を加えてパワーボムとして自らの必殺技とした。
STF
詳細はリンク先を参照。蝶野正洋に伝授し、蝶野は改良して自らの必殺技として定着させた。
ヘッドロック
この技を利用して相手を誘い、バックドロップに導く。
ダブル・リストロック
「チキンウイング・アームロック」とも呼ばれるが、テーズは項目表記の名にこだわる。詳細はリンク先を参照。
テーズスペシャルスマッシュ
直角に曲げた手首の骨で相手を殴打する技(空手弧拳日本拳法頂拳に当たる)。拳ではないので当然ルール上OK。見た目以上にとてつもない痛さであるという。相手がラフファイトを仕掛けてきたときの報復に使用し、大木金太郎の額を叩き割ったこともある。また、乱闘では拳でのパンチを使うこともよくあり(テーズの拳は、サザエの殻のように堅く隆起していた)、リング上での殴り合いではダニー・ホッジを除けば誰にも負けないと言っていた。

[編集] 主な獲得タイトル

[編集] ベストレスラー25人

  • テーズが史上最強と考える5人のレスラー
    1. エド・ルイス
    2. ジョー・ステッカー
    3. フランク・ゴッチ
    4. ジム・ブラウニング
    5. ジョージ・ハッケンシュミット
    • 上記はいずれも第二次世界大戦前に活躍したレスラーである。テーズの考えでは、戦争によるレスラー不足をテレビ向けの動きしかできないレスラーで補ったことが原因で、一部の例外を除いて戦後のレスラーは戦前より劣るということである。
    • 上記レスラーのうち、テーズはエド・ルイスを特に尊敬しており、「20世紀最強のレスラーは私ではなく、ルイス」と述べていた。テーズは若手時代にルイスとスパーリングをする機会があったが、全く歯が立たなかったという。また、チャンピオン時代にはルイスを自らの専属マネージャーに招聘していた。
  • 上記以外で、テーズがベスト25人に挙げるレスラー
    • バート・アズラティ
    • ジャック・ブリスコ
    • マーティン・バーンズ
    • アール・キャドック
    • バーン・ガニア
    • グレート・ガマ
    • ボビー・マナゴフ
    • レオ・ノメリーニ
    • ビル・ロビンソン
    • アド・サンテル
    • ダラ・シン
    • レイ・スチール
    • ジョージ・トラゴス
    • スタニスラウス・ズビスコ

