キンシャサ
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| キンシャサ Kinshasa |
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![]() ラ・ゴンベ区の6月30日大通り |
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| 愛称 : 「Kin la belle(美しきキンシャサ)」 | |||
| 位置 | |||
![]() コンゴ民主共和国内のキンシャサの位置 |
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| 座標 : 南緯4度19分30秒 東経15度19分20秒 / 南緯4.325度 東経15.32222度 | |||
| 歴史 | |||
| 建設 | 1881年 | ||
| 旧名 | レオポルドヴィル | ||
| 創設者 | ヘンリー・モートン・スタンリー | ||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 州 | キンシャサ | ||
| 市 | キンシャサ | ||
| Governor | André Kimbuta Yango | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 市域 | 9,965km2 | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2004年現在) | ||
| 市域 | 7,017,000人 | ||
| 都市圏 | ブラザヴィルを含めると900万人 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | 西アフリカ時間 (UTC+1) | ||
| 夏時間 | なし | ||
| 公式ウェブサイト : http://www.kinshasa.cd/ | |||
キンシャサ (Kinshasa) はコンゴ民主共和国の首都。
目次 |
[編集] 概要
当地はコンゴの東部を流れるコンゴ川(旧称ザイール川)下流に位置する河港都市。
キンシャサは、マレボ湖(スタンリープール)と呼ばれるコンゴ川の広がった部分に面している。マレボ湖より下流はリビングストン滝と呼ばれる急流部が350km下流のマタディまで続いており、船舶の航行ができない。一方、キンシャサより上流は高原となっており、緩やかな流れがかなり上流まで続いているため、コンゴ川はキサンガニまで、ウバンギ川はバンギまで、カサイ川はイレボまで、それぞれ大型船の通年航行が可能である。そのため、コンゴ盆地各地からの物資を集散し、鉄道で海まで運ぶ結節点として建設され、繁栄してきた。
人口778万人(2005年)は、中部アフリカ最大である。コンゴ川をはさんだ対岸は、コンゴ共和国の首都ブラザヴィル。この二つの都市で大都市圏を形成している。お互いの都市は活発な経済活動がある。
公用語はフランス語であるが、共通語としてリンガラ語が広く使われる。リンガラ語はこの地域の地方言語であったが、キンシャサ及びブラザビルの言語であり、マスメディアや音楽でも多用されたため、両コンゴに広がっていった。
旧称レオポルドヴィル (Leopoldville)。1966年、前年に政権を掌握したモブツ・セセ・セコにより現在の地名に改称された。
同じ地域名を国名として持つコンゴ共和国と区別するため、コンゴ民主共和国を首都キンシャサに因んで通称コンゴ・キンシャサと呼ぶことがある。コンゴ共和国は、コンゴ・ブラザヴィルと呼ぶ。同じ論法で正式国名になったのが、ギニアビサウである。
[編集] 歴史
かつてここにはキンシャサという名前のバコンゴ人の村落があったが、 ベルギー王レオポルド2世の命で探険を進めていたスタンリーが、1881年に拠点を設けレオポルドヴィルと名付けた。
植民地政府によって内陸河川交通の要所として注目され、1898年にはマタディ・キンシャサ鉄道が開通し、沿岸部との交通が整備された。これ以降、内陸部の物資を船で集め、鉄道で海岸へと運び出す経済の要所となり、発展が始まった。
1926年には、ボマにかわってベルギー領コンゴの都とされた。
1959年には独立を求める暴動が起こり、翌1960年の独立に影響を与えた。
独立後、モブツ政権下でキンシャサと改名された。
[編集] 気候
熱帯モンスーン気候に属しており、明確な雨季と乾季があるが、乾季は短い。6月から9月までの4ヶ月間は乾季で、ほとんど雨が降らない。一方、気温は乾季に1度から2度下がるものの、一年中を通じて最低気温20度、最高気温30度程度で一定している。
[編集] 市内の地理
キンシャサは24の区に分かれており、コンゴ川沿いのラ・ゴンベ区に企業が集まっており、ビジネスの中心となっている。ラ・ゴンベ区から南のキンタンボ区へと伸びる6月30日大通りが繁華街で、銀行や航空会社などが集まっている。その南のヌガリエマ区は官庁街で、ヌガリエマ山のふもとに沿って官庁が並んでいる。ヌガリエマ区は高級住宅街ともなっている。
[編集] 交通
[編集] 音楽
アフリカにおける音楽の一中心地であり、とくに1970年代後半にこの地で生まれたリンガラ音楽(リンガラ・ポップスとも)と呼ばれる音楽はアフリカ中に広まった。
[編集] キンシャサの奇跡
1974年10月30日、モハメド・アリ( アメリカ合衆国)がこの地でジョージ・フォアマン(
アメリカ合衆国)に8ラウンドKO勝利し、ボクシング世界ヘビー級王者のタイトルを奪還した。下馬評を覆したこの逆転劇は「キンシャサの奇跡」と呼ばれ、ボクシング史上屈指の名勝負として語り継がれる。
この試合はアメリカへの衛星中継に合わせた為、現地でのゴング(試合開始)は深夜3時頃だった。試合終了直後、激しい雨が降り注いだためもし試合が長引いたのならば15ラウンド(当時)まで続けられなかっただろう。朝靄の中、朝日が差しこんだ試合会場は、神が祝福したかのような光景だったと伝えられる。
[編集] 人口
人口は8,096,254人(2006年)。アフリカの中ではエジプトのカイロ(7.947.121人、2008年)に匹敵する規模であり、300万人都市アレクサンドリアやアビジャン(コートジボワールの都市)の倍以上の規模。
[編集] 姉妹都市
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月29日 (日) 08:08 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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