レイザーラモン
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| レイザーラモン | |
|---|---|
| メンバー | HG RG |
| 結成年 | 1997年 |
| 事務所 | 吉本興業 |
| 活動時期 | 1997年 - 現在 |
| 出身 | 現事務所直入 |
| 出会い | 大学時代のプロレス同好会の定期戦 |
| 現在の活動状況 | テレビ・ライブなど |
| 芸種 | 漫才、コント |
| 公式サイト | 公式プロフィール |
| 受賞歴 | |
| 1997年 第18回今宮こどもえびすマンザイ新人コンクール福笑い大賞 2000年 ABCお笑いグランプリ審査員特別賞 2005年 流行語大賞 |
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レイザーラモンはHG(本名:住谷正樹)とRG(本名:出渕誠)からなるお笑いコンビ。吉本興業所属。
目次 |
[編集] 略歴
大学時代は、共にプロレス同好会に所属。住谷(HG)は同志社大学で、リングネームは「ギブアップ住谷」。 一方、出渕(RG)は立命館大学でプロレスラー新崎人生をもじった「チン先真性」の名で活動していた。両大学のプロレス同好会は定期戦などで交流があり、しばしば顔を合わせていた。共に学内チャンピオンを獲得した経験を持つ2人は意気投合し、1997年10月にお笑いコンビ「レイザーラモン」を結成。コンビ名は、スコット・ホールがWWF時代に名乗っていたリングネーム「レイザー・ラモン」に由来する。
卒業記念でエントリーした「今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で福笑い大賞を受賞。その後2丁目劇場のオーディションライブ「SABIKI」などに出演し、腕を磨いた。大学卒業後はそれぞれ就職し、住谷は生活協同組合コープこうべ、出渕はカーディーラーで働いていたが、お笑いの道を諦め切れず、程なく脱サラして吉本興業入り。1999年、バッファロー吾郎プロデュースの「爆笑新ネタ逆転満塁ホームラン寄席」に初出演し、本格的にプロとして活動を始めた。吉本の同世代では珍しいNSC非出身者。
同年10月、初のレギュラー番組となる毎日放送「クヮンガクッ」がスタート。しかし翌3月、「悲しみの豆板醤事件」が仇となり降板した(後述)。2000年「ABCお笑い新人グランプリ」では審査員特別賞を受賞。また同年、フジテレビ「新しい波8」にも3度出演。しかし、後に同番組から派生して開始した「はねるのトびら」のレギュラーには選出されなかった。
2001年11月、レイザーラモンは揃って吉本新喜劇に加入。いずれも若手ではセリフが多い方で、共に様々な役柄を演じた。
[編集] 悲しみの豆板醤事件
1999年に始まった、レイザーラモンの初レギュラー番組「クヮンガクッ」(毎日放送)。しかし番組内では空回りすることが多く、レギュラー当落線上に追い込まれた。そんなある日、番組のスタッフに誘われて焼肉店に食事に出かける事に。食事が終わりかけの頃、スタッフは2人の不甲斐励すべく「もう一度チャンスをやる。ここで意気込みを見せてみろ」と一喝した。すると2人は勘違いし、まず出渕が突然テーブルに置いてあったコチュジャンを一気飲みしてみせた。あまりの辛さに悶絶する相方の姿を目の当たりにした住谷(現・HG)は「俺も何かせなあかん」という衝動に駆られ、まずロースターに手を押し付けようとしたものの、既に肉を焼き終わった鉄板は冷え切っていた。ならば、と店の窓から飛び降りようとしたものの、店はビルの2階にあり、インパクトがない。追い詰められた(?)住谷は、テーブルに置いてあったコチュジャンのビンを手に取ると、それを眼球に擦り付けるという暴挙に出た。当然の如く住谷は「熱い~!!!」とその場で悶絶。ひたすら洗面所で目を洗い続ける羽目になった。
結局、レイザーラモンは「クヮンガクッ」のレギュラーからわずか3回の出演で降板することになってしまった。
[編集] ビッグポルノ
2003年、レイザーラモンは小籔千豊と組んで、ビッグポルノというユニットを結成、様々なパフォーマンスを披露している。
[編集] 堂山フー!!!
