レギュラシオン理論

レギュラシオン理論の最新ニュースをまとめて検索!

レギュラシオン理論 théorie de la régulation)とは、1970年代フランスで誕生した経済学の理論。提唱者はロベール・ボワイエ、ミシェル・アグリエッタら。

レギュラシオン理論の文脈における「レギュラシオン」は英語と異なり「規制」の意味ではなく「調整」の意味で用いられている。ここでいう「調整」は労使間の賃金交渉(個人交渉/団体交渉)、年金・医療等の社会保障、政府による裁量的財政・金融政策といった、社会全体を通じた経済主体間の利害調整のあり方を示しており、政府による「規制」のみを単純に示すものではない。「レギュラシオン」を「規制」ととらえ、「規制緩和」に反対し、政府による「規制」を重視する立場とするのは誤解である。

レギュラシオン理論ではマルクス経済学の立場を継承し、経済は賃労働関係を重要な柱とする生産体制(「蓄積体制」)により規定されると考える。ただし、マルクス経済学においては下部構造である「蓄積体制」に応じて、社会保障制度・経済政策といった上部構造である社会制度が一方的に規定されると考えるのに対して、レギュラシオン理論においては、ある蓄積体制は、その蓄積体制に応じた経済・社会制度(「調整様式」)が成立し、その調整を受けることで初めて十分に機能すると考えられており、蓄積体制と調整様式の関係は相互的ないしは補完的である(ただし、蓄積体制が経済におけるもっとも本源的な要素であるとする立場には変わりは無い)。これは政府の機能を重視したケインズ経済学の影響によるものと考えられる。

この考え方で1920年代1960年代資本主義を俯瞰すると、1920年代までは熟練労働・低賃金・生産部門生産中心を特徴とする「外延的蓄積体制」が、自由競争市場を前提とした「競争的調整様式」によって調整されていた。 その後1920年代に入ると非熟練労働・高賃金を特徴とするフレデリック・テイラーの「科学的管理法」が最初に自動車の生産に大々的に導入され、生産現場における生産性は飛躍的に向上することとなった(「内包的蓄積体制」)。ところが、社会全体としては依然「競争的調整様式」が主流であったために、労働者賃金は低水準に抑えられ、効率的生産により大量に生産された消費財は販路を失い、最終的には大恐慌により崩壊することになる。 第二次世界大戦後になると、経済運営はこれまでの市場放任から、財政政策金融政策を通じ、政府がより多く関与することになる(「独占的調整様式」)。さらに賃金交渉の組合による団体交渉への移行、年金医療保険の整備といった経済・社会制度の変革は「内包的蓄積体制」の果実である生産性向上の労働者への配分増加をもたらした。その結果生産性向上→賃金上昇→需要増→売上増の正のサイクルが成立し、ケネディ大統領在任時に資本主義経済の黄金期を招来することになった(フォーディズム)。

この理論は、一般均衡理論の批判から始まり、ルイ・アルチュセールの構造主義批判、ピエール・ブルデューのハビトゥス概念の吸収など、新たな理論の構築を目指している。経済理論の構築にあたっては、経済モデルとしての操作性が高い「中理論」の構築を目指し、モデルのミクロ経済学的基礎付けについては消極的である。これに対してはモデル構築がアド・ホックだとする批判もある。

[編集] 二項型

[編集] アングロサクソン型資本主義

市場原理による均衡を是とする国々である。ルーツは詳らかではなく、単に法律のみならずどの政策が好まれる政治風土があるか、家族制度のありようや社会の雰囲気に至るまで市場原理が信頼されているという前提がある。

 1980年代に、サッチャリズムレーガノミックスと英米で相次いで新自由主義政権が誕生、長期化し、規制緩和と富裕者減税、格差拡大が続いたことから言われるようになった俗称にすぎない。また、実際に“アングロ・サクソン”型資本主義の勝ち組の大半はユダヤ系資本で占められており、実態においてはネオ・ユダヤ資本主義(ポスト・ナチズム型:目立たないように経済を支配する)と言った方が適切かもしれない(まさに、アングロ・サクソンの陰に隠れている)。たとえばイギリスは、戦後の労働党政権の下で「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれた高福祉政策を採り、ヨーロッパの社会民主主義政策の先導者であったこともある。アメリカにおいても、共和党は“ネオ・リベ”、もしくは“アングロ・サクソン”的だが、民主党は“リベラル”(アメリカ政治の文脈では、社会民主主義的傾向の意)的要素を強く持っており、民主党政権の下では、非“アングロ・サクソン”的政策が採られる傾向が強い。  ただし、イギリスは労働組合運動発祥の地でもあるように、「社会的弱者」にも自助努力を要求する、もしくは自助努力が足りない社会的弱者は相手にすらされないという風土はあり、アメリカはアメリカで国土が広大すぎるが、故に国家が国民の面倒を見ようにも物理的限界があるというように、それぞれの国特有の事情もあり、両国が声なき弱者に冷淡であるということは言える。

[編集] ライン型資本主義

最終更新 2009年7月4日 (土) 12:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【レギュラシオン理論】変更履歴

ご利用上の注意