[編集] エピソード、その他

  • 戦前のプロレスにシュート(真剣勝負)を匂わせる発言をしており、ショー的になったプロレスに対し苦言を呈している。ドロップキックなどのリアルでない技もあまり好まないが時流にの乗るために仕方なく使用していたと言う。
  • テーズはセントルイスのプロモーター、サム・マソニックと関係が深く、マソニックがNWAを設立すると、テーズは正統なレスリングのチャンピオンと認定された。その後もマソニックは常にテーズをレスリングの権威の象徴として扱い、一方、テーズも数多くのタイトルマッチを行って、NWAの勢力拡大に貢献した。
  • アメリカにおいて、テーズは1930年代から1990年代に及ぶ現役生活と6度の世界王座獲得により、別格のチャンピオンと認知されている。ただし、人気の面ではゴージャス・ジョージバディ・ロジャースアントニオ・ロッカといった各時代の人気レスラーには及ばず、真のナンバーワンレスラーでは無かったとも言える。
  • 日本においては、テーズは力道山との2度にわたるNWA世界ヘビー級選手権試合で注目され、外国人プロレスラーの多くが悪役であった時代に、正統派レスラーとして戦うことで強い印象を残した。また、日本のプロレスファンの間では、936連勝という記録でも知られている(アメリカでは、この記録について語られることはほとんどない)。しかし、力道山の死後にグレート・東郷と組んで日本のプロレスを乗っ取ろうと試みたり(テーズは「力道山の死後、困難な状況にあった日本のプロレスを助けたいと考えていたところ、その想いを東郷に悪用された」と釈明している)、新日本プロレス長州力グレーテスト18クラブ王者に認定する一方で、UWFインターナショナル高田延彦をプロレスリング世界ヘビー級王者に認定して新日本プロレスを激怒させておきながら(その後も懲りずに弟子である新日本プロレスの蝶野正洋と高田を戦わせよう画策したが、テーズに言わせると、すべて「日本におけるプロレスの発展を願うがための行動」である)、UWFインターナショナルの経営が傾くと早々に縁を切るなど(テーズによると「レスリングのできない大男でしかないベイダーを重用した時点で、UWFインターナショナルに失望していた」とのこと)、金になびく余り、日本のプロレスファンの心情を逆撫でするような行動もあった。
  • アントニオ猪木対モハメド・アリに際し猪木の要請でレフェリーを予定されていたがアリ陣営側から却下された。自身もボクサーとの対戦経験があるのでレスラーVSボクサーには非常に興味があったと言う。
  • 1981年1月31日国際プロレスの招きで来日していたテーズは、東急町田店スポーツ館よりの依頼で1日館長を務めた。その際のファン・インタビューで、「猪木、馬場、ラッシャー木村で誰が一番強いか?」という質問に対し、「相撲とレスリングをマスターしている木村だ」と断言した。長期的な視点からは、日本のプロレスファンの心情を逆撫でしているが、目の前で自分に対してお金を積んでいる人達に対して率直に高評価を下すところは、人間としてのわかりやすさがあるとも言える。
  • 1991年には、『第15回アメリカ横断ウルトラクイズ』での罰ゲームで敗者2人の相手をしている。この時テーズ自身は75歳であったが、2人を圧倒してしまった。また自らの回顧録で自分の訪日時の写真があるが、70代とは思えない(というより普通の若い人でもまず出来ない)事をしており、「鉄人」ぶりを見せつけている。
  • テレビアニメ『タイガーマスク』には「ルー・ケーズ」というテーズをモデルにしたレスラーが登場する。どちらかというと「日本人レスラーの敵=悪役」というイメージであり、テーズスペシャルスマッシュ(拳によるパンチ?)を多用している。ちなみに、ルー・ケーズ(Lou Kesz)というリングネームのプロレスラーが、かつて実在した。
  • よく、強さではカール・ゴッチと並び賞されるが、ゴッチがひたすらに強さのみを求め、プロレス界から干されようともその考えを曲げなかったのに対し、テーズは自分の強さをアピールしつつ、あえて対戦相手に花を持たせるバランス感覚も持っていた。アントニオ猪木は両氏を「ゴッチは厳格な師匠、テーズは親しみが持てる親父さん」と評している。
  • テーズはカール・ゴッチをレスラーとして高く評価し、また、ゴッチがテーズと同じくハンガリー人とドイツ人の血を引いていることから、一時はゴッチとテーズはテーズの両親も含めて非常に親しい関係であった。しかし、テーズはレスラーとしてのゴッチは生涯高く評価し続けたが、後年にはゴッチと個人的な付き合いをすることはなくなった。テーズの自伝のライター、キット・バウマンによると、生前のテーズはゴッチについては語りたがらず、ゴッチと疎遠になった理由も明言しなかったが、不和の原因はレスリングの能力に対するテーズとゴッチのプライドから生じたとされる。また、テーズの未亡人チャーリーは、テーズはゴッチに自分と同じ才能を感じ、プロレスの将来のためにゴッチをチャンピオンにしようとしたが、プロレス観の違いからゴッチに拒絶されたため、テーズはゴッチに失望したのではないかと語っている。
  • テーズのプロレス観の基本はレスリング技術を要する、プロレスながら実戦的なスタイルであったという。生前のテーズは、大技中心の攻防が主となってきた日本のプロレス界を「タフマンコンテストになりつつある」と苦言を呈していた。また、近年のWWEに関しても「あれはカトゥーン(漫画)だ」と批判をしていた。

[編集] 著作

  • Hooker: An Authentic Wrestler's Adventures Inside the Bizarre World of Professional Wrestling
    • Lou Thesz(著)、Kit Bauman(ライター)
    • The Wrestling Channel Press
    • 2000年
    • ISBN 0970651600 (ISBN-13 978-0970651600)
    • 1995年に自費出版された自伝の改訂版。
    • "hooker"はカーニバル・レスリングに由来する言葉であり、普通のレスラーには防御できない強力な技(hook)を習得したレスラーを意味する。
  • 鉄人ルー・テーズ自伝
    • ルー・テーズ(著)、流智美(訳)
    • ベースボール・マガジン社
    • 1995年
    • ISBN 4583031955 (ISBN-13 978-4583031958)
    • "Hooker"より先に出版された。
    • "Hooker"を基に書かれたと思われるが、内容が異なる部分も多い。
    • 200点の写真や流智美によるコラムも収められている。

[編集] DVD

  • 『世界のプロレス レトロ編#2 ルー・テ-ズ最後の勇姿』
  • 『世界のプロレス レトロ編#3 鉄人ルー・テーズ 完結編』 ASIN B00074C4R6
  • 『ルー・テーズ対力道山 世界選手権争奪戦 』東映 ASIN B00061QW5U

[編集] 脚注

  1. ^ 日本では「テーズ」の表記が一般的だが、実際の発音は「セーズ」とした方が近い。thの発音は日本語にはないので「セ」は近くない

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年12月4日 (金) 08:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【ルー・テーズ】変更履歴

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