2005年5月1日、レイザーラモンは関西のゲイカルチャーの中心地として知られる堂山町のクラブ「Explosion」で、単独ライブ『堂山フー!!! ~Do Your Man Who?』を敢行。なかやまきんに君をトークゲストに迎え、レイザーラモンのコント、漫才などネタ見せの他、ビッグポルノのVTR作品などを上演した。
[編集] ギャグ
コント、漫才でのギャグ。
- ちょっとしたきっかけで互いに譲らず口論になり、取っ組み合いに発展。出渕が「ハードゲイやっちゃっていいですか~!?」と客を煽り「マコト!マコト!(RG!RG!)」と声援を要求する。そのままローリングソバットで住谷を攻めるが、住谷はこれをかわしてヒップアタックで逆襲。うつ伏せに倒れ込んだ出渕の膝に足を掛けると、今度は逆に「出渕(RG)やっちゃっていいですか~!?」と絶叫。腰を振りながら「ハードゲイ!ハードゲイ!(マサキ!マサキ!)」とアピールし、そのまま後転してロメロスペシャルで出渕を締め上げる。
- 大学時代にプロレスに没頭した2人ならではのネタ。バッファロー吾郎に師事しているのも、彼らも若手時代にはプロレスを織り込んだネタをやっていたことが源流にある。出淵のハッスル参戦時の記者会見でも、このコントネタを応用し、二人でプロレス技を掛け合った。
- 午前中の舞台でも、臆せず下ネタを披露する。
[編集] HGとRG
2002年から、住谷はハードゲイキャラクターのレイザーラモンHGとしても活動を開始。会話の端々に「フゥー」(「フォー!」とも)などと叫びポーズを決め、様々な番組やイベントに登場している(ちなみに、HGは住谷に宿った別人格という一応の設定が本人によって後付けされている)。
これを真似して相方の出渕はレイザーラモンRGというキャラクターを作った。HGのブレイクに便乗し「ハードゲイの愛人」という設定で無理矢理登場したものの、HGは「絡み辛い」などと困惑しており、RGというキャラクター自体HGのパクリ(衣装、言動等)であるため、明石家さんまやダウンタウンといった芸能人や視聴者からも若干呆れた目で見られていた。
RG登場以後、HGが先輩芸人にRGの愚痴をこぼしたり、RGが調子に乗ってコンビ解散をHGに提案するなど、一見両者の関係が悪化してきているかのように見える。なお、そもそもHGは、ブレイクした2005年には番組や自著などで「来年は私だけでなく、出渕と一緒にコンビで売れるようになりたい」という希望を明かしていた。以後、曲がりなりにRGにも仕事のオファーが来るようになり(専ら「いじられ役」)、またコンビでの仕事も増加した。
その後、プロレスイベントハッスルに最初にHG、少し遅れてRGが参戦するようになってからは、二人ともプロレスの仕事が本業お笑い以上に多くなり、必然的にタッグを組む事も多くなったため、皮肉にもお笑い以外の舞台でコンビとしての体裁を取り戻すことに成功し、お笑いファンからは「プロレスが本業、お笑いは副業」という目で見られるようになっている。
[編集] TV
- エンタの神様(日本テレビ) キャッチコピーは「異色の演GAYコンビ」
- 爆笑オンエアバトル OA率 - 0/1
- ザ・イロモネア(TBS、2006年3月1日) ※2ndステージ敗退。
- お笑いDynamite!(TBS)キャッチコピーは「HGとRGのタッグコント」
- タカアンドトシのどぉーだ!(北海道文化放送)2008年1月26日限り、特別ゲストとして出演した。
- 今夜もハッスル(サンテレビ)
- 新春ホワイトカーペット(フジテレビ)キャッチコピーは「ハード&リアル」
- 爆笑レッドカーペット(フジテレビ)キャッチコピーは「ハード&リアル」
[編集] CM
[編集] エピソード
- HGは第22回大阪モーターサイクルショーにて、南海部品よりスズキのブルバード400を貰った。以前はホンダのスティード400に乗っていたが腰痛で手放し、現在はバイク無しのためかなり喜んでいた。
[編集] 受賞歴
[編集] CD
「YOUNG MAN」(HGのみ)※「男なら腰を振れ」など、HGならではの解釈が印象的。
[編集] 関連人物
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月22日 (日) 10:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【レイザーラモン】変更履歴

